第五話 勇者とピンチ
名前がコンプレックスの勇者の末裔、巳継の前に、恐ろしい魔物が現れる。というかほとんど、魔王の末裔、ファラテラル通称ファラのせいなんだけど。
次々遅いくるピンチ、果たして巳継は生き残れるのか!?(注 バトル漫画ではありません)
僕の名前は、勇者巳継。勇者の末裔だ。
別に、僕は勇者専用装備を作るためにクラスチェンジしたとか、いきなり何年も会っていない父親に呼ばれて、急に勇者になれとか言われたわけじゃない。
信じられないことに、苗字が勇者なのだ。ユニヴァァァァァァス!
人生にピンチはいくつもある。例えば、小学生の時、授業中にもようしてしまった時とか。
大人は言うだろう、普通に先生に言えばいいじゃないかって。
『トイレに行きたいです』そう言えばいいだろうって。
それが言えないから困っているんだ。大体の人が陥る人生で初めての最大級のピンチ。
え? なんかデジャヴってるって? 気のせいだ。
とにかく今度は本当にピンチ、精神じゃなく主に身体的の方の。
不良に絡まれたとか、ガラの悪いおっさんの肩に当たったと思ったらヤクザだったとか、そんなチャチなもんじゃ断じてねぇ。もっと恐ろしいものの片鱗を……。
「グヲォォォォォォォッ!!」
う……凄まじい遠吠えだ。実は、本物の魔物を見るのは初めてだ、正直ガクブル状態。
いや、こんなの目の前にして正気を保っていられる奴なんて勇者ぐらいしかいないだろう。
僕? いや勇者じゃないよ。あくまで、勇者の末裔。
勇者の末裔だから特別な力を持っているとか、そんな勝手なイメージを押し付けるな!
僕は普通の人間なの、ごく普通の一般人。エキストラ! 通行人A!
なのに……なのに……いきなり目の前に魔物とか。どうみても死亡フラグにしか見えない。
もう、運命のイタズラとかじゃなく運命の人身事故レベルだ。
リアルでツキノワグマと戦える高校生はいますか? それと同じ状況。
どうしようもない。本当にどうしようもない。こんな、こんなことってある?
住宅街にいきなりツキノワグマ飛び出してくるぐらい、予想外。
だって、僕らの世界では魔物とは普通に共存しているし。目の前にいるような危険な悪い魔物は、大抵辺境の地とかもっと誰も立ち寄らないところにしかいない。
それこそ、勇者しか行けないような危険なところにしかいないわけで。
そいつが目の前にいる状況自体、アリエナイ。普通にアリエナイ。
ありえない事なんて事はありえない、なんてありえないんだよ! インポッシブルッ!
しかも僕の周りには魔王の末裔、ファラテラルと天川彪音がいる。
ファラテラルはともかく、天川は僕と同じ勇者の末裔にして勇者部の部員だが、やっぱり非力。
この場に、この魔物をどうにかできるような奴なんていないんだ。
たかだか高校生の分際で、どうこうできる相手じゃないんだよ。しかも、目の前には僕の家。
というのもファラテラル、通称ファラが勝手に僕の家の前まで連れてきやがったんだ!
どういうつもり!? ドジっ子ってレベルじゃねぇぞ!
ファラが言うには、コンビニからでてしばらく歩いていると嫌な気配に気づき、振り向いたら魔物がいたので走って僕の家に来たそうだ。
違うだろ! そこは交番だろ! 国家権力に頼れよぉぉぉぉぉぉ!
なんで国家権力じゃなく、高校生のところに来たんだよぉぉぉぉぉぉ!
なに? 勇者の末裔だから何とかできるとでも思ったの? 無理無理絶対無理。
めっちゃ魔物デカイし、なんかすごくグロテスクだし、息荒いし。
このままじゃ、それこそZ指定入っちゃうよ! ダメダメそんなのダメ! 絶対。
よし、できる限り魔物を可愛く説明しよう。まずテディベアを想像してもらいたい。
そのテディベアに、鋭い鉤爪と飛び出た(ry。
駄目だ……無理だった絶対無理、悍ましすぎるもん。高校生には荷が重すぎる。
「巳継君……」
「し、心配するな天川。ここは僕とファラでなんとか……」
「グヲォォォォォォッ!!」
「うわっ……!」
「名にビビッておるのだ? ゆ……巳継よ」
ファラはドヤ顔してそう言ったが、明らかに足が震えている。
魔王の末裔だったら、魔物の一匹や二匹どうにかしろよ!
と思ったが、まあいくら魔王の末裔と言ってもか弱い女の子だからな。
でも仮にも魔王の末裔なら、インチキスキルの一つや二つ身に着けとけよ! 普通こういう時、あらびっくり! こんなにか弱い女の子があんなに獰猛な魔物を手なずけている的な展開が起きるはずだろ。
僕は、心の底からため息をついた。ああもう、どうしたらいいの?
