第二話 勇者部と勇者たち
魔王の末裔ファラテラルはなんと、勝手に勇者部についてきてしまった。
騒然となる、勇者たち。高笑いするファラテラル。
勇者巳継のストレスは頂点に。
果たして、勇者は耐えられるのか!? 精神的に。
僕の名前は、勇者巳継。勇者の末裔だ。
別に、僕は勇者を自慢しているとか、運命に選ばれた勇者で、過酷な運命を背負っているとかそんなわけじゃない。
信じられないことに、苗字が勇者なのだ。リア充爆発しろ。
人生にピンチはいくつもある。例えば、小学生の時、授業中にもようしてしまった時とか。
大人は言うだろう、普通に先生に言えばいいじゃないかって。
『トイレに行きたいです』そう言えばいいだろうって。
それが言えないから困っているんだ。大体の人が陥る人生で初めての最大級のピンチ。
そんなピンチをいくつも乗り越えて、僕たちは大人になって行くんだ。
って、語っている場合じゃない。今まさに、その最大級のピンチなんだ。
誰もがピンチは体験したことはあるだろう、僕も例外じゃない。
勇者の末裔だからって、ご都合主義のチート展開や、バリバリの恋愛フラグを何本を立てていくことなんかは無い。断じてない。
でも、ピンチって言ったっていろんなピンチがあるわけだ。
それじゃあ、一番辛いピンチってなんなの? それはズバリ……。
ピンチがいくつも重なった時だ。
どんなに小さなピンチでも、重なっていけばネズミ算式に辛くなる。本当に辛い。
普通に生きてきたら、誰しも一度はぶち当たるだろう。
ピンチが重なった瞬間に。そんな瞬間が今、僕にぶち当たっている。
まずは勇者部。勇者の末裔どもが懲りもせず、中二談義を繰り広げている痛い部活だ。
それに無理やり入部させられてしまった。ここの部活に通うこと自体が僕にとってピンチだ。
体験してみればわかるが、顔が苦笑い状態で固まってしまった時は本当に泣きそうだった。
それほど、ブリザードが吹き荒れている過酷な環境だ。
それに加えて今回、もう一つのピンチがやってきた。
あの馬鹿の魔王の末裔ファラテラル、通称ファラ。
僕の新たな悩みの種であり、何かと絡んでくる厄介な存在。
美人ではある。確かに美人ではある。
だけど、それを遥かに上回ってうざい。こいつのせいで、僕の平穏になりつつあった高校生活があっという間に崩壊した。
そんなやつが、この勇者部にやってきた。これがどれほど僕にとって辛いか、語りつくせない。
いや、例え語ったとしても僕の気持ちはわからないだろう。
トホホ、テレポートの魔法覚えとくんだった……。
「勇者よ! もう終わりか? それではそろそろ止めを刺してやるぞぉ!」
「くっ、魔王の分際でぇぇぇぇぇぇっ!」
なんだこいつら。仲いいなおい。
今、メイジとファラがW○Iスポーツのテニス対決をしている。
ちなみに、メイジというのは僕が勝手に読んでる愛称。本名は輝盟寺 凛廻。
ツルペタで、ツインテールで漆黒の髪で、一部の男子に人気がある奴だ。どっかの漫画に出てきそうなテンプレみたいな奴だ。
ちなみに、こいつはメイジと呼ばれるといつも怒って訂正する。その仕草がとっても可愛いので病み付きになってしまった。だからこの先僕はずっとこいつの事を、メイジと呼び続けるだろう。
話が逸れてしまった。今の状況を説明しよう。
一言でいうと、ファラがいきなり『貴様ら勇者共に宣誓布告する!』と言い、なんやかんやでW○Iスポーツのテニスで対決することになった。以上。
それ以上でもそれ以下でもない。僕は後ろからその様子を、只々眺めているだけだ。
どう見ても仲のいい友達にしか見えない。本当に、こいつら何がしたいんだろう。
まぁ、いつもの中2談義よりかは、遥かにマシではあるけど。
ファラとメイジは白熱した戦いをしているみたいだった。あんまり動き過ぎて何か壊さなきゃいいけど。
今のところ、ファラがメイジを追い詰めてるみたいだ。
「この一撃で、一発逆転してみせるぞ! くらえ! 秘儀極光断罪烈風斬!」
ただのサーブだ。間違いなくただのサーブだ。
「甘いな勇者よ、甘々だぞぉ! 塩と間違えて砂糖を入れた味噌汁並みに甘々だぁ!」
わかりにくいよ! 玉子に間違えて塩ならわかるけど、味噌汁に砂糖はねぇよ!
