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第十話 勇者と日常

名前がコンプレックスの勇者の末裔、巳継みつぐはまたいつもの日常に戻る。いつもの仲間、いつもの日常、数日ぶりに帰ってきた学校に少し戸惑いながら巳継は部活に向かう。

 僕の名前は、勇者巳継ゆうしゃ みつぐ。勇者の末裔だ。

 別に、僕は朝起きたら突然勇者になったわけでも、以下略。

 久しぶりに登校すると、なんだかよそよそしい気持ちになる。なんだか気恥ずかしい。

 あれから数日前、僕は全裸の高町アリルを背負いながら満身創痍で家に向かった。

 途中、誰かに見られてた気がしたけどよく覚えていない。

 息も絶え絶え、体はボロボロ。とても周りを見る余裕はない。

 家に着くととりあえず僕は母さんの部屋に行き、いつも胡散臭いダイエット通販のDVDを見ているときに着けているジャージを取ってくるとアリルに着せた。

 なんか、すごい変な気分だった。危ないことをしている気がしたけど、必死に『僕は変態じゃない、僕は変態じゃない』と言い聞かせて自分を落ち着けた。

 誰か来たら、確実に僕は変態扱いののち警察に連れて行かれる。

 僕は、変な緊張感に襲われながらアリルに母さんのジャージを着せていったのだった。

 その後アリルを交番の前に捨てていき、家の玄関の前に倒れこむと同時に気を失った。

 全治数か月のところを、現役の勇者の両親の回復術のおかげで数日で治った。ゆうしゃの ちからって スゲー!

