第七話 勇者と魔物
名前がコンプレックスの勇者の末裔、巳継はアリルという魔物の転校生に命を狙われてしまう。なんとか勇者部に逃げ込み避難するが、いつもの違う様子の巳継に勇者部のメンバーは不審に思い始める。
僕の名前は、勇者巳継。勇者の末裔だ。
別に、僕はその幻想をぶち壊すために勇者になったわけでも、悪の組織に勇者として改造されたわけでもない。
信じられないことに、苗字が勇者なのだ。ちくしょぉぉぉぉぉぉ!
今日の昼休み、ちょっとしたホラーを体験した。そう、それはまるでひぐらしがカナカナ……と泣いているいうな雰囲気だった。
目の前には、魔物の美少女と言うちょっとマニアックな女の子。手にはナイフ。
お分かりいただけただろうか? 手にナイフ、である。
そして、それを躊躇なく構えたと思ったら次の瞬間追いかけてきた。これだけでももう異常なんだが、さらに彼女は高笑いのよう奇声のような叫び声を上げて追いかけてきたのだ。
どこのB級ホラーだ! 第一発見者は必ず死ぬ法則を僕は巧みに回避し、勇者部へ避難。
事なきを得る。多分……。
でも、授業中ずっと……ずっと見ていたんだ、僕の事を。瞬きすらせずに。
無表情で! その時、若干失禁しかけたのは内緒だ。
放課後のチャイムが鳴るのと同時に僕は、メイジがいつものように僕を勇者部へと呼ぼうとしているところを無理やり、勇者部まで引っ張ってきたわけだ。
こういう危ない人間とかかわらないように生きてきたはずなのに、どこでどう選択肢を間違えてしまったんだろうか。
メンヘラでちょっと危ない、魔物の美少女にナイフで追いかけられるなんて。
僕は認めない! 認めないぞ! こんなの全然現実じゃないよ!
メンヘラ美少女が追いかけるなんて、大きいお兄さんがよく見るアニメでたびたび見かける話なんだけど、あれは二次元だから許されるわけなんだよ。
現実は、怖いなんてもんじゃない。体中の防衛本能が呼びさまされたよ。
ちょっとした世紀末を味わった気分だ、これは本当に怖い。
しかも、一本調子で笑いながら追いかけてくるんだよ? 目は死んでるし。
なんだよこれ……なんなんだよこの展開。いくらなんでもこれは警察沙汰だろ。
昨日の魔物の騒ぎだって、天川が何とかしてくれたからいいものの。
てか、警察なにやってんの!? なんで市街地に魔物が現れたのに出てこなかったの!?
どうしてこの世界の国家権力は、無力すぎるんだ。
不意に窓の外に何か当たる音がした。
「ひっ!」
「ゆ……巳継? 本当に大丈夫か?」
「巳継君、さっきから様子がおかしいよ?」
心配そうに見つめる天川、そしてファラ。僕は苦笑いで頷いた。
メイジと、秋宮は何やら熱く語り合っているみたいだ。おそらく中二談義だろう。
窓の外の音くらいでビビるなんて、焼きが回ったな。
僕の精神は、徐々に追い込まれていった。やばい、このままだとすべての音に反応してしまいそうだ。
とにかく僕は、いったんアリルとか言う変質者の事を頭の中から追い出して、秋宮に渡された広辞苑ほどの厚さの原稿用紙を見る。
僕が、勇者部が死ぬ程嫌な理由それはこれだ。僕はいつも秋宮に中二満載の、恥ずかしい英雄伝的な何かをいつも読まされるんだ。
しかも、毎回毎回量が増えてくる。信じられないだろ、お前の妄想力どうなってんの。
死ぬほど辛いよ? これ。毎回毎回、よくわからない専門用語に複雑すぎて頭に入ってこない時代設定。そして、めちゃくちゃ多い登場人物。
はっきり言って、誰と誰が話しているのかわからない。我慢できず、酷評してやったら大声で泣かれて大変だったな。
『お前が納得できる作品を書くまで、私はあきらめないぞ!』
って泣きじゃくりながら言われたんだっけ。最初はそれを、本気にしてなかったんだけど。
勇者部に来るたびに大量の原稿用紙を持ってきて、
『読んで感想を聞かせてくれ!』
って言われたんだよな。僕は顔を引きつらせながら、毎回毎回断ろうとするんだけど毎回毎回強引に押し切られる。
そして僕は、いつもいつもこのいつ終わるかわからない拷問に耐えるしかない。
読み終わると、若干記憶喪失になる。酷い時にはここはどこで、自分は誰なのかさえ分からなくなる時もある。
もはや拷問じゃねぇか!
しかし、今回は背に腹は代えられない。泣かれて気まずい空気になって、追い出されたら僕はアリルに殺される。そして、明日の朝刊に被害者として乗るだろう。
それだけは絶対に避けなきゃならない。なんとしてでも。
僕は、まだ死にたくないんだ! なんとしてでも、アリルから逃げらなければ。
目の前の原稿用紙に目を通す、大量にびっしり書かれた文字。
うっ! 吐き気がする。頑張れ、あきらめるな。なに、いつもの事じゃないか。
いつものように読んで……。
窓の外に誰か見える。たしか、ここ勇者部は二階の一番端で窓の外は何も無いはずだよな?
