別れ
7話目です。
最終話になります。
では、どうぞ。
『殺しなさいよ、遼を』
微笑む黒い少女に、香純は目を見開く。
『《元凶》を殺すんでしょ?』
「………ッ、それは…」
歯がガチガチと鳴る。
『覚悟はあったはずだけど?』
覚悟?
あるか、そんなもの。
だって遼は、
「遼は……私の契約者よ…」
『自分の命に関わるの?』
頭を振った。
「違う…私は死ねないし、そんなものは関係ないわ。でも……」
香純の長い睫毛の下に、うっすらと涙が浮かぶ。
「お互いを守るために契約したのに…何でこんな……理不尽だわ…」
『そう、世界は理不尽。信じられるものなど何もない……哀れだなぁ、生者は。死んでしまえば楽になるのに』
クスクスと嘲笑う夕姫。
香純は静かに目を瞑る。
「遼……今わかったわ。貴方が元凶である理由が」
穏やかにそう言うと、彼女は語り始めた。
「今回の《怪奇現象》の元となった《言霊》は、目とは関係なかったの。あの目は、貴方の恐怖を表したものだったのよ。『いつも夕姫に見られている』……その勘違いが、あの目とここにいる柳沼夕姫の幽霊を《怪奇現象》として描写した。でも、貴方が一番怖かったのは『貴方の言動で相手の生死が決まってしまうこと』ね?」
一息ついて、言った。
「貴方は《蜘蛛の糸》になってしまった。人を助けようとはするが、それは方向性を変えると簡単に殺人行為と化してしまう。貴方はずっと、柳沼夕姫に縛られていたの」
途端に、夕姫が顔を輝かせる。
『遼……ずっと私を想っていてくれたのね。私も愛してるわ。早くあの世で一緒になりましょう?』
囁くように言う彼女に、しかし遼は黙りこんだままだ。
『さあ、遼をさっさと殺して?』
「……遼…伝えたいことが、あるの」
『そんなのはいいから早く!!』
「―――夕姫」
突然、遼が口を開いた。
『何?』
「君に言いたかったことがあるんだ」
夕姫は嬉しそうに耳を傾ける。
だが、彼の口から飛び出したのは予想外の言葉だった。
「何であの日、自殺なんかしたんだよ……!!」
それは明らかな怒声。
『え……遼、怒ってる?』
「ああ。信じてくれって言ったのに……何で話してくれなかったんだ!?話してくれれば誤解だって解けたのに……!!」
『遼……』
「夕姫…何で……、ごめん……ごめん………」
遼は俯いたまま、涙を流し始めた。
夕姫は戸惑った様子で彼の顔を覗き込む。
『ごめん、遼…でもやっと一緒になれるよ……?』
夕姫がおずおずと提案する。
すると遼はゆっくりと顔を上げた。
袖口で涙を拭うと、言った。
「僕は夕姫が好きだ……でも、僕は生きたい。香純の契約者として、生きなければいけない」
『何を言ってるの……?貴方が死なないと、この街は《怪奇現象》に食い尽くされるんだよ!?』
「言い方を変えると、僕は死んでも今は夕姫と一緒にはなれない」
『何で!?私は……』
「僕は、二度と夕姫を殺したくない!!」
すると、夕姫の様子がおかしくなり始めた。
自らの頭を抱え込み、絶叫を続ける。
『うぅ…あああああああああ!!』
それを最後に、彼女の姿は跡形もなく消えてしまった。
「……さよなら、夕姫。また会おう」
そう呟くと、遼は香純のほうを見た。
いつもより意志の強そうな、どこか疲れた瞳だ。
「さて、香純。伝えたいことって?」
香純は少し言い淀み、しかし決意したように言った。
「……遼、ありがとう。私をこちらに連れ出してくれて。私は、本の中が怖かった。暗くて、黒くて、でもその黒さはただの闇じゃなく、言葉の羅列で……。目まぐるしくて、嫌いだったわ。だから……ありがとう」
頭を下げる香純に、遼は苦笑いをする。
「ありがとう。……僕も、香純のおかげで強くなれた」
そう告げる彼の笑みが、少し陰るのがわかった。
「香純」
呼ばれた名に、彼女は顔を上げなかった。
「……僕を、殺してくれ」
息を深く吸う音がした。
「……《貴方にこの言葉を送るわ》、」
続けられた言葉は、空気に虚しく溶けていく。
彼の体と同じように。
「………さよなら、遼」
黒に近い、しかし目が回りそうになるほど目まぐるしい世界。
そんな場所に私はいた。
目を閉じることしかできなかった私を、貴方は―――…
救い出してくれたんだ。
いかがでしたか?
読んでいただいた読者の皆様、ありがとうございました!!
(次回作はまだ未定です。すみません)