 そして、実に数日ぶりに学校に舞い戻ったのだった。思い返せば、濃い日々だった。

 なんていうか、全部穗村ファラテラルが来てからこんな日々だ。

 本当に魔王って厄介だ。

 とりあえず、アリルはいるのだろうか? いたら気まずいどころじゃない。

 僕を殺そうとした悪魔、もとい魔物だ。実は昨日は恐怖で眠れなかった。

 こういうことも考えられる。僕が教室に入ると、辺り一面血の海。

 教室の中心にはアリルがいて、僕を見るなり冷たく微笑み『貴方のせいよ』と呟く。

 うわぁぁぁぁぁぁ! 怖いよ、怖すぎる! 冗談じゃなく本当にやりそうだからなお怖い。

 心臓はバクバク跳ね上がる。畜生、そんなホラー小説みたいな事させねぇぞ。

 そんなことを考えているうちに教室についた。いつもより、三十分も早く着いてしまった。

 僕はゴクリとつばを飲み込むと、そっと教室のドアを開けた。

 声が聞こえる。明るく元気なみんなの声、いつもの教室だ。

 しかし、いつもより人が少ない。あぁそっか、いつもより三十分早く着いてしまったからか。

 僕はソロリソロリ、オドオドしながら自分の席に戻る。なんだろう、入学して初めての日を思い出した。なんか変に緊張したんだよな。

「おい」

 隣から聞こえる声、僕は思わずビクっと体を震わせてしまった。同時にちょっと裏声が出た。

「お主どうしたんじゃ?」

 穗村ファラテラルだった。そういやこいつ、僕の隣の席だったな。数日離れていただけなのにかなり久しぶりに感じる。

 相変わらず能天気そうな顔をしているな。この赤いロングヘアーのゴスロリを着た、馬鹿の顔をみて初めて心から安心できた。

「お、脅かすなよ! 別に、どうもしてねぇよ」

「どうもしてなくて一週間も休むわけないじゃろ! いったい何があったんじゃ?」

 う~ん、心配そうな顔で迫ってくるファラにちょっと驚きつつ顔を逸らす。

「近いよ、本当に何でもないって。ちょっとインフルエンザにかかっちゃってさ」

「もうすぐ夏なのに?」

「うっ……あれだよ、季節外れの風邪みたいな感じでインフルエンザにかかっちゃったんだよ」

 我ながらわざとらしい。ファラは不満そうな顔をしている。

 人に心配されるのになれてない僕は、どうやって誤魔化すかばかり考えていた。

 どうしてありがとうと素直に言えないんだろう。自己嫌悪になる。

「とにかく心配するな。それより、あの……高町アリルは……どうした?」

 僕はとっさに話を逸らした。ちょっと言い訳くさい僕の言葉に、アリルは顔をしかめながらう~んと唸りしばらく考えた。

「実は、お主が休んだと同じ日に休んでおるんじゃ。そして、今の今まで来ておらん。まったく転入そうそう休むなんて何を考えておるのか」

 顔をぷくーっと膨らませながらファラはそう言った。本当にお前は魔王らしくない。

 つまり、アリルは僕と戦ってから学校に来ていない。あいつの回復能力ならもう完治どころか、全力を出せるまでになっているはず。

 高町アリルは吸血鬼だった。なんの冗談かは知らないが、僕のご先祖様が彼女の一族を滅ぼしたらしい。運命の宿敵という奴だ。

 そして、僕はアリルに殺されかけた。吸血鬼、魔物の中でも最上級に位置する最強のノスフェラトゥ。

 思い出しただけでも悪寒が走る。人生で最悪の経験だ。

 あれだって、殆ど負けてるようなもんだ。というか、何で僕がこんな目に合わなきゃならないんだ?

 これじゃあ本物の勇者みたいじゃないか。何度でもいうが、僕は勇者じゃないあくまで勇者の末裔であり、ご先祖様がみんなのヒーローだろうがどうだろうが知ったこっちゃないわけで。

 はぁ……。といっても、僕にはしっかり『原罪』がのしかかっている。

 だから、いくら嘆こうが僕は巻き込まれる運命なのかもしれない。でも、嘆かずにはいられない。

「一番疑問に思っているのは、お主とアリルが一緒に休んだという事じゃ」

「えっ!?」

 ファラが疑い深い顔でこちらを見る。僕は思わず唾をのんだ、悟られないように顔を下に向ける。

「偶然だろ。たまにはそんなこともあるって」

「怪しい……」

 ファラはジロリと僕を睨む。僕は無視して顔をそむける。

 そうこうしているうちに、先生がやってきた。ホームルームが始まる。

 結局、うやむやのまま終わってしまった話にファラは不満そうな顔をした。

 放課後、僕はそそくさと帰る仕度をする。すると、目の前に気配……この控えめな胸は。

「勇者巳継! 一週間も休んで何をしていたんだ!」

「うるさい、なんでもない、本名で呼ぶな」

「勇者部のみんな心配していたんだぞ、とくに天川は心配しすぎて貧血で何度も保健室に運ばれてたぞ」

 後で天川に謝っておこう。

 

 さて、ここでちょっと回想に入らせてもらいたい。ちょっと他の人に僕の心の中をのぞかれると引かれるかもしれない。そんなことを今から叫ぶ。

 うわあああああああああああああああああああああああああああああああああんんんんんん!!!

 イイハナシダッタよぉーーーーーーーーーー!!!!!!

 実は、怪我の治療で家で暇してた時、パソコンで泣きゲーをやった。やっちまった。

 そこでだ。僕はブラコンだと言う事実が浮き出た。そんなバナナ! でも可愛い。

 ああ、マリちゃん。感動のED……。甘美なお兄ちゃんと言う響き。

 号泣した、今までパソコンで泣きゲーとかそういうのゲームじゃねぇだろ。ただのノベルだろ、と思っていた。その価値観が一気にひっくり返ったのだ。

 というか、父さんがやっていた泣きゲーをやってみたのだ。

 最初は父さんにものすごく呆れた。いい年して何やってんのと思った。

 だが、違った! マリちゃん! マリリン! うぉぉぉぉぉぉ!

 キモイと思われてもいい、なんとでも思え! 駄目だ……EDの音楽で思いだし泣きしてしまう。

 最強の妹、マリちゃん。僕には妹がいないはずなのに……なぜだ、この感情!

 マリちゃんとのあーんシーン、手つなぎイベント、衝撃の事実、ヤンデレ。

 最後にちょっと余計なものが入ったけど可愛いから許す! マリちゃん、ああマリちゃん。

 血のつながった兄弟の愛と言う、禁断のイベント。禁じられているからこそ燃え上がる!

