第十八楽章
「おいこら! そこの黒髪男!」
屋敷まであと数分、というところで、俺と同い年ぐらいの男の声が聞こえた。黒髪の男か。周り見渡せば沢山いるんだけどだれだろう。まさか俺と言う事はあるまい。
「ミラを連れているお前だ!」
そう言って俺の正面に回り込んできたのは、俺より多少年が上だろう、金髪のイケメンだった。その後ろには執事らしき人が控えている。
「……俺?」
「お前以外に誰がいるってんだ!」
『ミラ、なんかお前の事知ってるらしいぞ。知り合いか?』
『……数日前にお見合いして性格が悪かったから切った男』
『ほうほう、そりゃあまた厄介な御仁だな』
ミラがここまで言い切るのは相当だ。
「何無視してやがる!」
風の精霊の力を借りてミラと密談していると、正面のイケメンが俺を指さして突っかかってきた。
「あのー、どちら様で?」
「俺様はウィクトール子爵家の次男、アイーダ・ウィクトールだ!」
あ、貴族か。ミラとお見合いするならそうだよな。それにしてもウィクトール……はて、どっかできいたことがあるな。
『詳細教えて』
『……ウィクトール子爵家は領地を持っていない貴族。屋敷はこの街に構えている』
『ふむふむ。この様子だとアホみたいな育ちをしていそうだけど?』
『……正解。今の当主が愚かで傲慢。それが長男と次男に受け継がれてる』
『ははーん、なるほど。で、長男はどんなの?』
『……お姉ちゃんとのお見合いで胸を触ろうとして、お父さんとお母さんに半殺しにされた』
『えぇ……』
『……ちなみに、アッシュはその家の三男。嫌気がさして単身家出した後、たまたま出くわした犯罪者を捕まえてお姉ちゃんに拾われた』
『ほう、困った偶然もあるもんだな』
『……アッシュが家出した時、家族が誰も探そうとしなかったことから、権力争いの種が減って喜んでいる感じ』
『絵に描いたようなダメ貴族だな』
「何を黙っている!」
おっといかんいかん。ついつい面白すぎてミラの話に夢中になってしまった。
「それで、子爵様のご次男様がわたくしめになんのご用で?」
皮肉たっぷりに返してやる。それはそれはもう、わざとらしい敬語だ。
「ミラは俺様のもんだ! 手を出すんじゃねぇ!」
アイーダはビシッ、と俺を指さして言い放った。
『モテるじゃないか、ミラ』
『……お願いだから勘弁して』
『冗談だ。で、実際は?』
『……いつだったかのパーティーで私に一目ぼれしたらしい。迷惑』
『なるほどね』
ところで、後ろの執事らしき人がアイコンタクトで平謝りしてくるんだが、これをどうしろと。とりあえず執事らしき人に問題がない旨をアイコンタクトで告げる。
『さて、ミラ。ここで俺たちはどうするべきだ?』
『……逃げる。馬鹿は相手すると感染する可能性がある』
「おい! 聞いてんのか!?」
ついに我慢できなくなったのか、アイーダが腰の短剣を抜いた。いくらなんでも短気すぎだろう。いや、俺も無視したのは悪かったけどさ。
「アデュー!」
俺はそう叫ぶと、ミラを左腕で抱えて高く飛んだ。右手に握られているのはこっそり抜いた指揮棒だ。
「あ! こら! おい、逃げるな!」
下から俺たちを見上げてアイーダが叫ぶが、俺は構わず右手の指揮棒を振って風の精霊に指示をする。手近な建物の屋上に空気のクッションを置いてそこに着地するのだ。
「どうだ、ミラ。高く飛んだ感想は」
「……気持ちいい」
どんな手段で逃げるか察したミラは、俺が抱き寄せた時点で俺の首の後ろに腕をまわしていた。整った顔が、俺の顔に息が吹きかかるぐらい近くにある。
着地に成功して、俺たちは一旦離れると、向き合って話し合う。
「さてと、あのわがまま貴族は俺たちを追ってこの建物を上ってくるだろう。そこで提案。ここから屋上を飛び移って逃げたいと思うのだが、どうだ?」
「……賛成」
俺はあえてもったいぶった問いかけ方をする。ミラはそれに対して、簡潔に答えて頷いた。
「それでは、空の旅にご案内いたします」
俺はそう言うと、またミラを左腕で抱えた。ミラも、また俺の首の後ろに両腕をまわして体を寄せてくる。
右腕を振ると、激しい風が俺の足元で起こり、俺たちは跳び上がって三つ向こうにある建物の屋上に着地する。それを何回も繰り返して、屋敷へと向かう。
