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弟の婚約者がどうみてもドアマットヒロインなので愛でることにしました。  作者: ちょこだいふく


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13/23

感情ではなく制度

ミレイユが朝食を取っている間、

 私はすでに動いていた。


 判断は、感情で終わらせてはいけない。


 昨夜の「帰らせない」は、

 一時的な判断だ。


 だが、それを継続するには、

 制度の裏付けが必要になる。



 王都の一室。


 簡素な会議室には、

 王族補佐官と、法務官が同席していた。


 裁判ではない。

 だが、

 軽い話でもない。


「状況の説明を」


 求められ、

 私は、簡潔に答える。


「未成年貴族令嬢への、

 継続的な精神的圧迫と、

 昨夜は身体的暴力が確認されました」


 私は、書類と共に記録媒体を机に置く。


「魔法による記録です。

 改竄は不可能です。」


 再生はしない。


 ここでは、

 “ある”という事実だけで十分だ。


 法務官が、眉をひそめる。


「……保護の必要性は、認められますね」


「ええ」


 私は、淡々と続ける。


「現時点では、

 処罰を求めるものではありません」


 それを、はっきりと言う。


「目的は、

 安全な生活環境のために、当事者同士の切り離しです」


 王族補佐官が、頷いた。


「一時保護、

 ならびに生活指導名目での

 王都滞在を認めましょう」


 ペンが、走る。


「実家への帰還は、

 調査期間中、不可」


 私は、深く一礼した。


「ありがとうございます」



 部屋を出て、

 一人になる。


 ここから先は、

 時間がかかる。


 だが、

 戻らせない理由は、できた。


 私は、歩きながら思う。


 ミレイユは、

 まだ何も選んでいない。


 だが、それでいい。


 選ばなくていい場所を、

 先に用意する。


 それが、

 今の役目だ。





—————— 継母視点


それは、昼前に届いた。


 王都の印章。

 簡潔な文面。

 余計な挨拶はない。


 ハルディン伯爵夫人は、封を切った瞬間に顔色を変えた。


「……何、これ……」


 紙を掴む指が、わずかに震える。


 書かれているのは、

 家庭調査期間中ミレイユの一時保護。

 そして王都滞在の許可と共に実家への帰還不可。


 理由は、短い。


 ――「安全確認のため」。


「……ふざけてるわ」


 吐き捨てるように言い、

 夫人は紙を机に叩きつけた。


「安全確認?何を馬鹿なことを!!」


 使用人たちは、目を伏せる。


 誰も、反論しない。

 誰も、同意もしない。


 沈黙だけが、残る。


「王都の連中が、

 勝手に首を突っ込んできて……」


 怒りはある。

 だが、それよりも――


 焦りがあった。


 “戻らせられない”。


 その一文が、

 胸の奥に引っかかる。


 今まで、

 あの娘は戻ってきた。


 何があっても。

 どれだけ言っても。

 どれだけ働かせても。


 必ず。


 それが、

 崩れた。


「……伯爵は?」


 使用人の一人が、恐る恐る尋ねる。


「不在よ」


 短く答える。


 紙を、もう一度見る。


 命令ではない。

 だが、拒否権もない。


 文面は、

 静かに、しかしはっきりと告げていた。


 ――これは“提案”ではない。



 その日の午後。


 継母は、無意識のうちに、

 屋敷の裏手へ足を運んでいた。


 いつもなら、

 そこには人影がある。


 洗濯物。

 掃除道具。

 呼べば、すぐに来る存在。


 だが――

 今日は、いない。


「……」


 声をかける必要も、

 命じる相手もいない。


 それが、

 妙に腹立たしかった。


 いや。


 腹立たしいのは、

 自分が“困っている”と気づいたことだ。


「……あんな小娘がいないくらいで」


 そう呟きながら、

 言葉に力が入らない。


 使用人を増やせばいい。

 代わりはいくらでもいる。


 ――理屈では、そうだ。


 だが、

 “戻ってこない”という事実が、

 じわじわと効いてくる。


 あの娘は、

 もうここにはいない。


 それは、

 初めてのことだった。



 同じ頃。


 王都では、

 一通の控えが、静かに保管庫へ収められていた。


 返答を待つためではない。


 記録として残すために。


 ハルディン伯爵家は、

 その日を境に、

 “当たり前”を一つ失った。


 そして――


 それが、

 どれほど大きなものだったのかを、

 誰も理解していなかった。



—————— レオネル視点


知らせを受けたのは、その日の夕刻だった。


 王都の執務室。

 呼び出しは簡潔で、理由も明確に告げられた。


「調査期間中における関係整理について」


 書類を渡され、

 レオネルは一読してから、視線を上げた。


 そこに、感情的な言葉はない。


 不適切な環境。

 当事者の安全。

 将来的影響。


 そして、結論。


 ――婚約は、一度白紙とする。


 理由は、責任追及ではなかった。

 罰でもない。


 成立条件を満たしていないため。


 それだけだ。


「異議は?」


 形式的な問いだった。


 レオネルは、すぐには答えなかった。


 頭の中に浮かぶのは、

 ミレイユの顔ではない。


 空いた時間。

 返事のない席。

 今朝から続く、妙な静けさ。


「……ありません」


 そう答えた声は、

 思ったよりも落ち着いていた。


 拒否する理由は、なかった。


 既に守るべきもの、という“関係”ではなくなっていることを、理解していたからだ。


「本件は、調査終了後に再検討されます」


 補足が入る。


「ただし、

 当事者の意思と安全が最優先となります」


 レオネルは、黙って頷いた。


 再検討。

 その言葉に、何の期待も抱かなかった。


 今はただ――

 整理されるべきものが、整理された。


 それだけだ。



 部屋を出て、

 一人になる。


 ふと、

 自分の横を見る。


 ――誰も、いない。


 それが、

 現実なのだと、

 ようやく実感した。


 婚約者がいない。

 説明する必要もない。


 夜会で、

 誰かに紹介する相手もいない。


 それは、

 自由というより、

 責任の位置が変わったという感覚に近かった。


 自分は、もう

 彼女を代表しない。


 評価する立場でも、

 正す立場でもない。


 ただの、

 一人の人間だ。



 レオネルは、静かに思う。


 もし、

 彼女がいつか話したいと思う日が来たら。


 そのときは、

 元婚約者としてではなく。


 何も背負わせない距離で、

 向き合えばいい。


 今は、

 それ以上でも、それ以下でもない。


 そういう“空白”が、

 ここに生まれた。


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― 新着の感想 ―
まぁ伯爵おったらこんな馬鹿げたことできんわなぁ
「……伯爵は?」  使用人の一人が、恐る恐る尋ねる。 ↑使用人の立場で伯爵当主のことを伯爵夫人にこんなふうに聞けるってすごいな。 また、改行の多さと1行目以降1マス開けるのはなぜ?
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