オーバーチュア
ご覧いただき、ありがとうございます。
お見苦しい点もあるかと思いますが、ぜひお楽しみください。
日本のどこかにある、とある市民館。ここでは今、市立湊中学校吹奏楽部の定期演奏会が行われている。
指揮者の振りが激しくなり、音楽は最高潮を迎える。そして、最後に完全和音の全音符をフォルテッシモの総奏で鳴らし、指揮者が両腕を上にあげて両手を閉じることで、終わりを迎える。
曲の余韻の後に一瞬の静寂が生まれた。
その場にいる全員がその余韻と静寂を楽しみ、指揮者が腕を下して振り向いた瞬間に、奏者は一斉に立つ。
その瞬間、弾けたように万雷の拍手が鳴り響き、さわやかな、達成感を覚えているだろう顔をして指揮者がお辞儀をする。その顔には、スポットライトと熱演によって汗が浮かんでいる。
「これを持ちまして、湊中学校吹奏楽部の第十二回定期演奏会の一切を終了といたします」
拍手が鳴り響く中、緞帳がおりて、アナウンスが入る。
緞帳が下りきるまで頭を下げ続けた指揮者は、満足げな顔で体を起こし、奏者に向かって舞台から捌けるのを指示する。今から大急ぎで市民館の入り口に行き、アンケートとペンの回収や、観客へのお礼を済ませなければならないのだ。
「お疲れ、神島」
顧問である音楽の教師が一番最後に舞台から捌けた指揮者に向かって労いの言葉を投げかける。
「ありがとうございます」
その指揮者をやっていた少年は気持ちよさげな顔でお礼を言った。
彼の名前は神島拓斗。私立湊中学校の三年生にして、吹奏楽部の指揮者を務める。中学校はとっくに卒業式を終えて、彼も卒業してはいるが、吹奏楽部の定期演奏会は三月の後半だった。他の部活は受験に備えて引退し、卒業してからは各々の時間を過ごす。だが、吹奏楽部の三年生の場合は、受験に備えて『仮引退』、受験が終わり次第定期演奏会の練習に参加、となるのだ。湊中学校の吹奏楽部は活動が盛んである。こうした形式を毎回とっているのだ。
「お前だけそんな格好だからなぁ。暑いだろ?」
「そうですね。でも、これが正装ですから」
顧問の質問に拓斗はすらすら答える。彼が来ている服は、学校の制服でもなければ、他の部員が演奏用に着ていた、部活でお揃いのTシャツでもない。黒いスーツだ。
彼は身長が百七十cmを少し超えるぐらいあり、顔立ちも悪くは無い。その見た目に黒いスーツはとても映えている。
「それじゃ、俺も皆と一緒に入り口に行ってきますね」
「おう。控室で上着ぐらいは脱いで行けよ」
「はーい」
顧問のアドバイスに軽く返事をして、拓斗は控室へと向かう。
「ふぅ……疲れた」
拓斗は控室に置いてある自分の鞄から、指揮棒をしまうケースを取り出して、そこに指揮棒をしまう。そして、そのケースのふたを閉じると、そこを優しく指でなぞる。そして、それを鞄の上に置いて、
「今回も、そこそこ上手くいったかねぇ?」
この後の部内で行われる三年生を送り出す会で上映される、演奏のビデオを楽しみにしながら、そう呟いて立ち上がる。
その瞬間、
「っ!?」
突然、激しい眩暈が襲ってきた。視界は徐々に黒く塗りつぶされていき、意識も薄れてくる。
(きゅう……きゅ……う……しゃ……)
あまりにも変と思い、鞄に向かって手を伸ばす。中に入っている携帯電話で救急車を呼ぶつもりなのだ。視界がほぼ真っ黒になっているため、手探りだ。
(ぐっ!……)
何かを掴んだものの、その瞬間、拓斗の意識はついに途切れる。
そして、
拓斗はその場から、いきなり消え去った。
次から一人称になります。