表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弟の婚約者がどうみてもドアマットヒロインなので愛でることにしました。  作者: ちょこだいふく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/23

テンプレの香り

コメントありがとうございます!ちゃんと読んでます!

仕事忙しくて返信できなくてごめんなさい!

でも読んでます!感謝٩( ‘ω’ )و







 シャンデリアの光は、いつだって人の目を誤魔化すのにちょうどいい。

 宝石の輝き、絹の艶、香水の甘さ。ーー誰もがそれらを「華やか」と呼ぶ。けれど私にとっては、ただの背景だ。


 私は微笑む。角度も、間合いも、声の高さも、間違えないように。

 高位貴族の令嬢として、社交の場に「ふさわしい」私を演じる。


「本日はお招きいただき、光栄ですわ」


 言葉を交わした相手は、満足げに頷いた。こちらの返答に“正解”が含まれていたことを確認するように。

 社交とは、会話を楽しむ場ではない。互いに失点しないための儀式だ。


 嫌いではない。

 できる。

 ただ――長居すると、息が詰まる。


 私はグラスを持ち替え、視線だけで周囲を流した。

 今夜の主役は弟だ。私ではない。私は「花」の一つで十分だ。


 弟――レオネルは、眩い笑みを浮かべている。

 剣も、学問も、社交も、何一つ欠けていない。父母の自慢であり、我が家の未来であり、次代の中枢に食い込む存在。


 そして――その隣に立つ少女がいる。


 淡い色のドレス。

 細い肩。

 伏せがちな睫毛。

 儚げという言葉をそのまま形にしたような、整った顔立ち。


 ……なのに。


 私は、ほんの一瞬、笑みの形を崩しかけた。


 肌が荒れている。頬は乾き、口元に小さなひび。

 首元や手首も、手入れの行き届いた貴族令嬢のそれではない。

 痩せている。ドレスが似合っていないのではなく、身体がドレスに追いついていない。

 目の下に影がある。睡眠が足りない人間の影だ。


 彼女は、笑っているのに、血色がない。


 ――前妻の娘。


 父の口から何度も聞いた、弟の婚約者の素性。

 政略のための縁。家の都合。相性。釣り合い。

 それらは全て、この場の飾り文句として消費される。


 けれど私は、飾りの奥にある“生活”の匂いを嗅いでしまった。


 胸の奥が、ひやりとする。

 理由もなく、ぞわりと皮膚が粟立つ。


 そして、不意に――記憶が刺さった。


 白い蛍光灯の下。

 紙の書類。ボールペン。

 「それ、あなたが悪いんじゃないですよ」と、何度も口にした声。

 机の向こうで俯く誰か。

 「あなたは悪くない…でも、証拠がないと動けないんです…まずは証拠を揃えましょう」と、言う自分。


 ……ああ。


 私は、そこで初めてはっきりと理解する。

 私は転生者だ。

 そしてこの世界は――妙に、妙に、馴染みがある。


 ラノベ世界の物語の匂いがする。


 そう、テンプレだ。


 社交界。高位貴族。完璧な王子。婚約者。

 そしておそらくは公開の場での婚約破棄。

 虐げられていた令嬢。

 森。魔獣。助けてくれる別の貴族。

 幸せを感じることが引き金になって目覚める癒しの力――


 そんな、どこかで聞いたような筋書きが、脳裏に薄く滲む。


 私は目を細めた。

 弟を見て、もう一度、隣の少女を見る。


 弟は――完璧だ。今のところは。


 だが、完璧な人間ほど、他人のわずかな欠けを許さない。

 優秀な人間ほど、努力不足という言葉を軽く使う。

 その言葉が、相手の心を削る刃だと気づかずに。


 私は前世で、そういう人間を何人も見た。

 そして、そういう人間に削られた人間も、数え切れないほど見た。


 ……嫌な予感がする。

 しかも、隣の少女は――どう見ても“そういう枠”だ。


 私はグラスの縁を指でなぞった。

 冷静であれ、と、社交の仮面が言う。

 関わるな、と、理性が囁く。


 でも、心の中では前世の理奈が騒がしい。


 可愛い。


 可愛い。可愛い。とても可愛い。

 こんなに可愛い子が、今にも折れそうな顔で笑っているなんて…。


ああ!この世界がもしテンプレ世界なら――

この子はきっと、これから酷い目にあってしまうのだろう。


それは今日じゃないかもしれない。

でもそのうち、見世物みたいに婚約破棄をされて、

失意のまま家に戻れば「お前のせいだ」と責められて、

そうよ、きっと森に捨てられて――


ヒロインだから、それでも生き延びるわ。

そして誰かに、隣国の貴族とかそう言う人に拾われて、そこでようやく「幸せ」を知って、力が目覚める。


……目覚めて、そこから幸せなら今が悲惨でもいいの?

いいわけないでしょうが!


しなくていい苦労。

そんなもの、必要ない!


 私は息を吐き、背筋を伸ばした。

 次に微笑むとき、それは社交の正解ではなく、私の意志だった。


 私は弟の隣へ歩み寄った。


「レオネル。――婚約者様をご紹介くださる?」


 弟は一瞬だけ驚いた顔をした。

 私がこういう場で、積極的に主役へ近づくことは少ないからだろう。だがすぐに微笑みに戻る。


「もちろん。姉上、こちらが――」


 少女が、慌てて一歩下がる。

 視線が床に落ちる。

 そして、まるで許可を待つように、弟の横顔を窺った。


 ……その仕草だけで分かる。


 “自分が喋っていいか”を、誰かに確認する癖。

 それが美徳だと教え込まれてきた癖。


 私は柔らかく、でも逃げ道を塞ぐように言った。


「お名前を、私に教えて。あなたの声で」


 少女は瞬きをした。

 小さく息を吸って――かすれた声で答える。


「……は、はい。ミレイユ•ハルディンと申します。リアナ様、お会いできて光栄です。」


 私は頷いた。


「そう。ミレイユ。今夜は寒いわ。手が冷えている」


 私は、ただ事実を言った。

 そして、手袋越しに、彼女の手をそっと包む。


 ひどく冷たい。

 栄養も、睡眠も、足りていない手だ。


 少女の目が見開かれる。

 驚きと、困惑と、ほんのわずかな安堵が混ざった目。


 私は心の中で、静かに決めた。


 ――この子は私が守る。

 いや、守るというより。


 見守り、愛でる。


 こんな可愛い子を、テンプレの都合で壊させてたまるものか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
悲惨な未来が確定しそうな子に気付いたら、いつ助ける? (#・`◇・´)b もちろん、今でしょ!! やったれ、お姉様!!
そうだそうだーっ!やったれーっ!
……目覚めて、そこから幸せなら今が悲惨でもいいの? いいわけないでしょうが! ↑ここ、善性を感じて好きなんだよね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