そんなツッコミどころ満載な対決をしばらく繰り広げている。
「止めだ勇者よぉぉぉ、テラフルールエクス!」
ただのスマッシュだ。間違いなくただのスマッシュだ。
だが、この一撃でメイジの負けが確定した。なんというか、なんとも言えない戦いだった。
「くそぉぉぉ……何たる屈辱。魔王の末裔ごときに負けるなんて……」
「ふふふ、だがお主なかなか見込みがあるな! えぇっと」
「輝盟寺 凛廻だ。凛廻でも、輝盟時でも、好きなように呼んでくれ。ただし、勇者巳継みたいに変な呼び方をするのはやめてくれ」
「なるほど、凛廻か」
「何言ってるんだよメイジ。別に変な呼び方はしてないだろ?」
「メイジってゆぅぅぅなぁぁぁっ!」
可愛い。一日一回聞いておけば、下手な健康食品より健康を保てそうだ。
とにかく、メイジとファラはなんか仲良くなったみたいだ。
まあ、なんか可笑しい気はするけど。
「次は私がお相手しよう」
眼鏡にサラッとした髪の、インテリナルシストみたいな奴が出てきた。
なんていうか、自分の事をカッコいいと思っているみたいな奴だ。
地味にイラつく眼鏡の上げ方をする。擬音にすると、クイックククイッ。
こいつの名前は、秋宮 渋木。勇者の末裔にしてボンボンでナルシスト。
勉学も優秀だが、欠点がある。それは、超中二病であることだ。
もっぱら、こいつのせいで僕は地獄を味わっている。僕の天敵だ。
「ふん、その鼻っ柱をへし折ってやるわ!」
「私の分析では、君が勝つ確率は九十九パーセント以下だよ」
数分後。
「うっ……ううう……うわああああん! にゃんで私が負けなきゃなんないんだよぉぉぉ!」
そう言って渋木は廊下を飛び出していった。にゃんでってなんだよ……。
「あいつ、弱すぎじゃろ……」
結果、ファラの圧勝だった。ちなみに、渋木は女の子だ、もうちょっと優しくしてやった方が良かったんじゃないのか?
僕が思わずそう思うくらい残酷な試合だった。渋木……本気で泣いてたぞ。
いくらナルシストだからって、一歩も動かずに勝つなんて。
たしかに渋木は、運動神経皆無だけどそれでもあれは……いや、僕に毎日意味不明な中二設定と自己満足の話をしてきやがっているんだ、これだけやられても当然か。
さて、僕はそろそろ帰るか。
「他には、他にはおらんのか!?」
びくっと、体を震わせたのは僕ではなくもう一人。
天川 彪音、小柄で小動物のような容姿で、栗色の髪のセミロング。毛先で若干カールしている。思わず守りたくなるような容姿だ。
え? こんなに可愛い子が女の子のはずないだろ?
いや、冗談じゃなく。はい、本当に男の子です。間違った、男の娘です。
涙目で顔をフルフルしている。ふう、あざとく見えるが本気なんだよな。
僕は天川と幼稚園の時から一緒だ、いわゆる幼馴染って奴。
ただ残念なことに、天川は男だ。フラグは立たない。僕は残念ながらそういう趣味は無い。
天川の性格からいって、ああいう押しの強いタイプは大の苦手だ。本気で泣きそうな顔をしている。
まったく、こんなことに巻き込まれて天川も災難だな。
けど僕には関係ない。まるで関係ない。僕はもともと好きでこの部活に入ったわけじゃない。
言わば幽霊部員みたいなものだ。だから、この部活の問題にはかかわらない。
さてと、今日はもう帰らせてもらおう。じゃあな天川、頑張れよ。
「僕が相手だ」
おい、何言ってるんだ? おいおいおい! 問題にはかかわらないんじゃなかったのか!?
…………はぁ。なんで僕は天川のことがほっとけないんだよ。
「ほぅ、お主か。しかしなぁ、いくらお主でもノリに乗ってる今の私に勝てるどおりは無いぞ?」
「いいね、その方が燃えてくる。ただし僕が勝ったらこの勝負、お前の負けで終わらせてもらうぞ」
バチバチと、僕とファラの目から火花が散る。
こうして、僕とファラの宿命の対決の火蓋が切って落とされた。
『30-0』
なんだこいつ……結構、いや驚くほど強い。
僕は、テニスはそこまでやったことはないものの、運動神経は普通の人より少し上の方だと思っている。
けど、こいつ……ファラはまるで余裕の表情でニヤニヤしながらこっちを見ている。
マジで殴りたい。
「どぅしたのかなぁ~勇者よ? 私はまだ三十パーセントも本気を出しておらんぞ?」
天狗だな。僕の闘志にメラメラと炎が燃え上がった。
「あまり僕を怒らせない方がいい」
『30-30』
「な……なかなかやるな勇者よ。はぁはぁ……こっここまで粘ったのはお主が初めてじゃ」
「ふっ、こっれぐらい本気をはぁはぁ……出せばこんな……もんよ」
あれから白熱の接戦を駆け抜け、ようやくデュースまで持ち込めた。
気分は某テニヌ漫画。もう絶対負けられない。ここから、僕とファラは熱い戦いを繰り広げた。
「よくここまでもったが、それもここまで。貴様に敗北を与えてやるぞ! 勇者よぉぉぉ!」
ここで強烈なサーブ。僕はすかさず反応して打ち返すが……なに!?
僕は違和感を感じた。それは普通、ありえない感覚。そう、重さを感じた。
それは絶対ありえない、W○Iコントローラーに重さを感じるはずがないのだ!
