意識しない幸せ
王都での生活は、少しずつ「日常」になっていった。
朝は、決まった時間に起きる。
朝食を取り、
天気がよければ窓を開ける。
誰かに急かされることはない。
やるべきことを、先に決められてもいない。
それだけで、
一日が、ちゃんと一日として始まる。
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街へ出る回数も、増えた。
特別な用事があるわけではない。
「今日は、あの通りを歩いてみましょうか」
リアナがそう言えば、
「はい」
ミレイユは、自然に頷けるようになっていた。
前は、
“理由”を探していた。
今は、
“行ってもいい”は当然として、“行きたいかどうか“で決めても良いと知った。
それが、
自分でも不思議だった。
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ウィンドーに映る服を見て、
立ち止まる。
「……この色…」
口に出すと、
リアナが足を止める。
「好き?」
即答はできない。
でも、
「…わかりません、でも…嫌いでは……ないです」
そう答えると、
「じゃあ、それで十分」
話は、それで終わる。
選ばなくてもいい。
でも、感じていい。
その距離感が、
心地よかった。
⸻
教会にも、時折足を運んだ。
祈りの言葉は、覚えていない。
それでも、長椅子に座る。
目を閉じると、
胸の奥が、ゆっくりと静まる。
帰る頃には、
身体が軽い。
そのたびに、
中庭の植物が、少し元気になる。
神父が、
不思議そうに首を傾げるほどに。
⸻
能力は、
爆発的に増えたわけではない。
光が強くなることも、
派手な奇跡が起きることもない。
ただ。
部屋の空気が、
いつも澄んでいる。
鉢植えの水が、
腐らない。
人が、
疲れにくい。
それだけだ。
けれど、
それが続く。
乱れない。
揺れない。
安定して、
そこにある。
⸻
ある日、
リアナがぽつりと言った。
「……落ち着いたわね」
「……え?」
ミレイユが自分の両手を見る。
「力の話じゃないわ」
書類から目を離さず、
そう付け加える。
「あなた自身の話よ」
ミレイユは、
少し考えてから答えた。
「……そう、でしょうか」
「ええ」
即答だった。
「“幸せ”って事を特別に考えていない顔をしている」
それは、
褒め言葉のようで、
そうでもない。
「……幸せって…
頭で考えるものではないのですね」
ぽつりと零す。
リアナは、ペンを止めた。
「考え始めると、
大体、壊れるわ」
それだけ言って、
また作業に戻る。
ミレイユは、
小さく笑った。
自分でも、
驚くほど自然に。
⸻
その夜。
部屋に戻り、
ベッドに腰掛ける。
胸の奥に、
あの温かさがある。
前のように、
急に溢れ出すことはない。
でも、
消えもしない。
揺れずに、
そこにある。
――これが、安定なのだろうか。
ミレイユは、
そう思った。
力が増えた、
という実感はない。
ただ、
確固たる自分がしっかりと根を張っているような安心感があった。
それだけで、
十分だった。




