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第十三楽章

 俺とアルバートさんは、森の中を走っていた。どちらも、俺の風魔法に見せかけた、風属性精霊の力で追い風を作っているため少し速くなっている。

「それにしても、オーガが何でこんなところにいるんでしょうね?」

「そうですな。オーガはもっと東の方の山で生息していたはずですが、何故こんなところに……?」

 俺とアルバートさんはそんな会話を交わしながらミラの元へと向かっていく。風の精霊のおかげで、ミラのいい匂いの残り香が分かるのだ。この匂いはミラがいつも使っているシャンプーの香りだ。

「……一瞬タクト様の顔が変に歪んで見えたのですが?」

「気のせいです」

 変態思考が顔に漏れていたようだ。そんなこと言ったって風呂上がりに毎晩あっているんだから匂いだって覚えるさ。

 そんな事を考えていた時、

「ガアアアッ!」

「っ!? 嘘だろ!?」

「二匹目、ですか……」

 進行方向から聞こえた雄叫びは、オーガのものだった。俺とアルバートさんはさらに足の回転を速め、追いつけることを祈りながら走る。

 そして、ついにミラの姿を捉えた。ミラは、オーガに一瞬で距離を詰められて、恐怖で動けないようだ。

「助けて……」

 ミラの小さな声が聞こえた気がした。この距離で囁き声が聞こえるわけがないが、それでも聞こえた。

「お兄ちゃんっ……!」

 オーガの金棒が振り下ろされようとする。

「させるかあああっ!」

 俺は自分の背中に全力で追い風を起こすように指示をして、周りの景色が見えないほどの速度で、ミラとオーガの間に割って入る。そして、その振り下ろされた金棒を俺は素手で受け止める。

 否、手のひらに展開した『風の盾』で受け止めたのだ。

「遅くなって済まなかったな、ミラ」

 俺は、驚くオーガをしり目にミラに笑いかけ、謝る。あの二人がいないことから、ミラはあの二人が逃げられるように時間稼ぎをしていたのだろう。たった一人で、あのオーガを相手に。

 さきほどは、領主の娘だから守られた。そして今度は、領主の娘だから守った。その行動を決断する勇気は、感動するぐらい素晴らしいものだ。名演をした奏者を賞賛するように、素晴らしい(ブラヴォー)! と声をかけたいぐらいだな。十二歳の女の子にしては、かなり頑張ったよ。

「さて、次は俺が頑張る番だな!」

 俺はそう叫んで、驚きで停止しているオーガの腹に空気の塊を叩きこむように精霊に指示を出す。口でああは言ったが、実際に頑張るのは精霊たちなんだよな。俺はあくまで指示をするだけだ。

「グオオオッ!」

 オーガは咆えながら俺に襲い掛かってくる。その目には敵意や殺意がありありと浮かんでいた。

「『フォルテ』!」

 それに対して、俺はそう叫んで指揮棒を大きく振る。すると、オーガは先ほどのように全身が風の刃の竜巻に包まれる。だが、今回はそれだけではない。ピシャッ、ピシャッ、と音がすることから分かる通り、中には水の刃も仕込んである。

「ガアアアアアッ!」

 オーガは咆えながら暴れまわって刃の竜巻から逃れようとするが、体中を傷つけられて弱ってしまっているため、そんな力は残っていない。

 そしてついに、オーガの身体は崩れ落ちた。ドウッ、と低い音をたてて地面に倒れる。

 俺は両手を上にあげながら閉じる。すると、刃の竜巻は収まった。今の動作は、指揮者が音を止める時にする動作だ。指揮をして現象を起こしている以上、それを止めるのはこの動作だ。

 オーガの身体をしばらく見下ろし、ピクリとも動かないことから死んだのを確認する。そして、俺はミラに振り返った。ミラは、先ほどと同じように、座って木に身体を預けたまま、きれいなオッドアイで俺の事を見上げている。

「よく頑張ったな、ミラ」

 俺は、自然と笑みがこぼれてしまいながらそうミラに言った。

「お兄ちゃんっ……!」

 ミラは、いきなり抱きついてきて俺の胸に顔を埋めた。

「怖かったっ……! 怖かったよっ……! でも、お兄ちゃんが来てくれて、良かったっ……!」

 ミラは湿った声でそう言って、さらに強く抱きついてくる。

「ああ、怖かっただろうに。本当、よく頑張ったよ」

 俺は、穏やかな声でそう言いながら、ミラの綺麗な黒髪を撫でる。とても触り心地が良く、いい匂いが鼻腔をくすぐる。

「お疲れ様、ミラ」

 俺はそう言って、ミラの背中に手をまわして抱きしめた。

「……お邪魔だったかしら?」

「シッ! それが邪魔なんだよっ!」

 そうしていると、木の向こうからそんな会話が聞こえてきた。そちらを見てみると、そこには先ほど助けた金髪碧眼少年と銀髪ツインテール少女がいた。改めて容姿を見てみると、どちらもかなり見た目がいい。

