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弟の婚約者がどうみてもドアマットヒロインなので愛でることにしました。  作者: ちょこだいふく


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20/23

元気になりすぎる

最初は、本当に思いつきだった。


「……お菓子、作ってみてもいいですか」


 昼下がり、

 ミレイユがそう切り出したのは、

 ほんの気まぐれだった。


 リアナは書類から目を上げる。


「もちろん、いいわよ」


「キッチンも空いているわ」


 それだけだった。


 許可でも、特別扱いでもない。

 “やっていい”が、当たり前に返ってきただけ。


 ミレイユは、少し嬉しそうに微笑むと、小さく頷いた。


「…はい」



 キッチンに立つのは、久しぶりだった。


 でも、手は覚えている。


 粉を量る。

 卵を割る。

 砂糖を混ぜる。


 難しいものじゃない。

 焼き菓子だ。


 混ぜながら、

 ミレイユは不思議と落ち着いていた。


 誰にも急かされない。

 失敗しても、怒られない。


 今日は、

 うまくできても、できなくてもいい。


 その余裕が、

 胸の奥を温かくする。


 ――楽しい。


 そう思った瞬間、

 空気が、少しやわらいだ。


 本人は、気づいていない。



 焼き上がったお菓子は、

 見た目は普通だった。


「…できました」


 少し緊張した声。


 リアナは、

 紅茶を用意しながら言う。


「ありがとう」


 まず一つ、取る。


 特別な香りがするわけでもない。

 見た目も、よくある焼き菓子。


 一口、かじる。


「……」


 リアナは、動きを止めた。


「……?」


 ミレイユが、不安そうに覗き込む。


「……おいしいです…か?」


「ええ」


 即答だった。


 だが、それだけでは終わらない。


 胸の奥に、

 すっと風が通る。


 頭が、妙に冴える。


 さっきまで感じていた

 小さな疲労が、消えている。


「……これは…」


 リアナは、もう一口食べた。


 確信する。


 これは、

 “回復”だ。



 その後が、少し大変だった。


 味見をした使用人が、


「……あれ?

 やけに身体が軽いです……」


 と言い出し、


 午後の作業が、

 異様に捗り始める。


「いつもより、

 全然疲れません……」


「え、私もです」


 食べた使用人たちが、ざわつく。


 ミレイユは、

 完全に固まっていた。


「…???」


 リアナは、額に手を当てる。


「……ミレイユ」


「は、はい……!」


「次から、

 お菓子を作るときは、

 量を考えましょう」


「……?」


 意味が分からない、という顔。


 リアナは、

 少しだけ困ったように笑った。


「あなたが作ったもの、

 どうやら質の良い癒しが“入る”みたいなの」


 ミレイユの目が、

 まん丸になる。


「…え??

 わ、私…何も…え…??」


「ええ、あなたはおそらく、何もしてないわ」


 即座に否定する。


「楽しんでただけでしょう?」


「…はい!」


「それでこれよ」


 リアナは、

 残っていたお菓子を見る。


「ほぼ、

 …ポーションみたいなものね」


「……ぽ、

 ポーション……?」


 言葉をなぞるように、繰り返す。


 リアナは、

 真顔で頷いた。


「美味しくて元気になるポーションね」



 その夜。


 ミレイユは、ベッドの上で考えていた。


 自分が作ったお菓子。

 食べた人が、元気になったこと。


 正直驚いた。

 けれど怖くはなかった。


 むしろ。


 食べた人が笑っていた。

 身体が軽くなった、と言っていた。


 それが、

 嬉しかった。


 胸の奥が、

 また、温かくなる。


 力は、静かだ。


 でも、確かに、

 そこにある。


 ――私が、楽しいとき。


 ――私が、安心しているとき。


 それが、

 そのまま、形になる。


「……不思議……」


 そう呟いて、

 ミレイユは、眠りについた。


 

——————



その報告は、

 リアナから父へ、静かに行われた。


 夕刻の執務室。

 書類を広げる父の前に、

 リアナは簡潔に事実を並べる。


「ミレイユが作った焼き菓子を食べた者が、

 見て明らかなほど回復しています」


「疲労軽減。

 集中力の向上。

 軽度の不調の改善」


「持続時間は短いですが、

 効果は安定しています」


 父は、黙って聞いていた。


 途中で眉をひそめることも、

 驚いた様子を見せることもない。


「……非常に…効きすぎるな」


 ただそう言った。


「はい」


 リアナも、否定しない。


「意図的に強めたわけではありません。

 ただ、日常の延長でこの効果です」


 父は、指を組む。


「市井に流れたら?」


「噂になります」


「売買されたら?」


「管理できません」


 答えは、分かりきっている。


「……隠す、という選択はないな」


 父は、はっきり言った。


「ええ」


 リアナも、同じ考えだった。


「王国に、正式に報告しましょう」


 “守るために、表に出す”。


 それが、この家のやり方だ。



 数日後。


 王城の一室で、

 簡易的な聴取が行われた。


 裁きの場ではない。

 責任の所在を明確にするための場だ。


「癒しの力が、

 作ったものに宿る、と」


 担当官が確認する。


「はい」


 リアナが答える。


「本人が意図しなくても、

 安心して楽しく過ごした結果として」


「……危険性は?」


「暴走はありません。

 むしろ、環境が乱れると発現しません」


 記録魔法による裏付けも、

 淡々と提出される。


 派手な再生はしない。


 “ある”という事実だけで、十分だった。



「結論として」


 王国側の代表が言った。


「現状のままでは、

 個人の管理を超えています」


 リアナは、静かに頷く。


「そこで、提案があります」


 その言葉に、

 ミレイユは、少しだけ身構えた。


「保護の名目を、

 より安定したものにしたい」


 書類が、一枚差し出される。


「――養子縁組です」


 場が、静まる。


 政略でも、

 見せしめでもない。


「能力のため、ではありません」


 念を押すように、言葉が続く。


「生活基盤を固定するためです」


「誰の養子に?」


 尋ねる。


 返答は、即座だった。


「アルデハイト家、

 もしくは信頼できる王国貴族家を希望します」


 リアナは、横にいるミレイユを見る。


 彼女は、

 まだ、判断できる顔をしていない。


 だから。


「決断は、急ぎません」


 リアナが言った。


「本人の意思を、最優先に」


 父も、静かに頷く。


「……まずは、

 “選択肢”として提示しましょう」



 帰りの馬車。


 ミレイユは、

 膝の上で手を握っていた。


「……私……

 何か、勉強とかをした方がいいのでしょうか……」


 小さな声。


 リアナは、すぐに首を振る。


「いいえ」


「これは、

 あなたを縛る話じゃない」


「むしろ、

 あなたが安心して生きるための話」


「もちろんあなたが勉強したいと思うならしたらいいわ。私たちがあなたに求めることは、安心して生きなさいと言うことね」


 ミレイユは、

 少しだけ考えてから、呟いた。


「……安心、って……

 私が…選んでも、いい、ということですか…?」


「ええ」


 即答だった。


「選ばなくてもいいし、

 選んでもいい」


 ミレイユの胸の奥が、

 静かに、温かくなる。


 力は、今日も安定している。


 


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― 新着の感想 ―
トールキンのレンバスですね。
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