第九話 レクイエム
どうですかね?
「天音くん、この曲……本当にシングルにするの?」
放課後の誰もいない視聴覚室。神代聖が、デモ音源が流れるスピーカーを前にして、複雑な表情を浮かべていた。
そこに流れているのは、これまでの天音蓮のイメージを覆す、冷たく、それでいて心臓を素手で掴むようなピアノの旋律。
「ああ。1stシングルはこれしかない。タイトルは『レクイエム・フォー・H』だ」
「……『H』。一ヶ月前に事故で亡くなった、あの生徒のことね」
聖は、生徒会長として把握していた「一ヶ月前の不慮の事故」の記憶を辿る。
「でも、貴方と彼は接点なんてなかったはずよ。クラスも違えば、住む世界も……」
「……魂の接点があったんだよ、会長」
俺は窓の外、九重氷斗がかつて通ったであろう通学路を見下ろしながら答えた。
中身が24歳の俺にとって、この曲を世に出すことは、死んだ自分に対する最初で最後のケジメだった。
翌日、俺は聖たちの監視をかいくぐり、陽葵を連れ出して下校していた。
「……天音くんとこうして歩くの、まだ夢みたい」
陽葵は、少し照れくさそうに制服のスカートを揺らしながら、手にしたバニラアイスを一口齧った。
「夢じゃないよ。……それより、陽葵。例の曲、聴いてほしいんだ」
俺は片方のイヤホンを彼女の耳に差し込んだ。
流れてくるのは、レコーディング前の、俺の生歌とピアノだけのテイク。
九重氷斗として死ぬ間際、渋谷の雨の中で最後に頭に鳴っていたメロディ。
陽葵は足を止め、じっと聴き入っていた。
やがて、彼女の大きな瞳から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。
「……あ、ごめんなさい。なんだか、すごく懐かしい感じがして。……九重くん、いつも音楽室のピアノで、こんなに切ない音を出してた気がするの」
「……覚えてるのか、アイツの音を」
「うん。私、九重くんが一人で練習してる時、廊下でこっそり聴いてたんだよ。話しかける勇気はなかったけど……彼の音楽だけは、本物だと思ってたから」
その言葉に、24歳の俺の魂が救われるような気がした。
前世の俺は「華がない」と捨てられたが、この世界一美しい少女だけは、俺の「中身」を、その音を、死ぬ前から愛してくれていたのだ。
俺は思わず、陽葵の空いている方の手を握りしめた。
「陽葵。……俺は、アイツの代わりに、アイツが見たかった景色を全部見せる。だから、ずっと隣にいてくれ」
「……天音くん。……はい、約束だよ」
夕暮れの街角。
最強のスペックを手に入れた俺と、俺の「本当の価値」を知っていた少女。
二人の距離が、一ヶ月前の悲劇を越えて、確かに重なった瞬間だった。
しかし、その幸福な光景を、一台の黒塗りの車の中から見つめる鋭い視線があった。
聖が雇った、あるいはフェニックス・レコードが送り込んだ「お目付け役」か。
そして、その夜。
ネット上に一つの不穏な書き込みが躍った。
『天音蓮の新曲、一ヶ月前に死んだ同級生のパクりじゃね?』
匿名の悪意。
それは、かつての相棒・恭介が仕掛けた、俺を「盗作者」として葬るための罠だった。
少し後書きはお休みです。(著作権は大丈夫か?という指摘のコメントが来たので)