 アッシュは煌びやかな金髪を短く切りそろえて、きれいな碧眼の中に意志の光を宿らせていて、顔の造詣もかなりいいイケメンだ。それに身長が高い。

 ルミナスは綺麗な銀髪をツインテールにまとめた身長が低めの美少女だ。その黒目には、アッシュと同じように情熱的な意志が宿っている。

「ん? もう怪我は大丈夫なんですか?」

 俺はミラを放して、二人に声をかける。腕の中でミラが残念そうに「あっ……」と声を漏らしたけど、二人の容体も気になるところだ。未練を感じてくれたのは素直にうれしいけどな。

「いや、やっぱりお嬢様の事が気になってな。このオーガはお前がやったんだな」

「怪我は酷くなってるわね。会話は出来るけど、ちょっとこの悪路の移動は難しいわ」

 二人はそう言った。

「そうですか。では、ちょっと待ってて下さいね」

 俺はそう言いながら二人に近寄り、指揮棒を振る。すると、二人の傷がみるみる治っていった。

「……水属性の治癒魔法か! すっげえな!」

「あなたすごいのね! 水属性の治癒魔法は有名だけど使える人ってほとんどいないのよ!」

 怪我が治って興奮しているのは分かるが、何というか、二人とも騒がしい。

「おや、どちら様かと思えば、アッシュ様とルミナス様ではないですか」

 オーガの解体をしていたアルバートさんが二人を見てそう言った。

「あら? 知り合いですか?」

「……お兄ちゃんの一つ前にお姉ちゃんが拾ってきた人」

 俺の疑問にミラが答えてくれた。

「ああ、じゃあ大体俺と同じような境遇ですか」

「あれ? お前もアリエル様に拾われた奴か!」

「あら、そうだったの! だから一緒に行動してたのね!」

 俺と二人の間に妙な連帯感が生まれた。

「改めて自己紹介するぜ! オレの名前はアッシュ・ウィクトールだ! と言っても実家は捨てたからアッシュで問題ないぜ! 見ての通り軽戦士だ!」

「あたしはルミナス! 業師よ! 治癒魔法が使えるなんて凄いのね!」

「俺はタクトです。今日登録したばっかですが、魔法使いを名乗っています」

 三人で自己紹介をして、お互いの名前を覚える。アッシュさんの方は複雑な事情を抱えているようだ。元気に複雑な事情を公開するアッシュさんは、ある意味男らしいかもしれない。そんなアッシュさんに、ルミナスさんはさっきからちょいちょいキラキラした目を向けている。一方のアッシュさんはそれに気づかず、オーガの死体を見て騒いでいた。

「すげぇ! すげぇぞ! こんな魔法を今日登録したばっかのタクトが使えるなんてな!」

「喜んでいるアッシュ、目がキラキラしてカッコイイ……」

 ルミナスさんは小声でそう呟きながらアッシュさんを見ている。小声と言ってもそう小さいわけではなく、割と周りに聞こえる声だったが、アッシュさんには聞こえてないようだ。ははぁん、なるほどね。……前途多難だな。

「……そろそろ下りる。長居は危ないかも」

「それもそうですな。わたくしは賛成です」

 ミラとアルバートさんがそろそろ下りることを提案した。

「俺も賛成です……って、え?」

 俺はアルバートさんの方を振り返って驚愕した。オーガの死体が消え去っているのだ。

「えっと、アルバートさん。なんでオーガが消えているんですか?」

「ああ、それはこの『収納袋』のおかげですな」

 そう言ってアルバートさんは手に持っているスーパーのビニール袋ほどの革袋を俺に見せた。

「これは、魔法の効果で中が不思議な空間に通じていて、袋の口に収まれば、重さと嵩を気にせずにいくらでも物を収納できる優れものです」

「あ、なるほど。そういう事でしたか」

 あの青狸ロボットのポケットみたいなものか。ん? 猫だったかな?

「さて! じゃあ下りるぞー!」

「おー!」

 アッシュさんの掛け声に、ルミナスさんが続いて下りていく。俺たちもそれに続いて、下りて行った。それにしても、この二人は元気だなぁ……。

今まで書いた異世界物で某猫型ロボットの例えを使わなかったことがありません。

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