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仮想世界の人々

Brain In a Vat Reito's story

作者: 伊豆海



「いいか、ここテストに出すからな」


空が青い。教室には、机と椅子が整然と並び。そこには行儀よく、空きも無く、生徒が座り、黒板には、丁寧とは言い難い字が並んでいる。

一体、あの訳のわからないことが起きた夢から覚めて、幾日過ぎたのだろうか。

現実味のないあの出来事の後、現実味しかない日々を過ごして、本当に夢のようにそれが起きたことの記憶が刻一刻と薄れていく。

実際、夢だったのだったのだから、この言い回しはおかしいか。

しかし、それは、その事は、現実だとばかりに腕についた番号はいつまでも消えない。

念入りに毎回洗うのだがもう諦めてしまうくらいに落ちる気配がない。

さらに厄介なことなのか、有り難いことかわからないが、俺以外にはこれが見えないのだ。

あれが、付いてから体育の時に教師に見つかってしまうとヒヤヒヤしていたが、何もないかの如くスルーされた。友人ですら同じようなものなのだから、この文字は見えないで決まりだろう。


「倉持。何を空ばかり見ている。それじゃあ、教科書を読め。重要なところだからな」


「はい」


あと、この退屈そうに、窓際の真ん中から少し後ろにある俺の机の上に座っている女の人も、俺以外に見えていないに違いない。

でなければ、


「そこまでで良い。ところで倉持、外を見たって何も授業に関係ないぞ」


「はい」


こう何度も俺の方を見てくるあの先生が、ここにいる私服で明らかに部外者な人間、更に行儀悪く机に座り、いかにも退屈ですと言わんばかりの顔をした人間を、注意しない訳がない。


『一体いつ終わるの?』


女性は口を動かしながら喋るのだが、声は俺の頭のなかに響くだけ。

教室にある時計を見る。


《あと20分弱》


そうノートの余白に書きなぐり、そこをシャーペンでコンコンと叩いて知らせる。


『えーっ!まだそんなにあるの!来る時間間違えたかな?』


自分のタイミングの悪さを口にして、女性は頭を掻く。


《集中したい》


さっき書いたものを消して新たに書く。


『なら勉強しな、こんなの気にしなければ良い』


そういって女性は空を見た。


《あなたが邪魔だ》


そう書いて女性をシャーペンで突く。


『痛いな。まだ言いたい事があるの?何々……、わかったよ。でも私にだって用事がある。いつどこにいれば良いのかな?【0001A】くん』


まず、板書を写す。やばい遅れそうだ。


《昼休み この階の西側階段で》


それを見た女性は『了解』と一言言って去っていった。いや、消えていった。

この番号をつけられると漏れなく非現実的な事がついて来るようだ。

平凡なる日々を俺に返してくれ。





午前中の授業が終わり西階段に向かう。

昼飯が惜しいがしょうがない。

巻き込まれるような運命が悪いのだ。こんな運命にしたこの世界じゃないどこかにいるやつを恨む。


『早かったね。まあ、レディーを待たせる男ほど最低な人はいないけどね』


そこに立っていた女性は、悪びれる様子もなくそういった。


「飯を食べながら話したい。空き教室を探すからそこにいてくれ俺は、自分の弁当を持ってくるから」


『弁当か……、っぷ、ふははは。君の弁当なら君がその左手に持ってるだろ』


こいつは一体何を笑っているのか一瞬わからなかった。

俺は西側階段に向かうため後ろのロッカーの上に置いたかばんには近づかずに前のドアから廊下に出たはずだ。

何をばか…な……。

そこには、俺の左手は確かに自分の弁当を握っていた。

なぜだろう、徐々に記憶が捩曲げられていく気がした。

本当にすぐに前から出たのか?後ろに寄ったのではないのか?


『混乱してるね。さて、ゆっくり話せる場所に行こうか。話しはそこでゆっくり出来るから』


やっぱりこいつ、何者だ?


