過去
5話目です。
遼の過去が明らかになります。
では、どうぞ。
天井の目を見つけた瞬間、賀張ゆきは絶叫しながら台所に駆け込んだ。
反射的に洗い桶に入ったままの包丁を握り、引き抜いた。
水が飛び散る。
賀張ゆきはほとんど無意識に、天井に包丁を投げつけた。
ブシャッと嫌な音を立てて、それは眼球に刺さる。
鮮血が迸り、彼女の目の前に血溜まりができていく。
しかし、異変が起きた。
ぐにゃり
と、眼球が変形し始めたのだ。
それはみちみちと不快な音を立てながら、2つに分裂した。
まるで、細胞分裂のように。
2つの目が、賀張ゆきを見つめた。
見るな。
私ヲ、見ルナ。
「あああああああああッ!!」
彼女は叫び、目が2つに分かれたお陰で床に落下していた包丁を握り直した。
グサッ、ビチャッ、グサッ、ビチャッ、グサッ、ビチャッ、グサッ、ビチャッ、グサッ、ビチャッ……
「賀張さん……?」
男子の声が聞こえ、手が止まった。
回らない頭で天井を見上げる。
そして玄関のほうに目を向けると、愕然とした表情の少年が見えた。
「賀張ゆきさん…《貴方にこの言葉を送るわ》」
少女の声が、私に、
「さようなら…《死》」
別れを告げた。
一瞬にして賀張ゆきの体は消し飛び、血溜まりだけが残った。
「う゛ぅ……」
遼は口元を押さえ、踞って呻いていた。
「そんなに見るのが嫌なら私1人でもよかったのに……」
少しの不服さと心配を滲ませながら、香純は言う。
「いや……僕は見なきゃダメなんだ。君の契約者だから」
弱々しく笑う遼に、彼女はふと思い出す。
「……そうだ。貴方、何か《言霊》に対するトラウマでもあるの?」
彼の肩がピク、と跳ねる。
―――図星、ね。
「例えば……誰かが亡くなったりとか」
「……そうだな。じゃあ話すよ」
一息ついて彼が話し出したのは、昔の記憶だった。
1年前、遼に彼女ができた。
――僕はある日、教室に忘れ物をした。
もうかなり暗いし、さっさと帰ろう。
そう思って教室のドアを開けたときだった。
ガラッ。
「ひっ!?」
不意に声が上がった。
教室に一人、クラスメートが残っていたのだ。
――柳沼夕姫。
学級委員を務める、しっかり者。
真面目で文武両道。
遼が密かに想いを寄せていた女子。
「柳沼さん……まだ残ってたの?」
「う……うん」
何かがおかしい。
何故彼女は俯いて、手首を握りしめている?
「柳沼さん?」
上げられた顔が、涙で濡れていた。
「えっ!?」
「ち、違うの!!私…私は……」
強引に両手で涙を拭うその姿に、もう1つの違和感を覚えた。
「……その傷、どうしたの?」
「え?………あ」
聞かなくてもわかっている。
それは自傷行為……つまりリストカットによるものだった。
証拠に、机の上には血のついた剃刀と包帯が置かれている。
「……リスカ、だよね?死にたいの?」
厳しい声で問い詰めると、彼女は黙って頷いた。
「何で?」
その血の気の失せた唇が、開かれる。
「……私は、人間が嫌いなの。人間はすぐ裏切る。人間は信用ならない。私は、人間でいることが嫌だ」
そこまで言うと、彼女は怒りに突き動かされるように叫び出した。
「人間なんか嫌いだ!!お父さんはお母さんを捨てたし、お母さんは私を痛め付ける!!煙草を押し付けて、殴って蹴って、踏みつけて、私が血を吐くまで傷つける!!人間は醜い!!それと同じ人間である私も醜い!!お前らが死なないなら私が死んでやる!!」
そう言って剃刀を手に取った彼女が、それを自らの手首に降り下ろした。
「やめろ!!」
僕は無我夢中で彼女を押さえつけた。
降り下ろされた剃刀が腕に刺さる。
痛みに歯を食いしばる僕を見て、ようやく彼女は我に返った。
「………あ、さのめ、くん…」
「やめろ、もうこれ以上自分を傷つけるな!!僕は人間の優しさを知ってる!!信用できる人間がいることを知ってる!!」
「嘘……嘘、だ……」
「嘘じゃないッ!!!!」
僕の剣幕に怯える彼女を見て、僕も少しだけ頭が冷える。
「……そんなに信じられないなら、僕を信じてくれ」
「そ、そんな…浅野目くんだって人間だから……」
「……好きだ」
柳沼さんがが目を見開く。
「好きだよ……僕は、柳沼さんを裏切らない。信じてくれ…」
「……浅野目くん…」
この日から、僕たちは付き合うこととなる。
しかし、
「……え…?」
約半年前。
柳沼夕姫は、その命を自ら絶った。
それは同じ放課後の教室で、不可思議な死を遂げていた。
自ら潰したと思われる両目。
あの日と同じように、深く刻まれた手首の傷。
首に掛けられた縄。
そして、机に置かれた手紙。
そこには、こう書かれていた。
『遼へ
最初に謝ることがあります。
ごめんね、やっぱり私にとっ て生きるのは苦しすぎまし た。
もちろん遼のことは信じていました。
でも、だからといって人間を全て肯定するのは無理でした。
それに私、この前見ちゃったの。
遼が他の女の子に迫られてるところ。
それから私は《疑心暗鬼》に陥ったみたい。
もう、何も信じられないの。
だから私は、死にます。
ごめんね、ありがとう。
……さよなら、遼。
柳沼夕姫』
「……それから僕は、ほとんど毎日彼女の墓参りに行っている。いつも夕姫が見てるような気がするんだ」
「そうだったの……」
香純はふと、辺りを見る。
相変わらず血塗れの室内。
「……?」
本来、《怪奇現象》は《元凶》を殺せば消滅する。
なのに何故、血が残っている?
可能性は1つ。
「……彼女は《元凶》じゃなかった?」
その瞬間、外から叫び声が聞こえた。
「!?」
「行きましょう、遼!!」
玄関を飛び出して来た道を戻ると、それは急に現れた。
ブロック塀に出現した大きな目玉と、それに飲み込まれる人間。
香純が呟いた。
「マズいわね……このままじゃ、街が1つ潰されてしまう!!」
いかがでしたか?
ヤンデレかわいいよヤンデレ。
次回は真の《元凶》が明らかになります!!
では、また6話目でお会いしましょう。