 泣いているところを母さんに見られてちょっと気まずいが、空気を読んだ父さんが無言で諭す。

 父さんを初めてカッコいいと思った瞬間だった。父さんGJ。

 最後のイベントで記憶喪失になりかけるも、お互いが忘れたくないと思って運命の輪に祈るところはスンゲー感動! 

 記憶が失われかける寸前にまで追い込まれる主人公、もうおぼろげで自分が何をしに来たのかも思い出せない。でも、強く心に刻みつけられている思い。その思いだけでフラフラになりながらも運命の輪に向かっていくシーンで目から滝が流れた。

 うぉぉぉぉぉぉ! もう六周も見てる。もう六回も泣いている。

 さて、ここで本題に戻る。なぜ急に僕が関係ない回想をしたか。

 思いつき? メイジとの会話がめんどくさかったから? 現実逃避? 発作?

 否! って半分可笑しいのが混じってるよ……。はっきり言いましょう!

 マリちゃんこと、マリリンこと、兵藤マリネ(ひょうどう まりね)ちゃんにそっくりなんだ。

 誰って、それが……。

 

 僕は顔をゆっくりと上げる。まためんどくさい奴に引っかかったな、僕は明らかにめんどくさそうな顔をしてメイジの顔を見る。髪型がツインテールじゃなくポニーテールになっている。

 それだけじゃない、それだけじゃないんだよ! そっくりなんだ。

 マリちゃんに……。嘘だろおい、髪型だけで人の印象ってこうも変わるの? っていうかそっくりすぎだろ! ありえない、今まで気づかないなんて。

 僕の顔はみるみる赤くなる。かあっと血が上っていくのを僕は感じた。

 駄目だ! 頭の中で脳内再生されてしまう! 『おにぃちゃん?』『おにいちゃぁぁぁん!』『おにぃちゃん?』『おに……ぃちゃ……ん』『おにぃちゃん……忘れたくないよぉぉぉ……おにぃちゃん』

 駄目だ! 泣きそう。 今、頭の中でEDが脳内再生されてる。

「かみ……が……た」

「ん? ああ、ツインテールだけじゃなくてたまには別の髪型もいいかなって思って」

 メイジは恥じらいながら髪をいじる。ダメだ! 萌える、萌えてしまうやめてくれぇ! その仕草は狂気だった。

「どうした? 勇者巳継?」

「へ? いや……似合ってる……ぞ」

 僕は真っ赤になった顔を隠すように、うつむきながらそう言った。

 僕の反応に、メイジは心配そうにこちらを見る。やめてくれ、今の僕がお前を見ると……抑えられない!

「可笑しいぞ、勇者巳継?」

 心配そうな顔をするメイジ。もはや、僕にとって彼女は別の意味で脅威になり始めていた。

「まぁとにかく、勇者部にいくぞ。一週間も休んだ理由も聞きたいし……」

「お、おぅ……」

 僕は大人しくメイジについて行った。ついでに、怪訝な顔のファラも一緒に。

 久しぶりに来た勇者部はなぜか懐かしい感じがした。本当に久しぶりに来た感じ。

 懐かしい匂いだ。僕は辺りを見回した、勇者部のメンバーはみんな来ていた。

 輝盟寺こうめいじ 凛廻りんね秋宮あきみや 渋木しぶき天川あまかわ彪音ひゅうね、そして+αで穗村ほむらファラテラル。

「巳継君!」

 天川がまるで乙女のような泣き顔で走ってくるそして、僕に抱き着いた。

 本当に泣いている。天川は純粋すぎるからな。というか、一週間休んだくらいで普通泣くかな?