「ファラビュウトリムファービュラリスフラム……」
ファラはそう唱えると、バラの様な花の模様に、五芒星とその他複雑な図形が組み合わさった術式を指で書き始めた。それは、どっかで見た模様だった。
「ファラ! お前まさか、また爆発系の呪文を」
「今度は大丈夫じゃ!」
そう言ってはいるが、指先はかすかに震えている。また誰かを傷つけるんじゃないかと怯えているんじゃないだろうか? いや、そうとしか思えない。
明らかにファラの顔は、切羽詰まったような顔をしていた。
僕はそっと遮るように、ファラの前に出た。
「なにをしておるんじゃ! ゆ……巳継!」
「無理するな。明らかに震えてるじゃないか」
「そんなことは……」
「たく、こういう時に限って僕の中に流れてるほんの僅かな勇者の血が騒いじゃうんだよな」
「何を言ってるんじゃ?」
「いけよ、ここは僕にまかせろ。こういう時は男が女を守る役目だろ?」
「お主! 死ぬ気か!?」
「そんな気はねぇよ。ただファラより、僕の方が体力の方はあるだろ? だからここは僕に任せて助けを呼びに行ってくれ」
「しっ……しかし」
「大丈夫! 安心しろ。僕は不可能を可能にする男なんだよ」
ファラは涙をこらえながら頷き、走っていった。
あれ? なんか僕、死亡フラグたててないか?
「巳継君! 僕も残るよ」
そう言って天川が僕の横に立つ。僕は、慌てて反論しようとするとそれを遮るように天川は言った。
「僕だって男だし、それに……いつまでも巳継君に守られてばっかりじゃいけないんだ」
天川は真剣な目でそう僕に言った。しかし、やはり心配だ。
天川の覚悟は確かに立派だけど、それでも危険なものは危険だ。
僕は天川に逃げるように促した。けれど、天川は首を縦に振らなかった。
「僕は、巳継君を……守りたいんだ!」
顔を真っ赤にしながらそう訴える天川は、今まで見たことのないほどに真剣だった。
僕はため息をつきながら、了承するしかなかった。何やってんだ僕は。
ともかく、僕と天川は目の前の魔物と戦うしかない。少なくともファラが助けを呼んでくるまで。
それは一分後か、それとも一時間後か。とにかく魔物からの攻撃をしのぎきるしかない。
まぁ一時間も持つわけないけどね。最大でも、ニ十分てところじゃないか?
天川もいるし、とにかく僕は全力で頑張るしかない。いったい誰だよ! 市街地に魔物離した奴!
見つけ出して、絶対訴えてやるぞ! ……はぁ、でもその前に生き残らなきゃならないや。
魔物が臨戦態勢をとる。それに合わせて、僕と天川も構える。
仕方ない、こうなりゃヤケだ! 先手必勝!
「ウルデ・エル!」
この呪文は僕が一番よく使う、火属性の呪文だ。着火の呪文。
昔からのこの呪文はよく使ってたんで、結構極めた。半径、二十メートル以内ならどこにでも着火できる。放火魔もびっくりだな。
でも、正直効くかどうかわからない。しかし弱点を執拗に攻めればなんとか……いけるかもしれない。
考えても仕方ない、いっけぇ! 僕は魔物の鼻らしき部分に向かって着火した。
直後、驚いた仕草をする魔物。次の瞬間、
『ぺしぺし、しゅー』
落ち着いた様子で、鼻らしき部分についた火を消す魔物。あっという間に火は消えた。
……うん! 意味ねぇ!
魔物はゆっくりゆっくりこちらに近づいてくる。と、今度は天川が魔物に向かって魔法を放った。
「ミミリスミミック!」
そう唱えると、風が吹き始めた。おそらく風系の魔法だろう。
協力な風で魔物を遠くまで吹っ飛ばすつもりだな! なかなかやる、さすが僕の幼馴染だ!
風はだんだん強くなっていきついに、何やら花が飛んできた。
綺麗な花が風に乗って魔物の方に向かってゆく。 そして、魔物はその花を鉤爪でズタズタに引き裂いていった。そして……そして?
あれ? 次は? ……何も起こらない。
「あっ……だ、駄目だ」
失敗したらしい。何に失敗したのかは定かじゃないが、とにかく失敗したことは分かった。
うん……。魔物は痺れを切らしたのか僕たちの方に向かって襲ってきた。
「グヲォォォォォォ!!」
「やっ……やべぇぇぇぇぇぇ!」
「う……うわぁぁぁぁぁぁ!」
とっさに逃げる僕と天川。やっぱり無理だよ! 魔物なんかに勝てるわけがない!