昼を少し過ぎて、太陽が落ち着いてきたころだからか、風がとても気持ちいい。見下ろすと、俺たちの派手な移動を見上げて驚いている人や、拍手する人、野次る人まで様々だ。
「どうだ、気持ちいいか?」
「……うん」
俺の問いかけに、ミラは楽しそうな笑顔で、興奮のせいかわずかに頬を染めて頷いてくれた。顔は今まで中でも一番近く、その笑顔が間近で見れた俺は、最高の幸せ者だろう。
この後、ほんのわずかな時間ではあったものの、楽しい空の旅は続いた。
■
世の中は不思議なことが沢山ある。例えば、俺が今、こうしてここにいるのも不思議な事だ。なんせ、俺は異世界に飛ばされたのだ。もはや、多少の不思議では驚くことはそうそうないと思っていた。
「……すげぇ」
しかし、その予想は外れた。俺は屋敷の中を見回す。
あの壊れた壺が、ごみとなった絵画が、戦場跡となった床や壁や柱が、全部、全て……『元通り』なのだ。
「ありえねぇ……」
俺はそう呟きながら自室へと戻る。壊された俺の自室一号も完全復活していた。よって、また俺はこの部屋に戻ってきた。
基本魔法。物運びのために物を空中に浮かせる、手が届かない場所にあるものを引き寄せる、視力が一時的に良くなって老眼鏡いらず……そんな微妙に役に立つ、生活で使われる魔法のことだ。俺も、孤児院にお手伝いに行った時の配膳でお世話になったものだ。
今回この屋敷を修復したのは、この基本魔法らしい。この家の人たちは皆、使用人も含めて基本魔法の名手なのだ。あれだけの規模で壊れた場所を数時間で元通り……。いくら生活が圧倒的に楽になるからと言って、そこまで極める必要があるだろうか。甚だ疑問である。いや、もしかしたらあの危ない夫婦がいるからこそ極めなければならないのかもしれない。
さて、早速自室にこもってお勉強の時間だ。今日は……タイムリーだから魔物に関する異常事態を載せた本を読もう。
魔物は、時折大集団で人間に牙を剥く。その例として挙げられるのは、やはり魔物の集団が人里を襲う事件だろう。
魔物はその凶暴さの割に、人里を襲う事はそうそうない。しかし、魔物の異常発生や感情の変化といったことが起これば、稀に人里を襲う事もある。異常発生は新たな住処を求めて、感情の変化は縄張り荒らしや同族が殺されたことによる復讐などがある。また、前者の大きな原因となりうるのが『変異種』の存在だ。
変異種とはその名の通り、稀に発生する魔物の突然変異個体のことだ。通常種より高い知能と力を持ち、特殊な能力を持って生まれてくる場合もある。変異種のすべては、その通常種を纏めるリーダーシップを発揮し、また、その部下となった通常種もパワーアップする。その魔物の力が強まることで、必然的に数は異常に増える。変異種が確認された場合は即座に対処せねばならず、場合によっては人里を襲う事もあるのだ。
ふむふむ、なるほどね。変異種が発生すると厄介なわけだ。
次に読むのは、この世界の音楽について。この部屋に来てから一番よく読む本だが、未だに最後まで読み切っていない。理由としては、意外と読む時間がないと言う事と、その分厚さにある。いくらなんでも、楽器の種類から音楽史、さらには楽曲の種類や記号などをわざわざ一つの本に集めるだろうか。これを読んでいるだけで腕が鍛えられるレベルである。
こういった本がある以上、当然この世界にも音楽はある。これがまた幸運なことに、楽器の種類まで地球と同じだ。名前まで同じだと知った時はびっくりした。ただ、この世界は魔物を相手にすることが多い都合上、打楽器の種類が多かったりする。手軽に鳴らせるから指示を出すのにぴったりだからだ。
時間的に、この本を最後まで読み切れるだろう。
しばらく読み進めていくと、ふと気になる項目に辿りついた。それは、『音楽と精霊の関係性について』というものだ。
音楽は精神に影響をもたらす。楽しい曲を聴けば楽しくなるし、悲しい曲ならば悲しくなる。
ここで、精霊の性質についておさらいしよう。
精霊は、確認される事こそ少ないが、実際に存在する。歴史を積み重ねてきた研究の成果のおかげか、精霊の性質を、いくらかは解明された。
一つ目はその力。魔法や魔力に関して、人間が足元にも及ばないほどの力と知能を有する。
二つ目は、精霊は属性ごとにいる、ということだ。魔法には火、風、地、水の四つの属性があるが、これに精霊も当てはまるのだ。
そして三つ目。これが今回の話に置いて重要な性質だ。