 ま、いいか。天川は優しいからな。

「あ、天川。心配かけてすまん、ちょっと季節外れのインフルエンザ的の様なもの来かかってさ」

「はぁ、まったくお前という奴は。一週間も休んだんだ、私の書き溜めた作品を読んでもらうぞ」

「うっ……秋宮……」

 悪夢がよみがえる。もともとこれが嫌で、勇者部に来たくなかったのに。

「勇者巳継、休んだ分働いてもらうぞ。まずはそうだな、特訓だ!」

 そういって、メイジはW○Iを取り出してきた。はぁ……またテニス対決ですか。

 けど内心、いつもと変わらない部員に安心していた。日常ってやっぱいいもんだな。

 僕はそう思って振り返る。何やら悲しい顔をしているファラ。

「どうしたファラ?」

「いや……なんでもない」

 朝のことをまだ引きずってるのか? なかなか根に持つ奴なんだな、ファラって。

 でも、このままギクシャクしたままは嫌なので僕はファラの肩を掴み、ぐっと引き寄せて言った。

「なっ!? ゆ、巳継!?」

「いいから、僕の目を見ろ。心配するな、僕は大丈夫だしお前が心配するようなことは何もない」

 ファラは顔を真っ赤にさせた。それでもなお僕は顔を近づけた。

「だから! 暗い雰囲気だすな。いつものお前らしくないだろ?」

「わ、わかったわかったから! もう離してよぉ……」

 明らかに困った顔をしながら涙目で訴えてきたので離した。すると、勢い余ってそのまま倒れた。

「ふぎゃ!」

 ピンクのフリル……じゃなくて慌てて僕はファラに駆け寄る。

「おっおい、大丈夫か?」

 他のみんなも、ファラに駆け寄る。

「ファラさん!、大丈夫ですか?」

「穗村ファラテラル! そそっかしいな」

「まったく、どんくさい奴だ」

「秋宮……運動神経ゼロのお前が言うな」

「なっ!? う、るさい! あれはだな……偶然調子が……」

 秋宮の言い訳を無視してファラの方を見る。ファラは目を回して『きゅー』と言っていた。

 こいつ、一昔前の漫画の登場人物みたいな顔してやがる。

「仕方ない。僕が保健室に運んでいくよ」

「僕もいくよ、巳継君!」

「いや、いいよ天川。保健室近いしこいつ預けたらすぐ来るから」

「そう……わかったよ」

 天川は残念そうな顔をする。まるで乙女みたいな奴だが、こいつは男、いや男の娘だ。

 だから、僕との間にはフラグが立たない。もし、天川が女の子だったら今頃僕はリア充だ。残念で仕方がない。

 僕はファラを背中に担いで保健室に向かった。なんだろう、背中にすごく柔らかいものが……。

 はっ!? これはあれじゃないか? お、お、オパーイ!

 リア充だけが感じることのできるというあの伝説の秘宝。

 偶然ながら僕は、ファラを担ぐことになって背中にそれを感じることができる。

 何たる偶然! なんという心地よさ! せ……背中がとろけそうだ! 

 いや、考えるな、考えるんじゃない。あまり考えすぎると僕は変態に見られる! 顔を真っ赤にして、息を荒げながら女の子を担いでいる男子なんて変態以外ありえない!

 お、落ち着け。考えるな、感じるんだ。ドンティンクフィィィィィィル!

 駄目だ、余計意識した! まずいまずいまずい!

 その後、保健室につき保健室の先生に怪訝な顔をされつつもファラを保健室に預けることに成功した。

 この出来事の事、僕は一生忘れないだろう。すげぇ柔らかかったな。

 そんなことを思いながら、部室に戻っていくと廊下に人影が。

 直後に旋律、体全身の毛が逆立つ感覚に襲われる。そう間違いない。

 あいつだ、絶対にそうだ見間違えるわけがない。数メートル先にそいつはいた。

 銀髪のツーサイドアップ、真っ白な雪の様な肌、深緑の目、血の気のない顔。

 高町たかまちアリル。腕を組んで誰かを待っているようにそこにアリルはいた。

 僕はそのまま立ち止まったまま動けない。蛇に睨まれた蛙だ。

 実際は睨まれていない。数メートル先にアリルの姿が見える、それだけだ。

 だが、それだけでも十分だった。全身が震える。あの時の事がフラッシュバックする。

 それから、数分いや、数十分。いや体感的には数時間立ち尽くしたような感覚に襲われた。

 冷たい汗が背中から流れ落ちる。目はアリルの方を見続けたまま動かせない。

 そして、アリルは思い出したように動く。僕を見つけるとアリルは静かに冷たい微笑みを浮かべた。

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