はじめての街歩き
その日は、朝から天気がよかった。
雲は薄く、
日差しは柔らかい。
リアナは、書類を閉じながら言った。
「今日は、外に出ましょうか」
ミレイユは、一瞬、言葉を失った。
「……外、ですか」
「ええ。王都の街」
当たり前のように言われて、
反応が遅れる。
「……ご用件が、あるのですか」
「いいえ」
リアナは、首を振った。
「ただの街遊び」
ミレイユは、思考が追いつかなかった。
「……街…あそび…」
小さく、繰り返す。
リアナは、少しだけ首を傾げた。
「行ったことは?」
問いは、軽かった。
けれど――
答えは、重い。
「……いいえ」
声が、自然と小さくなる。
「用事がある時だけ……
連れられて、通り過ぎるだけでした」
リアナは、何も言わなかった。
驚きも、同情も、評価もない。
ただ、短く言う。
「じゃあ、行ってみましょう」
⸻
王都の通りは、
思っていたよりも、にぎやかだった。
人の声。
馬車の音。
香ばしい匂い。
ミレイユは、
つい足を止めてしまう。
「……全部……売り物、なんですね」
並ぶ店の、
どれもが、輝いて見える。
布地。
靴。
小物。
ショーウィンドウに飾られた品を、
こんなふうに
“見るだけ”でいいなんて、知らなかった。
「手触りを確かめてみたら?」
リアナが、隣で言う。
「……いいのですか」
「ええ」
「もちろん、ただ眺めるだけでも良いのよ。」
胸の奥が、少し軽くなる。
立ち止まり、
眺めて、
また歩く。
それだけのことが、
こんなにも楽しいなんて。
⸻
歩き疲れた頃、
リアナが言った。
「お茶にしましょう」
案内されたのは、
流行りの喫茶店だった。
明るくて、
香りが良くて、
人の話し声が、心地よい。
メニューを渡され、
ミレイユは、固まる。
「……選んで、いいのですか」
「もちろん」
「……間違えても……」
「間違いなんてないのよ」
即答だった。
悩んで、
悩んで。
「……これを…」
指差した先の飲み物が、運ばれてくる。
一口、飲む。
ほんのり甘い。
…温かい。
「…おいしい…」
思わず、声が出た。
リアナは、少しだけ口元を緩めた。
⸻
しばらくして、
ミレイユは、窓の外を見ながら言った。
「……あの…」
「なに?」
「……教会に
…行ってみても、いいですか」
リアナは、一瞬だけ考え、頷いた。
「ええ」
「……よろしいのですか」
「もちろんよ。あなたが行きたいなら行きましょう」
それだけだった。
⸻
教会の中は、
街の喧騒が嘘のように静かだった。
光が、
ステンドグラスを通して落ちる。
ミレイユは、
自然と足を止めた。
祈り方は、知らない。
言葉も、分からない。
それでも。
長椅子に座り、
ただ、目を閉じる。
胸の奥が、
ゆっくりと温かくなる。
――お願いしたいことは思い付かない。
でも。
ここに来られたことが、
なんとなく、ありがたい。
そう思えた。
⸻
教会を出ると、
空は、まだ明るかった。
「……今日…
とても、楽しかったです」
勇気を出して、
そう言う。
リアナは、歩きながら答えた。
「よかったわ」
ほんのり微笑みながら、でもそれ以上は、言わない。
ミレイユの胸の奥で、
また、あの温かさが広がる。
小さく。
けれど確かに。
――幸せだ。
そう、
感じていた。




