発想力
その話を持ってきたのは、父だった。
夕方の執務室。
書類に目を通しながら、何気ない調子で言う。
「研究室の者が、お前に会ってみたいそうだ」
リアナは、ペンを止めた。
「研究室?」
「王都の。
例の教会の件で、少し噂になっているらしい」
噂、という言葉に、
重さはない。
父も、特に気にしている様子はなかった。
「話を聞いてみたいだけだそうだ。
時間があるなら、顔を出してみるか?」
命令ではない。
確認だ。
「……会うだけ、ですか」
「それ以上は求めていない」
父はそう言って、書類に視線を戻した。
「嫌なら断ればいい」
リアナは、少し考えてから頷いた。
「……一度くらいなら」
「そうか」
それで、話は終わった。
⸻
研究室は、思っていたよりも雑然としていた。
整然とした学問の場、というより、
人が出入りして、物が増えて、
整理が追いついていない場所。
「こちらが、アルデハイト侯爵令嬢の……」
「リアナ様ですね!」
紹介してくれた研究所の人が言い終わる前に、
若い研究員が身を乗り出した。
「記録魔法を防犯に使うなんて、
よく思いつかれましたね!」
リアナは、少し目を瞬く。
「……思いついた、というほどでは……」
「いやいや!」
別の研究員も、勢いよく頷く。
「記録魔法って、
式典とか、資料保存とか、
そういう用途ばかりで」
「“証拠として残す”発想、
誰もやらなかったんですよ!」
「やろうと思えばできるのに!」
口々に言われ、
リアナは少し困る。
「……防犯用の試作でしたから」
「それが素晴らしいんです!」
主任らしき人物が、笑いながら言った。
「実用から入るこの発想!」
「理論は後からついてくる、
こういうの、好きなんですよ」
研究者たちは、
評価というより、
純粋に楽しそうだった。
⸻
「記録の精度、
どこまで想定されてます?」
「改竄防止は?」
「再生条件、
複数人設定できます?」
質問が、次々に飛ぶ。
難しい話ではない。
実務的な話だ。
リアナは、自然に答えていた。
「完全再生は、
必要な場面だけでいいと思っています」
「普段は、
“ある”という事実が分かれば十分です」
「…なるほど!」
誰かが、感心したように呟く。
「その割り切り、
研究室だと忘れがちなんですよね」
⸻
一通り話が終わる頃。
「今日は、ありがとうございました」
主任が、そう言うと
「もし、
また気が向いたら」
「新しい使い方、
思いついたら」
「雑談しに来てください」
みんな口々に言った。
リアナは、少し拍子抜けしながらも頷く。
「…はい、あの…また伺う時はよろしくお願いいたします…」
⸻
帰り道。
「……賑やかでしたね」
ミレイユが、少し笑って言う。
今日は、同行していた。
「ええ」
リアナも、同意する。
「研究者って、
だいたいああいう人たちみたいね」
「……怒られたり、
難しい話をされるのかと……」
「…実は私も、少し思っていたわ」
そう言って、
リアナは肩をすくめる。
ミレイユは、ほっとした表情を浮かべた。
「…でも、…リアナ様が、
楽しそうで……よかったです」
その言葉に、
リアナは一瞬だけ立ち止まる。
「……そう?」
「はい」
胸の奥で、
また、あの温かさが広がる。
力は、静かだ。
でも、確かにある。
ミレイユが幸せでいること。
リアナが、無理をしていないこと。
そのどちらもが、
この空気を保っていた。




