テンプレの香り
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でも読んでます!感謝٩( ‘ω’ )و
シャンデリアの光は、いつだって人の目を誤魔化すのにちょうどいい。
宝石の輝き、絹の艶、香水の甘さ。ーー誰もがそれらを「華やか」と呼ぶ。けれど私にとっては、ただの背景だ。
私は微笑む。角度も、間合いも、声の高さも、間違えないように。
高位貴族の令嬢として、社交の場に「ふさわしい」私を演じる。
「本日はお招きいただき、光栄ですわ」
言葉を交わした相手は、満足げに頷いた。こちらの返答に“正解”が含まれていたことを確認するように。
社交とは、会話を楽しむ場ではない。互いに失点しないための儀式だ。
嫌いではない。
できる。
ただ――長居すると、息が詰まる。
私はグラスを持ち替え、視線だけで周囲を流した。
今夜の主役は弟だ。私ではない。私は「花」の一つで十分だ。
弟――レオネルは、眩い笑みを浮かべている。
剣も、学問も、社交も、何一つ欠けていない。父母の自慢であり、我が家の未来であり、次代の中枢に食い込む存在。
そして――その隣に立つ少女がいる。
淡い色のドレス。
細い肩。
伏せがちな睫毛。
儚げという言葉をそのまま形にしたような、整った顔立ち。
……なのに。
私は、ほんの一瞬、笑みの形を崩しかけた。
肌が荒れている。頬は乾き、口元に小さなひび。
首元や手首も、手入れの行き届いた貴族令嬢のそれではない。
痩せている。ドレスが似合っていないのではなく、身体がドレスに追いついていない。
目の下に影がある。睡眠が足りない人間の影だ。
彼女は、笑っているのに、血色がない。
――前妻の娘。
父の口から何度も聞いた、弟の婚約者の素性。
政略のための縁。家の都合。相性。釣り合い。
それらは全て、この場の飾り文句として消費される。
けれど私は、飾りの奥にある“生活”の匂いを嗅いでしまった。
胸の奥が、ひやりとする。
理由もなく、ぞわりと皮膚が粟立つ。
そして、不意に――記憶が刺さった。
白い蛍光灯の下。
紙の書類。ボールペン。
「それ、あなたが悪いんじゃないですよ」と、何度も口にした声。
机の向こうで俯く誰か。
「あなたは悪くない…でも、証拠がないと動けないんです…まずは証拠を揃えましょう」と、言う自分。
……ああ。
私は、そこで初めてはっきりと理解する。
私は転生者だ。
そしてこの世界は――妙に、妙に、馴染みがある。
ラノベ世界の物語の匂いがする。
そう、テンプレだ。
社交界。高位貴族。完璧な王子。婚約者。
そしておそらくは公開の場での婚約破棄。
虐げられていた令嬢。
森。魔獣。助けてくれる別の貴族。
幸せを感じることが引き金になって目覚める癒しの力――
そんな、どこかで聞いたような筋書きが、脳裏に薄く滲む。
私は目を細めた。
弟を見て、もう一度、隣の少女を見る。
弟は――完璧だ。今のところは。
だが、完璧な人間ほど、他人のわずかな欠けを許さない。
優秀な人間ほど、努力不足という言葉を軽く使う。
その言葉が、相手の心を削る刃だと気づかずに。
私は前世で、そういう人間を何人も見た。
そして、そういう人間に削られた人間も、数え切れないほど見た。
……嫌な予感がする。
しかも、隣の少女は――どう見ても“そういう枠”だ。
私はグラスの縁を指でなぞった。
冷静であれ、と、社交の仮面が言う。
関わるな、と、理性が囁く。
でも、心の中では前世の理奈が騒がしい。
可愛い。
可愛い。可愛い。とても可愛い。
こんなに可愛い子が、今にも折れそうな顔で笑っているなんて…。
ああ!この世界がもしテンプレ世界なら――
この子はきっと、これから酷い目にあってしまうのだろう。
それは今日じゃないかもしれない。
でもそのうち、見世物みたいに婚約破棄をされて、
失意のまま家に戻れば「お前のせいだ」と責められて、
そうよ、きっと森に捨てられて――
ヒロインだから、それでも生き延びるわ。
そして誰かに、隣国の貴族とかそう言う人に拾われて、そこでようやく「幸せ」を知って、力が目覚める。
……目覚めて、そこから幸せなら今が悲惨でもいいの?
いいわけないでしょうが!
しなくていい苦労。
そんなもの、必要ない!
私は息を吐き、背筋を伸ばした。
次に微笑むとき、それは社交の正解ではなく、私の意志だった。
私は弟の隣へ歩み寄った。
「レオネル。――婚約者様をご紹介くださる?」
弟は一瞬だけ驚いた顔をした。
私がこういう場で、積極的に主役へ近づくことは少ないからだろう。だがすぐに微笑みに戻る。
「もちろん。姉上、こちらが――」
少女が、慌てて一歩下がる。
視線が床に落ちる。
そして、まるで許可を待つように、弟の横顔を窺った。
……その仕草だけで分かる。
“自分が喋っていいか”を、誰かに確認する癖。
それが美徳だと教え込まれてきた癖。
私は柔らかく、でも逃げ道を塞ぐように言った。
「お名前を、私に教えて。あなたの声で」
少女は瞬きをした。
小さく息を吸って――かすれた声で答える。
「……は、はい。ミレイユ•ハルディンと申します。リアナ様、お会いできて光栄です。」
私は頷いた。
「そう。ミレイユ。今夜は寒いわ。手が冷えている」
私は、ただ事実を言った。
そして、手袋越しに、彼女の手をそっと包む。
ひどく冷たい。
栄養も、睡眠も、足りていない手だ。
少女の目が見開かれる。
驚きと、困惑と、ほんのわずかな安堵が混ざった目。
私は心の中で、静かに決めた。
――この子は私が守る。
いや、守るというより。
見守り、愛でる。
こんな可愛い子を、テンプレの都合で壊させてたまるものか。