しかし、魔物の方が早くすぐに追いつかれる。
まずい! 魔物は鈎爪で襲ってきた。とっさに防御の呪文を唱える。
鉄骨が落ちてきても大丈夫、かなり便利な魔法だ。激しい音がしたのち、衝撃で僕は吹っ飛ばされた。
隣にいた天川も吹っ飛ばされ、仰向けに倒れる。
「うっ……いてて。天川、大丈夫か?」
返事は無い。どうやら気絶したようだ、これはいよいよまずいな。
このままだと二人まとめてあの魔物の夕食だ。本当にやばい。
仕方ない。本当は使いたく無かったけど……これを使うしかないか。
魔王側にも、危険な呪文があるように勇者側にももちろん危険な呪文はある。
それは、生き物を殺す力を持っているし扱い方も本当に難しい。
普通の人間なら、正直使う機会は絶対ない。安易に自衛目的で使う事すら危ない。
でも僕は、勇者の末裔と言う縁で多少危険な魔法について知識がある。
それは、本当に微々たるものだけど、それでもこの状況をどうにかするには十分すぎる効果を持っている。
その中の一つ、イージスは渋木が使っていた。能力は絶対防御。その名の通り、絶対に何であろうとも通さない魔法だ。しかし、扱いもトップクラスに難しい。
少しでも加減を間違えれば、次元と次元の狭間に吹っ飛ばされる。恐ろしく危険な魔法だ。
それでもイージスを渋木が使えたのは、同じ勇者の末裔だからというわけじゃなく間違いなく渋木が天才だからだ。それ以外に考えられない。
じゃあ凡人の僕は何が使えるのか? 実は一つだけ使えるものがある。
僕は他の人より着火の魔法、つまり、火属性の魔法を使うのが得意だった。
その恩恵で、火属性のある危険な魔法を僕は使うことができたんだ。でも、正直危険な魔法であるからして、扱いは難しく初めて使った時は大変なことになった。
今の自分だったらあの時よりは、制御できるだろう。でも絶対と言う訳じゃない。
一歩間違えれば大変なことになる。それこそ、命に関わるようなことだ。
だから、正直使いたくなかったんだけど。今まさに使うべきときじゃないか?
この状況で使わなくていつ使う? それこそ命に係わる事だ。このままじゃ確実に魔物に殺される。
覚悟を決めろ! 僕は、僕は出来る。落ち着け、落ち着いて順番よくいけば……。
僕は深呼吸をして魔物前に立った。うぅ怖い……。
「エルエルサーヴァニクスフィーミニクスフリニダヒト!」
睡蓮の花の様な模様を指で描き、そこに五芒星、十字、そして十二角形の図形を順番よく描く。
そして、完成させた術式に手をかざす。こっからが問題だ。
強く、はっきりとイメージしないといけない、対象を。寸分もぶれずに目の前の魔物を心の中でイメージしなければならない。少しでもブレたら駄目だ。
僕は目の前の獰猛で、グロテスクな魔物を目に強く刻み、ゆっくりと目を閉じるそして……。
「そこだ! 着火ぁぁぁぁぁぁ!」
僕は強く指を鳴らす。辺りに静寂が訪れる、そして何かが燃え出した。
ゆっくりと目を開ける。目の前には魔物、しかし様子がおかしい。
よかった、成功したみたいだな。魔物の背中に銀色の炎が揺らめいていた。
「氷点下の炎を味わいな!」
僕はドヤ顔でそう言った。急に苦しみだす魔物。
僕が使った魔法、勇者側の危険な魔法の一つ。効果は、氷点下の炎を起こすこと。
火属性の中でも異質な魔法だ。だって、たしかにそれは燃えているのに、同時に凍りつかせているのだ。文字通り氷点下の炎。
この炎はアベコベで、温度が低くなれば低くなるほど燃え盛り、逆に熱くなると炎は弱まり消える。
特殊な魔法だ。しかも着火させるときにちゃんと対象をイメージできていないと、その炎は自分に返ってくる。初めて使った時、それは小学生の時。
面白半分で使ったら、案の定自分に返ってきた。近くに親がいたから事なきを得たんだけど。
一度付いたら、燃やし尽くすまで止まらない。もしくは温めるしかない。
僕の両親が、解除の魔法を使わなかったらどうなっていたことか……想像したくない。
触れれば速攻で凍りつく。伝説の勇者は、ドラゴンの炎でさえ凍りつかせたらしい。
僕には到底無理だが、魔物一匹くらいならなんとかなる!