精霊は意志を持つ。ただし、その意志は単純だ。高い知能を有する一方で、その精神は限りなく純粋である。また、実体を持たないのに意志を持つ精霊という存在は、まさに『精神の塊』なのだ。
そう、音楽が精神に影響を及ぼすならば、音楽が『精霊に影響を及ぼしても』なんら可笑しいことではない。
ただ、これはあくまで一つの考え方であり、未だにこれを実証できた者はいない。まず、音楽が奏でられても、精霊が影響を受けたかどうかを判別する術がないのだ。数十年に一人生まれるとされる精霊眼を持つ者が頑張ったとしても、そもそもその精度すら、世界に普く存在しているはずの精霊が偶に見える程度、というのがほとんどだ。上記の性質も、精霊とコミュニケーションが取れる者がごくたまに生まれると言うエルフの証言によるものだ。
ここまで書いたことは、昔から提唱されているものの、実証はされていない。ただ、今こうして諸君が読んでいるように、この説は、廃れないだけの説得力があるのだ。信じる、信じないは諸君次第である。
……終わり方があまりにも胡散臭い。いや、この終わり方はいくらなんでも無いだろう。この世界は魔法や神秘の類が多いからこれでも納得されるだろうが、地球でこんな終わり方で書いたら、読んだ人の大半が、眉唾物だと一笑に付すだろう。
俺も、普段ならそうしているところだが……この内容ばかりは考えさせられるな。なぜなら、それについては身を持って体験しているからだ。
孤児院に初めて行った日の昼食時、何故シャイなミラがいきなり歌に参加して来たのか。理由を聞いたところ、「……精霊さんが、お兄ちゃんが弾いているときに、凄い嬉しそうだったから。私も嬉しくなっちゃって」と答えてくれた。つまり、精霊は音楽に影響を受けた、と受け取ってもいいだろう。また、毎晩ミラと会う際に、二重唱で遊んだりもするのだが、この時もミラは精霊が楽しそうにしていると言っていた。実際に可視化して貰ってまた歌ったところ、嬉しそうに点滅していた。
となると、この内容はもしかしたら的を射ているのではないだろうか。音を整った形にしたのが音楽、という考え方がある。つまり、音楽に限定せずとも『音』が精神に影響を及ぼすのではないだろうか。実際、この前のオーガの咆哮なんかは恐怖心を煽ったし、赤子の鳴き声を聞くと精神が不安定になる。
その考え方に則ると、精霊は『音』に影響されるのかもしれないな。もしかしたら何か面白いことが出来るかもしれない。
そう言えば、精霊との意思疎通について、この一カ月で分かったことがある。
指揮者として精霊を操り始めた頃も、すでに結構意思疎通は取れていた。最近はそれがなお上達している。
指揮者と奏者は、プロ団体や特殊な場合を除いて、指揮者の指示を指揮で表現できないところまで伝えるべく、合奏練習を重ねておくものだ。
だが、俺と精霊の場合、指揮を始めた最初の段階で、既にかなり意志疎通が取れていた。
これについて疑問に思ったのだが、その理由はあるきっかけから解決した。
夜が少し暑く、寝苦しく感じていたある日の夜。防犯上窓を開けるわけにもいかず、室内に風が吹けばいいなぁ、と心の中で呟いた。
すると、閉め切っているはずなのに、室内に心地よい風が吹いたのだ。
このことから、精霊はある程度、俺の意思表示がなくても、感情が読み取れることがわかった。
だから、最初の段階でもあれほど上手くいったのだ。感情の読み取りと、明確な形で意思疎通が出来る指揮。二つが合わさって、今の戦法が出来上がっているのだ。
ふとそんなことを思い出して、ドアがノックされた。
「タクト様、ご夕食の時間です」
「あ、はい」
いつのまにかこんな時間か。外を見ると、日も暮れている。月は見えているが、どうにも雲が多いせいで隠れがちだな。
俺は本を閉じ、そんな事を考えながら部屋を出た。
感想にて、アリエルの意外な人気に嫉妬。
物語が長引けばヒロインにするのもありだったんですがねぇ……。
そんなわけで、感想欄にてあと二名、アリエルさんがその瞬間だけヒロインになる短編希望の方がいらっしゃったら、それの製作に着手します。出来上がりは保証しかねますが(ボソッ)
それと、今回の話の内容についてですが、伏線が多いので、感想での質問に対する答えは、一部控えさせていただきますのでご了承ください。




