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弟の婚約者がどうみてもドアマットヒロインなので愛でることにしました。  作者: ちょこだいふく


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14/23

知らないうちに満たされていた

王都での生活は、

 思っていたよりも、静かだった。


 特別なことは、何も起きない。


 朝は、決まった時間に起きる。

 朝食を取る。

 日中は、書庫や応接室で過ごす。


 誰かに急かされることも、

 叱られることもない。


 ――それだけ。


 それだけなのに。


 ミレイユは、

 毎日少しずつ、困っていた。


「……何を、すればいいのか……」


 やるべきことが、ない。


 それは、

 こんなにも落ち着かないものなのか。



 リアナは、

 何も指示を出さなかった。


「今日は何をすれば良いでしょうか…?」


 と聞いても、


「あなたが決めて」


 と、返される。


 困って立ち尽くしていると、


「決められない日もあるわ。

 そう言う時は、それでいいじゃない。」


 と、平然と言われる。


 それが、

 いちばん戸惑った。


 怒られない。

 評価されない。


 頑張らなくても、

 ここにいていい。


 ――意味が分からない。



 ある日、

 リアナが何気なく言った。


「そのリボン、似合っているわね」


 それだけ。


 評価するつもりはなさそうな口調。


 ミレイユは、

 一瞬、理解できなかった。


「……え……?」


「色があなたに合っていると思うわ」


 それ以上、言わない。


 その日一日、

 胸の奥が、妙に温かかった。


 理由は、分からない。



 別の日。


 食事の席で、

 ミレイユが少し多めに取ったパンを見て、


「それで足りる?」


 と、リアナが聞いた。


 責める声ではない。

 確認だ。


「…はい」


「ならいいわ」


 それだけで、話は終わる。


 残しても、

 怒られない。


 全部食べても、

 褒められない。


 でも、

 否定もされない。


 ただ、私が私であることを認められている。


 それが、

 少しずつ、身体に染みていった。



 夜、部屋に戻る。


 怒鳴り声は、ない。

 仕事も、ない。


 代わりに、

 「今日どうだった?」と聞かれる。


 答えられなくても、

 責められない。


「……分かりません」


 そう言うと、


「そういう日もあるわよね」


 と、返ってくる。


 毎日が、

 そんな調子だった。



 数日経った頃。


 ミレイユは、

 ふと気づく。


 夜、驚くほどぐっすり眠れている。


 夢を、見ない。


 朝、身体が重くない。


 ――あれ?


 これは、

 良いことなのだろうか。


 そう考えてから、

 慌てて首を振る。


 期待してはいけない。


 ここは、仮の場所だ。


 ずっといられるとは、

 限らない。


 でも。


 胸の奥が、

 じんわりと、満たされている。


 それを、

 否定しきれなくなっていた。



 その日、

 書庫で本を読んでいたときだった。


 指先が、

 少し、熱い。


「……?」


 気のせいだと思い、

 本に視線を戻す。


 次の瞬間。


 ページの端に、

 淡い光が滲んだ。


 驚いて、

 本を落とす。


 光は、すぐに消えた。


 周囲を見回す。


 誰も、いない。


「……今の…なに…」


 胸が、早鐘を打つ。


 怖い。

 でも――


 嫌ではなかった。


 身体の奥から、

 静かな温かさが、広がっている。


 痛くない。

 苦しくない。


 ただ、

 安心している。


 それが、

 はっきり分かった。



 その夜。


 リアナの前で、

 ミレイユは小さく切り出した。


「……あの……

 今日……少し……変なことが……」


 話し終えると、

 リアナは、すぐに答えなかった。


 だが、

 驚いてはいなかった。


「……そう」


 静かな声。


「それは、きっとあなたが

 “幸せを感じた”ときの反応ね」


 ミレイユは、言葉を失う。


「……これが……

 幸せ……?」


「ええ、そう思うわ」


 断言ではない。

 でも、否定でもない。


「自覚がなくても、

 身体は正直よ」


 リアナは、少しだけ口元を緩めた。


 可愛がられて、

 守られて、

 安心して


 ……その結果


 ミレイユの胸が、

 どくん、と鳴る。


 能力だとか、

 特別だとか。


 そんな言葉よりも。


 私は、ここで幸せを感じた。


 その事実の方が、

 ずっと、衝撃だった。


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― 新着の感想 ―
幸せという感情が何であるか分からなくなるのが、驚く程生々しくてグロテスク……
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