え? あ……アリル? いや、いやいやいくらなんでも。
そういうパターンは無いと思うよ? だって、ベタベタじゃん。
いくらなんでも、ねぇ? 一昔前のホラーでもまだマシな驚かし方しますよ?
そんな、ねぇ? いくらなんでも芸が無いというか逆に飽きれるね。
ふぅ、馬鹿にしすぎじゃないのか? 僕はこれでも勇者の血は何百分の一は入っているんだぞ?
そうでなくとも、こんなB級ホラーみたいな登場の仕方で誰かを恐怖のどん底に落とせるわけないじゃないか。
僕はそこまで落ちぶれてない、さてさっさとこれを読んで秋宮に感想を話して帰るか。
「まままままま窓の外!」
「窓の外がどうかしたのか? ゆ……巳継」
「わからないのか!? 人影が! 人影がぁぁぁぁぁぁ!!」
「おお落ち着け! ゆ……巳継よ、一体窓の外に何があるというのだ?」
周りは僕を変人を見るような目で見る。お前らは命を狙われたことがないから、そんな悠長なことをしてられるんだ! いますぐ、警察! ポリスだ!
僕は、おもむろに携帯電話をとりだし番号を打ち込む。勇者部のみんなは、僕を若干引いた目で冷ややかに見ている。
ちくしょう! 僕だってこんな変人みたいな真似したくないよ! でも仕方ないじゃん、命狙われちゃってるんだから、しょうがないじゃん!
怖くて怖くて仕方ないんだよ、あの光のない目が、僕の頭にフラッシュバックするんだよ。
僕は一心不乱に電話を掛ける、しかし電話はつながらない。おかしい……なんでだ?
なんで……なんで圏外なんだ?
僕は背中から冷たい汗がサーっと流れるのを感じた。おいおい、これじゃあ本当にホラーじゃないか。
「今日は勇者巳継の調子が悪いみたいだから、ここで解散としようか」
メイジは、僕を憐れむような目でそう言った。他のみんなも仕方ないよねという顔をする。
なんだって? そんなことされちゃ……僕殺されちゃうよ!
まだ、部活が始まってから三十分くらいしか立っていない。これじゃあ、確実にダメじゃん。
部活にいればみんな一緒だし、なんやかんやであきらめてくれんじゃないかという甘い希望が目の前でバラバラに打ち砕かれる。
「いや、僕は大丈夫だからさ。みんな部活やろうよ!」
しかし、周りの反応は薄い。どうしたんだよみんな?
「そうだな」
そう言ったのはファラだった。僕は正直驚いてしまった、そして同時になんか感動した。
なんだかんだでいがみ合ってきたけど、まさかお前が助けてくれるなんて……。僕の頬を何か熱いものが伝う。
「部活を個人の理由で終わらせるのはどうかと思うしかし、今回はさすがに酷過ぎると思うのじゃ。ゆ……巳継よ、今日はゆっくり休んだ方が良いぞ」
なんでだぁぁぁぁぁぁ! ちょ、なにいい事言った風になってんの!?
ファラは心配そうな顔で僕の顔を見る。変な気を使うなぁぁぁぁぁぁ!
てか、いつの間にお前は勇者部の部員になったんだ!?
「そうだね。巳継君、すごく辛そうな顔してるもん」
「天川……お前まで……」
「私的には、今すぐにでも作品の感想を聞きたいのだがここは私の寛大な心に免じて後に回してやろう。感謝するが良い」
「秋宮……」
「勇者巳継! 気にせず今日は休め、勇者には休息も必要だ」
「メイジ……」
えー……何この展開。なんか感動の名シーンみたいな感じになってるんですけど。
いやいや、そういうのいらないから。そういう気遣いいらないから。
というか、僕命狙われてるから! そうだ、僕はアリルに命を狙われているとみんなに話そう。
信じてもらえるかわからないが、もう言うしかない。じゃないと本気で殺される。
「みんな、よく聞いてくれ。僕は、今日転校してきた高町アリルに命を狙われてるんだ」
しばらく沈黙が続き、次の瞬間何やら悲しい空気が流れる。
どういうことだ? 何が起きた? いや、なんで真実を話したのにこんなに変な空気になるんだ?
天川? どうして目をそらす? ファラ? みんな?
おい! まるで僕が、ちょっと危ない人みたいじゃないか! なんだよこれ!
「みんな、本当の事なんだ信じて……」
僕の言葉を遮るように、肩に手を置いたのはメイジ。なぜかものすごい悲しい顔をしている。
「勇者巳継……君がそんな人だとは思わなかった。でも心配しないでほしい、私たちは君がどんな人でも今まで通り付き合っていくよ……多分」
いや、なんだよその多分! てか、何この展開!? 信じられないんだけど。
ちょっとまってみんな、これじゃ死亡フラグが……死亡フラグ建っちゃうよ!
