能力の確信
異変は、偶然ではなかった。
リアナは、ミレイユの部屋に足を踏み入れた瞬間、空気の違いに気づいた。
重くない。
澱んでいない。
むしろ、
呼吸がしやすい。
「……ここ、昨日とは違うわね」
独り言のように呟く。
視線の先で、
窓際の鉢植えが、静かに花を咲かせていた。
昨日まで、
蕾すら頼りなかったものだ。
リアナは、足を止める。
魔力の残滓。
操作の痕跡。
――ない。
強引に流された力ではない。
暴走でもない。
自然に満ちた結果。
リアナは、はっきりと理解した。
これは、偶発ではない。
「……確定ね」
⸻
その日の午後。
アルデハイト侯爵は、私室に娘を迎えていた。
重厚な書棚。
磨かれた机。
家の長が判断を下す部屋だ。
「話があると聞いたが」
低く、落ち着いた声。
「ええ」
リアナは、即座に本題に入った。
「ミレイユ・ハルディン嬢についてです」
侯爵の視線が、わずかに鋭くなる。
だが、遮らない。
「彼女には、
能力が発現しています」
曖昧な言い方はしない。
事実として、告げる。
「生命系と思われます。
ただし、既存の分類には当てはまらないようです」
リアナは、短く説明した。
発現条件。
暴走の有無。
意図の不在。
そして――
教会の中庭で起きた、二次的現象。
侯爵は、最後まで口を挟まなかった。
「……なるほど」
ややあって、頷く。
「制御不能ではないな」
「ええ」
「兵器転用の兆候も?」
「ありません。
…本人の性格上、まずありえないでしょうし」
即答だった。
侯爵は、机に指を置く。
「では問題は一つだ」
視線が、リアナに向く。
「――守れるか」
「守ります」
迷いなく言う。
「というより、
すでに守られています」
“環境”によって。
「能力は、
幸せを感じたときに発動します」
侯爵の眉が、わずかに動いた。
「……危うくはないか?」
「ええ」
リアナは、否定しない。
「しかし、だからこそ、
強制や管理は逆効果です」
沈黙。
侯爵は、深く息を吐いた。
「我が家で、正式に預かるか」
それは、質問ではなかった。
「はい」
リアナは、静かに頷く。
「研究対象などではなく、
“生活の中で育つ能力”の開花を目的として」
侯爵は、少しだけ口元を緩めた。
「お前らしい判断だ」
⸻
夕方。
ミレイユは、呼ばれて応接室にいた。
緊張は、ある。
だが、逃げ場も用意されていることも分かっている。
侯爵は、彼女をじっと見た。
威圧はない。
評価もない。
「ミレイユ嬢」
「……はい」
「安心しなさい」
最初の言葉が、それだった。
「君の力は、
危険なものではない」
胸の奥が、きゅっと鳴る。
「むしろ、
大切に育んでいくべきものだ」
リアナが、隣で言った。
「ここでは、
何かを求められることはないわ」
「成長も、発現も、
急がなくていい」
ミレイユは、言葉を探し、
やっと、口を開いた。
「…でも、私…
…何をすれば良いか…お役に…」
侯爵は、首を横に振った。
「いいや」
「君はしっかりと生きなさい。
生きているだけで良いと言うことを知りなさい」
それだけだった。
ミレイユの視界が、
少し滲む。
命令ではない。
期待でもない。
許可だった。