銀色の炎は瞬く間に魔物を包み込んだ。苦しみもがくほどに炎は燃え盛る。
そして同時に凍りつかせてゆく、その光景はまるで炎に熱を吸い取られているようにも見える。
魔物の周りに冷気が立ち込めた、そして徐々に凍りつき、動かなくなる魔物。
やった……倒した。あっ……危なかった。今まで生きててこれほどまでに命の重要さを感じた日は無いよ。今日は何て厄日なんだ……。僕はその場に崩れ落ちた。
となりで仰向けに倒れている天川に気づき、よろよろになりながら近づき体を揺さぶった。
「おい、天川、天川! 大丈夫か?」
しばらく揺らし続けていると、ようやく天川は目を覚ました。
目をパチクリさせると、ようやく状況に気づいたのか慌てて起き上った。
若干顔も赤い、大丈夫か?
「あわっ……あぁぁ……僕、僕」
「よかった、気が付いたんだな」
天川は目の前の凍りついた魔物を見て驚いたような表情をした。
「これ、巳継君がやったの?」
「いや、まぁ一応」
「あれ? 巳継君って火属性魔法の方が得意じゃなかったっけ?」
「まぁ……これはその、ちょっとした火属性魔法の応用なんだけど……」
僕は誤魔化すようにそう言った。天川は困惑した表情をしている。
あまり、危険な魔法のことについて僕はしゃべりたくないのだ。天川も、勇者の末裔だから多少なりとは知っているとは思うんだけど、自分から積極的にはそういうの事はしゃべりたくない。
だから僕は、必死に誤魔化した。天川はしばらく、困惑した表情をしていたのだが僕の巧みな話術により一応納得はしてくれた。
とにもかくにも、これで一件落着。と思った矢先に嫌な気配。
バキバキッと何かが割れるような音がする。僕は後ろの嫌な気配に向かって恐る恐る顔を向ける。
ゆっくり……ゆっくり……そこに顔を向けるとそこには……。
凍りついた自分の体を割って、新たな体に再生している魔物。SF映画の怪物を思い出した。
そして、体は一回り大きくなっていてさらに禍々しくなっていた。
聞いてないよ! 何こいつ! なんていうスーパー○イヤ人!?
僕が唖然としていると、天川はおもむろに立ち上がり何やらポケットから青い石と何か粉のようなものが入った袋を取り出した。そして、
「ごめんね。君があまりにもしつこいから、これを使うしかないみたいだ」
悲しそうな顔をして天川はそう言った。いったい何をするつもりなんだ?
「リュビューニルテルルルトリリヒルル」
そう呪文を唱えると、高速でいろんな図形を描きこんで言った。それは、瞬く間に合わさり複雑な術式になった。そして、謎の青い石を術式にかざし袋に入った金色の粉をそれに振りかける。
すると、術式から光の帯が何本も飛び出し魔物を拘束する。
そして魔物の下の地面にも、術式と同じような模様が浮かび上がった。
次の瞬間ものすごい閃光が辺りを包む。思わず僕は、目を手で覆ってしまった。
凄まじい閃光はしばらく続いた。しばらくして、天川にもう大丈夫だよと言われた。
目を開けると、辺りに煙が立ち込めていた。いったい何が起きたんだ?
煙が徐々に晴れてくると、魔物がいたところには見慣れないものがいた。
「ウー!」
そこには、猫の様な可愛い生物がいた。えっ? どういう事?
「巳継君これはね……僕が知ってる……危険な魔法なんだ」
モジモジしながらそう言う天川。えっ? マジで?
つまり、この現象は天川が起こした謎の危険な魔法のせいだという訳か?
うん、なるほどまったくわからん!
「おーい! 大丈夫かぁー!」
遠くから聞き覚えのある声がした。どうやら、ファラのようだった。
ファラは息も絶え絶え、必死の形相でやってきた。本当に魔王の末裔っぽくないな。
ファラは大人の人二人連れてきていた。いまさら遅いけどな。
「魔物がいるってきいたんだけど、大丈夫?」
「二人とも怪我は無いか?」
「まぁ……大丈夫だよ……父さん、母さん……」
ファラが連れてきたのは僕の両親だった。どっから連れてきたぁぁぁぁぁぁ!
ともかく、こうして人生最大のピンチは幕を閉じたのだった。
余談、どうやらあの猫の様な可愛い生物はやっぱりさっきの魔物だった。
天川が使った危険な魔法、危険な魔法の中でも特に特殊な魔法。
効果はデフォルメ。どんなに怖い化け物でも、ムキムキのおっさんでも、魔王でも魔物でもこの魔法にかかれば何でも可愛くデファルメされてしまうらしい。なんと恐ろしい!
ちなみにデフォルメされると、力も恐ろしく弱くなるらしい。なんて強力な魔法なんだ。
てか……最初からそれ使っていればよくね?
ちなみに、悪い魔物なぜ市街地に入ったのかわからないらしい。唯一の手がかりである魔物は可愛くデフォルメされていて見る影もない。一応テレポートされた痕跡があったらしいが……。
いったい、誰が?
「勇者巳継次は殺す……」
背後で誰かの声が聞こえたような気がした。きの……せいか?