しかし、それは確かに感じる。そしてその感覚は僕をより熱くさせた。
「甘いぞ! くらえ、絶倒、ツバメ返し!」
僕は華麗なステップと手首の捻りで、大きな回転を与えた。それは見事な放物線を描き、地面に接する瞬間に強烈に跳ねる。
「……!? くっ!」
さすがに予想外だったのか、ファラは焦ったような顔をした。
僕は内心ほくそ笑んだ、これは……間に合わない!
次の瞬間、僕は時が止まった間隔を感じた。
「メラエンデベルディア……」
『40-30』
どういう事だ? まるで球が知覚できなかった。そう球は始めからまるで、
そこにあったかのようだった。
僕の額から冷たい汗が流れる。こいつ、まだ本気を出していなかったというのか?
「貴様のような小物勇者にこの技を使わされるとは。だが、一度発動した以上誰にも止められんぞ!」
まるで、魔王。そのような風格を感じさせられた。こいつ、本気ってことか。
いいだろう。こうなりゃ僕だって最後まで踏ん張ってやる、いや。
絶対勝つ。
「今の私にはサーブでさえも、貴様は知覚することはできない」
僕が瞬きした瞬間にはもう球は、目の前に来ていた。
正直取れない。これで終わり、すべて終わった。そう思った次の瞬間。
「なに!?」
「え?」
僕の右腕は勝手に動いていた。それは水面を滑かの如く泳ぐイルカの群れのように。
体が、軽い。僕はそう自由だ。
「くっ、猪口才な! くらえ、エンデルケルディマート!」
早い! が、今の僕にとっては大したことはなかった。
まるで、風の中を泳いでいるような感覚。そうか、僕はもっと自由になれるんだ。
今の僕にはもう迷いはない。球は友達、ラケットは相棒、コートは舞台。
僕は、僕は最高に気持ちいぃぃぃ!
『40-40』
「ゆ……勇者よ! 貴様本当にさっきまでの勇者か!?」
驚愕の表情でファラは僕を見る。そうだな、僕は今とても爽やかな笑顔をしている。
少し前までの自分なら考えられなかっただろう。
だが今は、世界が輝いて見える。僕は今、天にも昇るような気持ちだ。
『50-40』
「くっ……まだこんな力を持っているなんて。なかなかやるな勇者よ! だが次は私の番だ」
「ごめん、もう終わりにしよう」
「え」
僕は空高くに球を投げるイメージで手を振り上げる。そして、目をつぶり……。
振り下ろす、球は青く輝きその軌跡は虹色に輝く。青い空に架かる虹のように。
速さはそんなに早くない。ファラは動揺した様子で、球を拾おうとする。
しかしそこで、驚愕の現象が起きた。
球が消えたのだ、目の前で。それも唐突に、風のように。
ファラは頭が真っ白になった。まるで、そこには最初から何もなかったかのように消えたんだ。
冷静になれるわけがない。しばらく呆然としていると、急にホイッスルが鳴った。
球はファラの後ろをかすめて地面に落ちていた。
「僕の……勝ちだ」
「ぬぁぁぁぁぁぁっ! 負けた、この私がァァァァァァ! 悔しい、すんごく悔しい!」
あれ? 僕なにをやってるんだ? 僕は正気に戻り、すごく恥ずかしい気分になった。
さっきまで白熱していた自分が恥ずかしい。この出来事は、僕の黒歴史になった。
何やってんだ僕……W○Iで、テニスで、しかもこの馬鹿の魔王の末裔となんて。
最悪だ!
「次こそは……私は再戦を申し込むぞ!」
「駄目だ恥ずかしい。それに、僕が勝ったら負けを認める約束だろ?」
「うぬぬ。悔しいが……約束は約束じゃな。私の負けじゃ」
妙に律儀な奴だ。まあでもそれで助かった。
早くこの場から離れたい。僕の後ろには小刻みに震えている天川がいた。
「大丈夫だ。もう終わったよ」
「本当? 巳継君大丈夫?」
「まあな」
一仕事終えた気分だ。代わりに恥ずかしい過去が増えたけど。
それでもまっ、良しとするか。そういやメイジはどうしたんだ? すっかり忘れていた。
あたりを見回すと、椅子にもたれながらこっくりこっくり舟をこいでいる。
相当退屈だったのだろうか。
「勇者よ! 私はお前に負けた、だからそのなんというか……」
急に顔を下に向けてもじもじするファラ。なんか、様子がおかしいぞ?
微妙に顔が赤い気がする。まさかな……フラグなわけがないよな?
「だから、そのなんというかそのあの。肉なり妬くなり好きにするがよい! 一度だけお前のいう事をなんでも聞いてやろう!」
それは爆弾発言だった。仮にも高校生の身の上で、何でもいう事を聞く? おいおい。
わかった、お前がその気ならこっちもその気だ。
自分の言ったことには責任を持てよ? 後悔しても僕は知らない。
僕は某ラブコメ主人公並みに優しくは無い。気持ちだけでなんて、生易しいことは言わない。
だから言ってやる、命令してやる。
「何でも言う事を聞くか。じゃあ、頼むから僕を勇者と呼ぶなぁぁぁぁぁぁ!」