『怖い顔しないしない、まったくあいつ何も喋らなかったな』


再び面倒臭そうに女性は頭を掻く。

空き教室の中で奇跡的に一つの教室が空いていた。

自然に誰もいない教室に女性は入っていく。


『ここで良いだろう。さあ、話そうか』


振り返ってにやりと笑う。


「わかった」


『本当に物分かりの良いサンプルだな。まあこうでなければ、私がここにいる理由もなくなるからな』


俺の体が教室に入りきると手も触れていないのに勝手に自動ドアのように閉められた。


『ようこそ。【0001A】くん。さっき言ったみたいに私は君に訊きたいことがある。時間は気にしなくていい。存分に訊かせてもらうよ』


再びおかしな事に巻き込まれた。今度は何だ、尋問か?


『まあ、そこに座って楽にするといいよ。君は紛いなりにしろ人だからね、食事をしながら話しをしよう』


紛いなりに、ね。


「先に俺に聞かせてください。何で俺の前に貴女が現れたのか」


弁当を開きながら訊く。


『はは、そうだな。君はどうも非現実のなかにいても、精神的に安定している節がある。それは本当に人間として機能しているのか?っという話だ』


そんな言い方じゃまるで俺が人間じゃないみたいに聞こえる。


「そうですね、諦めてますから」


『諦めている?どういった意味で?』


「どういう意味もないですよ。これは、俺の力の及ぶ範囲から大きく外れている」


『それでか』


「それでです」


『ふはははは』なんて女性は大口開けて笑うとこう言った。


『実はな、君にはまともなデータの塊、わかりやすく言うとNPCか、君達にとっては人間だが、そういう存在じゃ無いんじゃないかって疑われてるんだ』


「それは一体どういう意味で?」


俺は顔をしかめた。


『君は人間としてプログラム的な不完全さが見えるんだ』


「プログラム的な不完全さ……」


『特に精神的な』


「マジですか?」


『マジ』


前の人よりこの人はフレンドリーと見た。


『さっきの私が教室に出てきたときなんか例にあげやすい事柄だね。さて、私は一体いつ現れたでしょう』


「それは、授業が始まって20分過ぎた辺りでヌメッと」


くすくす女性は笑う。


『その私の現れ方の表現はさておいて、その時どう思った?』


「ああ、出て来た。くらいです」


ズビシッとおかずを突いている俺に女性は指を指す。


『君のそこに人間らしさが無いとふんだんだ。何も感じていないかのように何も反応しない君は、おかしいってね』


反応か……。


『あと、反応なら何でもいい訳じゃない。現実味を帯びていた世界に非現実的な私みたいなのが、君で言うところのヌメッと出て来た訳だよ。一瞬だけでも他人の目を気にしないオーバーなリアクションがあってもいいんじゃないのかな?』


