第十四楽章
俺たちは山を下りて、シンベラに着いた。ギルドにオーガが出たことを報告しに行ったのだ。
「あの山でオーガが出たのか!」
「マジかよ! あんなところにCランクが出るなんて!」
「何があったのかしら?」
俺が受付嬢に報告しているのを周りの人が聞いていたみたいで、ちょっとした騒ぎになる。
「ほう、あの山にオーガが出たのか。それも二匹……。ギルドとウェールズん所からそれぞれ調査隊を出す必要があるな」
ふと、酒場の一か所で食事をしていた壮年の男性がそんなことを言った。
「……ここのギルドマスター」
目を丸くしている俺にミラが即座に情報を入れてくれる。ナイス!
「……昔、お父さんやお母さんとパーティー組んでいた人。お父さんとお母さんの結婚を境にパーティーは解散して、あの人はここのギルドマスターになった」
ミラの丁寧な説明を聞いて、俺は頷いた。細やかな気遣いをしてくれて嬉しいね。
「それで、そのオーガはどうなったんだ?」
そのギルドマスターは、俺に鋭い視線を向けてきた。質問するのにその視線は必要だろうか。
「何とか倒しました」
俺はそうとだけ答える。ところで、周りの人が何人か失神しているんだけど。ミラは俺の服の裾を掴んで震えている。
「ど、どうしたんだ、ミラ?」
「……お兄ちゃん、怖い……」
ミラはそう言って俺の後ろに隠れる。声が湿って震えている。ミラの視線の先にいるのは、ギルドマスターだ。
「……何やってるんですか? 大人ならまだしも子供を脅かすのはどうかと思いますが?」
俺はギルドマスターを睨んでそう言った。すると、周りから驚きの声がいくつか上がったし、俺に向けられる視線も驚き交じりが多くなった。
「ほう、坊主、言うじゃねぇか。で、これにビビらねぇのは何でだ?」
ギルドマスターは口角を上げて笑うと、俺に問いかけてきた。
周りの緊張感が増す。生唾を飲み込む音がところどころで聞こえた。視線は、俺に集中している。
「……すみません、何をやられてるか割と本気で分からないです」
ガタガタガタンッ! 周りの人がずっこける音がギルド内に響く。そのせいか、緊張感も霧散した。
「はっはっはっ! 面白れぇ新入りが来たようだな!」
すると、ギルドマスターはさっきまでの表情が嘘だったみたいに豪快に笑い出した。
「……旦那様と同じように、大量の魔力を放出していたのです」
硬直状態から復活したアルバートさんが俺に教えてくれた。なるほど、そういう事か。
「……つまり、あの人は周りを気絶させてまで遊んでいただけと?」
俺はそう言いながらミラの頭を撫でる。まだ若干涙目だったからだ。
「はっはっはっ! すまんすまん! 新入りがオーガ倒したっちゅうからどんなもんかと試してみたんだ!」
このおっさんは相当曲者の様だ。多分悪い人ではないんだろうけど、いたずらにも限度ってもんがあるだろうに。
とりあえず、ギルドへの報告は終わったことだし、屋敷に帰るとするか。ウェールズさんにも報告しなきゃな。
■
「タクト! さっきのは凄かったな!」
「あんなのに当てられて平然としてるなんて、相当凄いわよ!」
マーニエル家の屋敷に向かう道中に、二人がこんな風に話しかけてきた。
「自分でも不思議だよ。なんでこうなのかさっぱり分からん。いや、むしろ周りが圧される理由が分からない、と言った方がいいのかな?」
俺は二人にそう返答する。ここまでの道中で、二人とはタメ口で話すことになった。向こうから堅苦しいのはやめてくれ、と言われたのだ。俺も、初対面だから敬語にしていたけど、正直疲れるのでこちらの方がありがたい。名前も呼び捨てだ。
そんなことを話しているうちに、屋敷に着いた。そのまま中に入って、ウェールズさんの部屋に行く。
「む? アッシュ君とルミナス君か。何故ここに?」
ウェールズさんは俺たちの姿を見て、そんな質問をしてきた。
俺はそれに対して、ことのあらましを説明した。
「むむぅ、あの山にオーガが二体も? ふむ、これはギルドと話し合う必要があるだろうな。よし、事情は分かった。もう下がってもいいぞ。ありがとな」
ウェールズさんはそう言って書類に羽ペンを使ってさらさらと書き始めた。
