追跡
風のように捉えどころが無いといわれる瑠璃という女を捕らえるのはそう、難しくは無い。
というのは彼女の捜索が容易であるからだ。
まず、とにかく服を脱ぎ散らかす。眠るときにそれは顕著に現れる。服を脱ぎ散らしながら寝床を探し、毛布に包まって眠る。
基本的に服を着ることを好まないのかもしれないとユリウス・ジェーコは思う。
今、彼の目の前に、瑠璃のものと思われる、若草色の上着が落ちていた。近い。
この辺りで眠っている。
起床時には就寝時とは逆で、脱ぎ散らかした衣服を拾いながら歩くさまが目に浮かんだ。
今度は茶色のショートパンツを発見する。近い。
囮を使って捕獲しようかとも考えたがどうやらその必要はなさそうだった。
ゆっくりと近づけば、彼女はむくりと起き上がった。相変わらずだと溜息を吐く。
薄手の、熊の毛のような色の毛布を引き寄せどうやら服を探しているようだった。
「ジャケットはこれ、パンツはこれだ。服を着て寝る気はないの」
思わず訊ねた。
「んー、寝るときくらいは開放されたいじゃん」
「君は解放されすぎだよ」
溜息が出る。
ユリウスは彼女が脱ぎ散らかしていた服を顔に目掛けて投げてやったがあっさりと受け止められてしまった。
「んで、寝起きにわざわざなんの用だ。別に私の裸体を観察したいわけじゃないだろ」
「そうだね。どうせ裸体なら君の主の方が気になるな。どこに武器を隠してるとか、実は腹が割れてそこから本体がでてくるんじゃないかとか」
「まさか。そこまで化け物じゃないさ。袖の裏にナイフを隠してるんだよ。ただ取り出す速さが早すぎて目視できないだけだ」
十分化け物じゃないかと言いたいのを飲み込んで、ユリウスは封筒を突きつけた。
「なにこれ」
「新王陛下からの召集状だよ。君に興味があるらしい。首に縄を付けてでも引きずって来いとの命令だ」
「そりゃあ楽できるな」
瑠璃は上着を羽織ながら笑う。
「その前に君の服を買う必要があるな。安心しなよ。経費で落とす」
「これでも着るものにこだわりがあるんだ」
瑠璃の言葉にユリウスは目を丸くした。
拘り? 露出狂のどこにそんなものがあるんだ。そう言ってやりたいのを飲み込んで続きを促す。
「天然素材ってのには拘ってるんだぜ? 化学繊維は肌に合わん」
「ほぼ裸族のくせになに言ってるの」
「何も着ないのが一番いいに決まってるだろ」
瑠璃はそれが当然という顔をして、それから武器の確認を始めた。
「んで新王陛下は私に何をさせたいんだ」
「君を騎士団に招きたいそうだ。僕は反対だけどね」
「ならお前が断れよ」
「僕にその権限は無い」
昔とは違うとユリウスは溜息を吐いた。
彼はもう宮廷騎士団長ではない。それは一時的なことかもしれないし、永遠かもしれなかった。
とにかく、宮廷騎士の一員であり、王の命令は絶対だ。そして彼に何かを決める権限はない。
「嫌だねぇ。時代の移り変わりは。だから、国なんてもんに縛られたくないんだよ。王なんて糞喰らえ」
「君を不敬罪で逮捕しようか」
「しないくせに」
「君に関しては大分諦めてるよ。それに、友人を拷問するほど腐ってはいない」
ユリウスは笑う。
それは自然に零れた笑みだった。
「ほら、来いよ。僕も忙しい。これからレイフの治療に付き合わなきゃいけないんだ」
「彼女はどうなんだ」
瑠璃はあまり興味がなさそうに訊ねた。
「治療は難しいらしい。でも、大丈夫だ。かつての栄光は失われても、本質は変わっていない」
瑠璃が興味があろうがなかろうが気にも留めずユリウスは答える。
瑠璃の興味はユリウスには関係の無い話だ。それよりも、彼は早く任務を済ませたかった。
「ほら、行くよ」
そう言って、ユリウスはまるで子供にするように瑠璃の手を引いた。
「自分で歩ける」
「そう言って何度逃げたと思っているんだい?」
不服そうな瑠璃は、ユリウスはただ見つめた。
まるで子供だ。自分も言動がやや幼い自覚はあるが、彼女は自分以上に子供に思えた。
「僕なら自分に素直なだけだって考えるけど……君の場合は幼稚だね」
「……お前にだけは言われたくない」
瑠璃はギッとユリウスを睨む。
正直に言うと、ユリウスはこの時間が嫌いではなかった。
瑠璃はいつだって素直にぶつかってくれる。彼の周囲にはいない部類の人間だ。
ゆっくりと王宮に向う道で彼は何度か瑠璃を見た。彼女はいつ見ても奇妙な安心感がある。瑠璃だけはずっと変らず、ずっと変化し続けている。
そんな奇妙な安心感があった。