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弟の婚約者がどうみてもドアマットヒロインなので愛でることにしました。  作者: ちょこだいふく


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3/23

選択肢を示すため

数日後、私はレオネルを呼び止めた。


 廊下の突き当たり。

 使用人の行き交いが少ない時間帯だ。


「レオネル」


 弟は振り返り、いつものように穏やかに微笑んだ。


「姉上、何か?」


「先日は、お茶の席を途中で外してしまってごめんなさいね」


 私はきちんとそう言った。

 形だけではない。礼を尽くすべきところでは、尽くす。


「急用が入ってしまって」


「ああ、いえ。お気になさらず」


 レオネルは肩をすくめる。


 私は、自然な流れで次の言葉を続けた。


「それで……一度、ミレイユさんとお話ししたいと思っているの」


 レオネルの眉が、ほんの一瞬だけ動いた。


「姉上が、ですか?」


「ええ。大切な弟の婚約者ですもの。

 形式的な挨拶だけで済ませるのも、どうかと思って」


 正論だ。

 否定できる理由はない。


「礼法や社交についても、姉として一度、きちんと見ておいた方がいいと思って」


 

 レオネルは少し考え、頷いた。


「……確かに。

 姉上の目で見ていただけるなら、安心です」


 安心。


 その言葉が出た時点で、話は決まっている。


「ありがとう。

 では、私の方からミレイユさんに手紙を送るわね」


「よろしくお願いします、姉上」


 私は微笑み、軽く会釈してその場を離れた。


 ――反対されるとは思っていなかった。


 彼は、自分が正しいと信じている。

 だから、第三者の確認を恐れない。


 それが、彼の盲点だ。



 自室に戻った私は、机の引き出しを開けた。


 中には、すでに揃え終えた書類がある。


 ハルディン伯爵家。

 ミレイユ・ハルディン。


 前妻の名。

 後妻が入ってからの使用人の入れ替わり。

 屋敷の支出記録。

 医師の往診頻度。


 ――そして、ミレイユ本人に関する記録の、異常な少なさ。守られていない、というより、見られていない。


 暴力の記録はない。

 訴えもない。

 表向きは、何も問題がない。


 けれど、


 衣服の支出は極端に少なく、

 食費は不自然に抑えられ、

 教育費は途中から削られている。


 削られた分が、どこへ行ったかも分かっている。


「……やはり」


 声に出す必要もない。


 まだ、これを使うつもりはない。

 今は、ただの背景情報だ。


 けれど――

 話をするには、十分すぎる材料だった。


 私は静かに書類を閉じる。


 まずは、本人と話す。

 押し付けない。

 逃げ道を塞がない。


 選択肢を示すだけ。



――リアナからの手紙(ミレイユ視点)


 リアナ様からの手紙を手にしてミレイユの心臓が一度だけ強く鳴った。


 リアナ・アルデハイト侯爵令嬢。

 婚約者の姉。


 どうして、私が。もしかしたら先日の夜会で失礼な態度を取ってしまっていたのかしら…ああ…。


 理由を考えようとしたがすぐにやめた。

 考えたところで、正解に辿り着いたことはない。

 私の考えなんて、正しいわけがないのだから。


 扉の前で深く息を吸う。

 背筋を伸ばす。


 ――怒られるのだろうか。


 刺繍が遅いこと。

 立ち居振る舞いが足りないこと。


 どれも、心当たりがある。


「……失礼いたします」


「どうぞ」


 思っていたより静かな声だった。


 部屋は明るすぎず、香りも控えめ。

 不思議と、落ち着く。


「ミレイユさん」


 名を呼ばれる。

 様付けでもなく、軽んじてもいない呼び方。


「今日はわざわざ来てくださってありがとう。どうぞ座って」


 促されるまま、椅子に腰掛ける。


「安心して、あなたを叱るために呼んだわけじゃないわ」


 その一言で、胸がきゅっと縮んだ。


 叱られないなら、もっと重い話なのかもしれない。


「少し、話がしたかっただけ」


「あなたのことを、知りたくて」


 その言葉が、理解できなかった。



――選ばせるための対話(リアナ視点)


 ミレイユが椅子に座ったのを確認してから、私は口を開いた。


「最初に言っておくわ。

 今日の話は、レオネルとは関係ないし、あなたを批判したり責めるような意図は全くないわ。だからまずは安心してちょうだい。」


 彼女の指が、わずかに動く。


「ここで話したことは、

 あなたが望まない限り、外に出さないわ」


「……本当に、ですか」


「ええ。実は私、噂話って嫌いなのよ」


 少しだけ、間が緩む。


「事実だけ、確認させてね」


 私は何も書かれていない紙を机に置いた。


「今の生活、無理してること、ある?」


「……分かりません」


 頷く。


「そうよね」


「じゃあ、休みたい、と思ったことは?」


「……あります」


「それを、誰かに言える?」


 首が横に振られる。


「嫌なことを、嫌と言っていいって教わった?」


 沈黙。


「……いいえ」


「そう……」


 私は一度、言葉を切った。


それから、そっとミレイユの手を取る。


「…レオネルや家族から何か言われているかもしれないわ、けどね、私が保証する。あなたは怠けていない。ただ、休むことを教わっていないだけ。休まず生きていける人なんているわけがないわ。」


 涙が、一粒落ちる。


「だから、提案よ」


 私は静かに続けた。


「一定期間、私の目の届く範囲で生活を整える。

 名目は、婚約者教育と適性確認。あなたは色々と背負い過ぎているように見えるの。」


「強制ではないわ。もちろん断ってもいい。」


 はっきりと言う。


「今日は決めなくていい。

 だから考えて。“あなたがどうしたいか”を」


 扉の前で、振り返る。


「次に会う時、答えを聞かせてちょうだい」


 ――選ぶのは、彼女だ。


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― 新着の感想 ―
リアナ、手慣れていて知性を感じる。この人、前世でそういう仕事に就いてたんかね……
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