いや……いかないでくれ。みんな……みんなぁぁぁぁぁぁ!
結局僕は、一人で家に帰ることになった。酷過ぎるだろ。
僕は、気配を押し殺しながら校門を出て早足で家に向かう。酷いよこれ。
くっ……みんな友達だと思っていたのに……これなんて裏切り?
僕がアリルに殺されたら、呪ってやる。毎朝目覚まし時計のタイマー設定を十分おきにずらしてやる。
ちくしょう……ちくしょう……。怖い、怖すぎだって。
本当に、ちょっとの物音でも後ろを振り向いてしまう。自分のチキンぷりに涙を流しそうだ。
くっそぉぉぉぉぉぉ……なんで僕がこんな目にあわなきゃならないんだよ。
僕はぶつぶつ文句を言いながら、時に後ろを振り返りながら家に向かった。
そして、距離にして家まで約数百メートルというところで現れた。恐怖の殺人鬼が。
「勇者……巳継」
今度は後ろからじゃなく、正面から現れた。例の如く、手にナイフを持って。
うわぁ……やっぱり現れたよ。銀髪のツーサイドアップで小柄なのに、胸が結構大きい。
瞳は深い緑色。魔物の転校生、高町アリル。
脈拍がいつもの数十倍速くなる。僕はとりあえず、苦笑いするしかなかった。
夕日が薄暗く彼女を照らして、若干不気味だった。とにかく怖い。
「えっと……高町アリルさん、だよね? 何の様かな? 僕ちょっと忙しくて」
「私は貴方を殺したい」
やっぱりね~。なんだかあきらめにも似たような感情がこみ上げてきた。笑えない冗談だ。
「わかった。じゃあこうしよう、僕の質問に答えられたら殺していいよ」
これは一種の賭けだ。ここでうまくいけばこの死亡フラグを回避できるかもしれない。
相手が乗ってくれればの話だけど。アリルの事だから、十中八九拒否するだろう。
逆に、乗ってくれれば僕は高確率でこのピンチを脱することができる。
なんとなくそんな気がする、どうする? 僕の誘いに乗るか?
「いや。今すぐ殺す」
ぎゃぁぁぁぁぁぁ! やっぱりな! 話を聞かない奴だ!
「まぁまてよ! 僕はお前に殺される理由がわからない。いろいろ知らないこともある! いくらなんでもそれは酷いんじゃないか? せめて、殺すならわけをしゃべってくれよ!」
こい! 僕の誘いに乗れ。もし乗ってくれたらイベントが起きて僕が生き残れるかもしれない。
頼む、こい……こい!
僕は祈るようにアリルを見つめた。しばらくして、アリルは構えたナイフを下した。
これは、きたのか? 説明フラグきたのか?
アリルは、無表情のまま押し黙っている。僕はつばを飲み込んで相手の答えを待つ。
しばらく重い沈黙が流れ、そしてアリルは静かにしゃべり始めた。
「私の一族は貴方の先祖に殺されたのよ」
「なっ……」
それは衝撃の事実だった。目の前にいるのは、僕の先祖が戦った魔物の……末裔?
ということは、彼女は相当危険な魔物ってことになるぞ?
僕がアリルの言った言葉に混乱していると、アリルはさらに説明を加えた。
「私たち一族は貴方の先祖に滅ぼされたの。そして、私はその生き残り」
アリルは冷たい微笑を僕に向ける。どういうことだ? 僕の先祖が滅ぼした魔物の生き残り?
まるで、どっかのファンタジーみたいな展開に僕の頭はさらに混乱する。
「ちょっとまってくれ。それじゃあ君は、復讐のために僕を殺そうと?」
「そういうことになるわね。でも、それだけじゃない」
アリルは妖艶な笑みを浮かべた。また、光のない瞳が僕を見据える。
僕は戦慄した。その笑みがあまりにも気持ち悪かったから。僕は事のとき彼女が魔物だという事を再認識させられた。
そんな表情、人間にはとてもできないだろう。そんな残酷な笑みは。
「だって……最大の敵の血ってとても美味しそうじゃない? 今まで私たちを散々殺してきた憎い敵の血を啜るのって、すごく……興奮するでしょ?」
冷や汗が止まらない。これじゃあ、説明フラグの意味がないじゃないか。
普通、ここで過去の確執やら因縁やら何やらがあって、感動的な話でお互い泣き崩れてTHE ENDぉぉぉぉぉぉ! じゃないの?
これじゃあ、僕が説明フラグを起こしてしまったおかげでさらに死亡フラグが強まってしまったじゃないか。もう駄目じゃん。
夕日がどんどん沈み、そして地平線に完全に隠れた。
どこからともなく不気味な風が吹く、アリルは光のない目で僕の目を見据える。
不敵に笑みをこぼしながら、彼女はまたしゃべり始めた。
「私はね、バンパイヤ、ヴァンパイヤ、またはヴァンピルとか言われてるわ」
「それって」
「そう、私……吸血鬼なの」