「そんなこと言われても、それがなんだか、ああ、こういう現実なんだなみたいに感じたんですよ」


『それにしては、階段でのお弁当の流れは面白かった。君でもそんなに焦ったような動きをするんだって』


そうっすか。


「こほん。なら俺以外の人間を観察したらどうですか?」


『君以外ね』


「そうです。そこから俺が本当に違うのなら話しに応じましょう」


ため息を一つ着いて、


「一つの方法として、誰にでも見れるようにして、転校してみたらどうでしょう。でもそれをするなら少し若くして下さいね」


『どういう意味?』


カンに障ったようだ。少し声が低くなった。


「そのままの貴女の姿だと二十代前半くらいに見えます。教師としても年齢的に中途半端で、生徒にしては大人びすぎてなんか変です」


なぜこいつにこんな事を言っているのかと頭を抱えながら、


「でも、女性としては綺麗なんじゃ無いんですか」


と、付け足した。


『その言葉は本心?』


「そういうことで良いんじゃないんですか、万人に受けると思いますよ」


『君の本心は?』


溜息を一つ吐き、静かに言う


「どうでもいいから、【0001A】って言うな、あと解放しろ」


女性は、にやりと笑う。


『さっきの話しは、ちょっとしたアドバイスとして受け取るよ』


『よい学校生活を』っといって女性は幽霊のように去っていった。


教室のドアも完全な手動に戻りいつもの日常を世界が取り戻した。

ああ、美しきかな日常。

そう思えていたのは次の日の朝のSHRまでだった。


「突然だが転校生の紹介だ。入れ」


そう担任に呼ばれて教室に入ってきたやつを俺は知っていた。短髪ではあるがあの大人っぽい顔立ちは……。


「名前は……、自分で紹介できるよな」


「はい」


とりあえず、頬を抓る。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

夢ではないな。


「名前は…………です。新しい環境に戸惑うかも知れませんが仲良くしてください」


見た目変わらず。お姉さんみたいな顔して少し離れた学校の制服を来ている。


「席は、そうだな……。倉持、幼馴染だったそうじゃないか。今日の授業の教科書をこいつは持ってないからな。倉持が見せてくれるだろう。倉持の隣にいってくれ。陸西、悪いが倉持の後ろで良いか」


あ、ありえないことが起きた。


「なあ、陸西。俺に幼馴染なんかいないよな」


隣で引越しの準備をしている陸西に訊ねる。


「知らねえよ、お前とは高校からの仲だろ、古いことまで知らないよ」


迷惑そうにそう答えて俺の後ろにいってしまった。


『何をいっても無駄だよ。君の中の記録以外そういうことに書き換えたから』


頭のなかに響く声。

自称幼馴染を睨む。相手は笑顔だ。


「レート、久しぶり。幼稚園に上がる前からの仲なのに忘れちゃうなんて心外だな」


頭に響かない声。鼓膜から音が増幅されて聞こえるいつもの外界からの声として聞こえる。


「俺は一体いつからお前の幼馴染になったんだ」


隣の席に笑顔を変えずに座る。


「レートが産まれてから」


「そんな台詞を吐く幼馴染、初めて見た」


「私は私だもん」

『君のアドバイス通り他のNPC(人間)と見比べながら観察することになった。これからよろしく』


「そうだな。お前だもんな」

ふざけんじゃねえぞ。どんだけ非現実的ったって限度があるだろ。それくらいスーパーコンピュータ使って考えろ。


「仲が良いのは良いことだが、まだSHRが終わってないからな」


担任が迷惑そうに注意する。

諦めて席に座り空を見る。

SHRは滞りなく終わる。授業も隣にイレギュラーなやつがいるだけでいつも通り終わる。放課後もいつもの通り、部活をこなす。あいつが現れた以外変わりのない日常がここにあった。


「ただいま」


部活は思っていたよりも早く終わった。家には誰もいないだろうが。これだけは続けている。


「お帰り。夕飯は今作ってるから待ってて」


誰もいないはずの家から返事がする。料理の臭いも……これは、カレーか?

玄関にはいくつか見慣れない女物の靴……女物?


「まさかあいつ!」


「お帰りレート、机片付けておいて。あと、食器の用意もお願い」


そこに居たのは自称幼馴染だった。


「何でお前がここにいるんだ!!」


「私がこの家に泊まり込みで学校に通うっていう設定がほんの一・二時間前に設定されたから」


「は、はあ?」


「理解出来ないみたいな言い方しても今の君の行動からは、理解しているようにしか見えないんだけど」


俺はこの時バッチリ机の上を片付けて台ふきんで机を拭き終えようとしていた。


「空腹の衝動には勝てないんだよ」


「わかったわかった。おばさんは、私の事は知ってるからそこらへんは気にしなくていいよ」


ああ、貴方方お得意の記憶操作ですか。

カレーが美味しそうに並ぶ。


「いただきます」


このカレーを口にした瞬間から戻れないんだろう。いや、もうナンバリングされた瞬間に無理な話だったんだ。

諦めてカレーを食べる。うまい。もういいや、なるようになればいい。


「美味しい?」


「うん、うまいよ」


その言葉を聞いた彼女の顔は、大人びたものではなくまだ幼い少女の笑みだったと思う。


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