俺たちはそれぞれ声をかけてから部屋を出ていき、廊下で立ち話をする。
「アッシュ様とルミナス様はお泊りになられますか?」
「ああ、いや、結構だ。外に宿は取ってあるからな」
「あたしたちにはお構いなく!」
「そうか。それじゃ、またどこかで会えるといな。アッシュ、ルミナス」
「おう! 楽しみにしてるぜ!」
「ばいばーい!」
「……さようなら」
二人は執事に見送られ、玄関へと向かっていった。
「さてと。俺は魔法訓練室で練習でもするかね」
「……私も一緒にやる」
俺は二人を見送った後に背伸びをしながらそう呟くと、ミラも同じことを考えていたようで乗ってきた。
■
ミラが杖を振ると、三つの的の真ん中を土の針が貫通した。障害物が現れてミラの視界を防ぐものの、ミラは的確に移動して的が見える位置に移動して、さらに二つの的を貫いた。移動する際に、ゴシックロリータのような服のスカートとフリルが尾を引き、ひらりと空中に浮かぶのが印象的だ。
「うーん、相変わらず綺麗な戦い方だな」
ミラの動きは無駄が少ないのだ。最低限の努力で結果を出す、というエコな戦い方をする。魔力の操作も上手く、十の魔力で十の威力が出るのが普通のところを、平然と十五や二十の威力を出す。それゆえに、決して特別多くはない魔力量なのに、普通の魔法使いよりもいい結果を導く。
「……交代」
「おう、お疲れさん」
若干額に汗を浮かべたミラが戻ってきたので、タオルと水を渡してから、今度は俺がステージに入る。
ここは、所定の位置に置かれた的を素早く全部破壊する訓練だ。ランダムに障害物が出てくるので、状況判断がカギとなる。
この障害物や的等を毎回出しているのはここの屋敷にいる使用人たちが交代でやっている。そこらの訓練施設じゃあまずお目にかかれないぐらいの質がいい訓練が出来る場所だ。
「さてさて、俺も頑張りますかね」
懐から指揮棒を取り出して構える。正面の的を壊した瞬間に訓練スタートだ。
「それ!」
俺は正面の的に向けて土の塊をぶつけて破壊する。その瞬間、周りに次々と壁が出来始めた。
俺は、的が見えないにもかかわらず、『その場から動かない』で指揮棒を振り続ける。障害物を迂回して、水の弾丸や火の玉、風の刃などが的を破壊していく。指揮者を中心に、まわりで音楽が奏でられているかのようだ。
俺が的を視認していないのに当てられる理由は、風の精霊の力だ。このステージ内の空気の流れから物の座標を読み取り、見えない場所でも見えているかのように場所がわかるのだ。
的が全部破壊し終わったのを確認すると、俺は音楽を止める動作をする。しばらくの余韻を味わった後に腕を下ろし、ステージから出る。
「……お兄ちゃんの魔力量はやっぱり凄い。精霊さんに指示をするだけでも凄い魔力を使っている」
ミラが興奮気味に俺を褒めてきた。この精霊を操る能力だが、どうやら魔力で指示を出しているらしい。ミラと初めて会話したあの時の、言葉で精霊とコミュニケーションを取ったのも、魔力を使っていたそうだ。
魔力は、魔眼のように見えなくとも、肌で感じることが出来る。その例としては、ウェールズさんやギルドマスターが使った魔力放出による威圧だろう。魔力についてある程度の理解が深まれば、魔力がどれだけ使われているか、程度なら分かるのだ。
「うーん、自分では実感ないらしいけど、俺は魔力量が多いようだね」
俺はミラの隣に座って、机の上に置いてあったビンから水を飲むと、そう呟いた。
「…………」
「ん? どうかしたのか?」
ミラの顔が、ふと真っ赤になった。どこか体調が悪いのだろうか。顔を伏せているし、何かぶつぶつ呟いている。
「……せつ……ス……」
「ごめん、もう一度言ってくれないか?」
「……それ、私の飲みかけ……」
ミラはそう言うと、さらに顔を真っ赤にした。
つまり……俺は、ミラが口をつけていたビンから水を飲んだと。なるほどな。つまり最初に聞こえなかった言葉は恐らく、『間接キス』と言っていたんだろうな。……。
「ごめん! 本当にごめん! 知らなかったんだ!」
俺は、ミラの正面に回って両掌を合わせながら頭を下げる。年頃の女の子に間接キスとか馬鹿か!? これは嫌われてもおかしくないレベルだ!
