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第十楽章

 涙は部屋に着くころには止まった。その後は腹が減ったなぁ、とか今日の夕飯は何かなぁ、とか精霊との連携はどうやればいいかなぁ、といろいろ考えていた。大半がろくでもないことを考えていた気がする。

 そんな風に時間を潰していると、ドアがノックされた。

「タクト様、ご夕食の時間です」

「はい、分かりました」

 渋い執事の声に俺は返事をしてからベッドから立ち上がり、部屋を出る。

 食堂に着くと、すでにマーニエル家のメンバーは揃っており、俺が最後に入った形となる。恐らく、あの後家族内で話し合い、そのまま夕飯、という流れなのだろう。女性陣は目が赤いから、さっきまで泣いていたんだろうな。しかし、全員が憑き物が落ちたような顔をしていたので、問題は大方解決したのだろうと思う。

「お、タクト君か。先ほどは気を遣わせて済まなかったね。君のおかげで家族内の不和が解消したよ。ありがとう」

 ウェールズさんが俺に向かっていい笑顔でそう言ってきた。

 正直、俺は何もやっていないんだけどな。少しきっかけみたいなものになった程度だ。俺がいなくても、どのみちこの家族なら解消しただろうし、早いか遅いかの違いだろう。

「そう言えばさ、ミラ。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいか?」

 俺は席に座りながらミラにそう問いかける。

「……何?」

「さっきさ、『精霊が楽しそうにしている』って言ってたよな?」

 あのアリエルさんとウェールズさんに精霊眼がバレるきっかけになったあれだ。

「……確かに言った。それがどうしたの?」

「いや、ちょっと安心してさ。精霊に指示しすぎて嫌われやしないかと心配でさ。そうか、精霊は喜んでたのかぁ」

 俺は一つ不安が解消できたので、安心して目の前の料理に……っていつのまに並べられていたのか。いつもながら音も立てずに料理を並べるのって凄いな。いつか並べている場面に気付きたいな。

「さて、じゃあ全員揃ったし、頂くとしようか」

 ウェールズさんはそう言ってパンに口をつける。俺は習慣でいただきます、と言ってからスープに口をつける。

 その日の食事は賑やかなものとなった。家族内のわだかまりが消えたのだから、こうなるのは当然だろう。ミラは相変わらずあまりしゃべっていないが会話に参加してくる頻度も増えたし、雰囲気もちょっと柔らかくなった。途中にウェールズさんの悪ふざけで、またウェールズさんが女性陣に視線を突き刺される、という場面があったりと、とても楽しかった。

 ちなみにこの悪ふざけは、俺に女性陣の年齢を教える、と言ったものだった。ミラは十二歳、アリエルさんは二十一歳、ヒーラさんは四十歳らしい。ヒーラさんは見た目で言うと二十代でも十分通用するレベルだ。この美人さがミラとアリエルさんに受け継がれているのだろう。それと、ミラは十歳くらいかと思ったが十二歳だったようだ。あまり運動をしないから、体の成長がちょっと遅れたのかもな。

「た、タクト君。た、助けてくれないかな、なんて思ってるんだが」

 ウェールズさんは若干涙目でこちらに助けを求めてくる。

 ……これでもこの人はとても優秀な領主として有名なのだ。運営、交渉、人心掌握、その他もろもろ。なんでも上手くこなしてしまうスーパーマンだったりするらしい。読んだ本にはそう書いてあったが、こういう姿を見ると想像は出来ない。仕事できっちりしてて身内で明るい、という人格は好きだが、これ、はっちゃけすぎだろ。

「無理です」

「くっ! 薄情者ー!」

 俺が素気無く断ると、ウェールズさんは大げさに叫んだ。念のため言っておくが、この今までのやり取りはじゃれ合いの部類だ。女性陣もウェールズさんのことを本気で嫌っているわけではない。

「そうそう、タクト君。お夕飯の後、ここから出ないで待ってて貰っていい? ちょっと大事なお話があるから」

 アリエルさんは先ほどまでのやり取りをなかったかのように、おっとりと俺にそう言ってきた。

「あー、はい。分かりました」

 これは、多分俺が特異魔法使い(パティキュラー)であることの話し合いだろう。

 しばらくして、全員が食べ終わったタイミングで使用人たちは部屋から出ていく。今から本日二回目の家族会議、ただし議題は部外者という、なんとも奇妙な会議が始まった。

「さて、今日の昼にタクト君が属性の適性を測ったわけだが――――」

 ウェールズさんが一連の流れを説明する。ミラはなんとなく分かっていた感じの、ヒーラさんは驚いた表情を作る。あまりにもヒーラさんが疑うので、地の精霊に、全員が見えるように指示をしたところ、ヒーラさんは目を限界まで見開いて驚いていた。ついでにその精霊をミラの手元まで誘導し、遊ばせてあげる。その後、他の精霊も見えるようになってもらった後にミラと遊ばせてあげた。ミラは嬉しそうに笑いながら精霊とじゃれ合う。それをみた三人は、その笑顔を見てほわ~ん、としていたが、数分経って全員が冷静になった。

「今の通り、俺にはよくわからないですけど、精霊にいろいろ頼める魔法が使えるようです」

 俺はそう簡潔に述べて説明を終えた。

「精霊を操る……。ミラの精霊眼にもびっくりしたけど、タクト君も大概よね」

 すでに何回も驚きを経験して耐性が出来ているアリエルさんが、口に手を当てて緩く笑いながらそう言った。

「前にアリエルが連れてきた少年と少女もそうだが、タクト君はそれをはるかに凌駕するぐらい特殊だな」

 ウェールズさんが半分呆れたような目でアリエルさんを見る。それにしても、アリエルさんが前回連れてきた人って誰だろう。凄い気になる。

「ともかく、ミラの精霊眼然り、タクト君の特異魔法然り、周りには吹聴してはいかんぞ。話し合いの内容は以上だ」

 ウェールズさんは疲れたようにそう言って、部屋から出て行った。すれ違う際にボソリと「今日は全く仕事が出来なかった……明日どうしよう」と呟いていたのが妙に耳に残る。

「じゃあ俺もこれで」

 俺もそれに続いて席を立ち、魔法訓練室へと向かった。食後の運動にちょうどいいだろう。『あれ』の実験もしてみたいしな。

第一部が終わりました。

次から展開が変わります。

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