「……大丈夫、大丈夫だから」
土下座を真面目に検討し始めた頃、ミラが俺の両肩を掴んで落ち着かせてくれた。
「いや、本当にすまなかった」
俺はそう言って、そばにいたアルバートさんに頼んで新しい水のビンを出してもらう。
「……大丈夫。……お兄ちゃんなら平気」
……この発言は、向こうが馴染んでくれたと喜ぶべきか、男として見られていないと嘆くべきか。……深く考えると傷つきそうだからスルーしよう。
「……それで、さっきの話に戻るけど、お兄ちゃんの魔力量は桁外れ。お父さんすら足元に及ばないレベル。精霊さんにあそこまで細かく指示をすると、それだけで私の全力でギリギリ届くくらいの魔力を消費しているのに、お兄ちゃんはそれを連発しても平気そう」
「あれってそんなに魔力を消費してんのか」
ミラの話を聞いて、俺は呆けたように呟いてしまう。
「ふぅん、となると、俺の魔力が多い原因は何だろうな?」
「……別に悪いことじゃないから深く追及する必要はないと思う」
俺が気になり始めたところを、ミラがそう言って止めた。確かに、悪いことではないし、深く考えるのも無駄だろう。だが、
(俺の身に起こった異常は、日本に帰れるヒントになるかもしれないからな)
ミラの手前、心配かけないように考えないが、自室で一人になった時に考えてみるかね。
その後、俺たちは交代しながら訓練を積んだ。
■
「タクト君が来てから、ミラは毎日が楽しそうよね」
椅子に座って編み物をしながら、ヒーラがそばで縫物をしているアリエルに話しかけた。
「そうなのよねぇ。わたしもこの前始めて知ったけど、どうやら毎晩お風呂上がりにタクト君の部屋に遊びに行ってるみたいなのよねぇ」
アリエルは若干口を尖らせ、拗ねたような声でヒーラに返答する。
「……私は今知ったわよ? え、何それ、懐きすぎじゃない?」
ヒーラは編み物をしている手を止め、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で疑問を口にした。
「ミラも十二歳だから、男の子と距離を置きそうなんだけどね。どうやらタクト君にすっかり懐いちゃったみたいなの。この前、たまたまタクト君の部屋に行ったらミラが来てたんだけど、ミラったらその時、どこに座っていたか知ってる?」
若干声のトーンを上げてアリエルがそうヒーラに問いかけた。
「ん~……同じソファに隣同士?」
「惜しい! タクト君の隣だったのは合ってるけれど、何とベッドで隣り合って座ってたの!」
「っ!? ななななな、何それ!?」
ついにヒーラは立ち上がり、アリエルに詰め寄る。
「しかもね……二人とも、わたしが入っても『さも当たり前ですよ』と言わんばかりに普通に対応してたの!」
「つまり、ミラとタクト君にとっては年頃の男女がベッドで隣り合って座るのが普通なの!?」
「自分も驚きを隠すのに必死だったわよ! なんとか必死に自制して動揺を抑え込んだけど、どうしてそうなったのか聞く勇気は無かったわ」
その後も、二人は拓斗とミラの話で大層盛り上がった。
余談ではあるが、拓斗とミラがベッドで隣り合って座っていたのは理由がある。
ソファーは拓斗が誤って水をこぼしてしまって濡れていて、椅子はウェールズが客人用のいすが足りない、と言っていたので、その場限りで貸していたのだ。つまり、二人は座る場所がなかったから、その日だけベッドで隣り合って座っていたのだ。
この事情を、無理矢理拓斗が説明させられるのは、そう遠い未来ではない。
完結後の設定資料集や裏話に需要はあるのだろうか(真顔)
評価ポイントがどちらも1000を超えました。ありがとうございます。




