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#045 星月夜の誓い

「――さあ、何してるの、ハルくんたち! 君たちも、さっさと着替えてきなさーい! せっかくの南の島なんだから、楽しまなくっちゃ、損よ、損!」

 黒のワンピース水着という、あまりにも破壊力のある姿で、美王先生は僕たちを急き立てる。その言葉に、僕たち男子三人は、顔を見合わせた。確かに、地獄の特訓を乗り越えた後だ。少しぐらい、羽目を外しても、罰は当たらないだろう。

 僕と怜士くん、そして真角くんは、ホテルの更衣室で、それぞれ水着へと着替えた。


 海パン一丁になるのは、少し気恥ずかしかったが、それ以上に、僕には、もっと大きな問題があった。

「……なぁ、七座」

 更衣室から出ると、先に着替えを終えていた怜士くんが、僕の姿を見て、何とも言えない、複雑な表情を浮かべた。

「いや……しかし、お前のその格好で、男物の水着を着てると……なんつーか、背徳感が、すげぇな」

 彼の言う通りだった。

 今の僕は、美王先生の趣味により、もはや地毛と化した、腰まで届く、艶やかなロングヘア。肌も、日焼け止めを塗りたくられたせいで、不自然なくらいに白い。

 その、どう見ても完璧な美少女の姿で、ごく普通の、男性用のサーフパンツを履いているのだ。

 アンバランス、という言葉では、生ぬるい。それは、見る人が見れば、新たな扉を開いてしまいかねない、禁断の組み合わせだった。

「しょ、しょうがないだろ……!」

 僕は、顔を真っ赤にして反論する。「まさか、ビキニとか、着るわけにもいかないし……!」

「いや、そっちの方が、むしろ、アリかもしれねぇ……」

「怜士くん!?」


 そんな僕たちの、くだらないやり取りを、砂浜で待っていたのは、既に水着に着替えた、女子の先輩たちだった。

「あら、晴人さん。よくお似合いですわよ?」

 そう言って、悪戯っぽく微笑んだのは、杏那さんだった。彼女が身に纏っているのは、黒と白のモノトーンを基調とした、シックで、しかし、大胆なデザインのビキニ。普段のゴスロリ衣装にも通じる、彼女らしいセンスが光っている。その抜群のスタイルも相まって、僕は、直視することができなかった。

「えへへー! 晴人くーん、こっちこっちー!」

 その隣で、元気いっぱいに手を振っているのは、三鳥先輩。彼女は、純白のフリルが幾重にも重なった、まるで天使の羽衣のようなビキニを着ていた。

 そして、少し離れた場所では、肆谷副会長と襟間会計が、パラソルの下で静かに読書をしていた。

 二人の水着は、他のメンバーと比べると、露出は控えめだった。襟間先輩は、知的な雰囲気の、スクール水着に近いワンピースタイプ。肆谷副会長も、スポーツブランドの、機能性を重視したセパレートタイプの水着だ。

 だが、それでも。

 隠しきれない、というより、むしろ、強調されていた。

 肆谷副会長の、鍛え上げられた、完璧な肉体美が。

 無駄な脂肪が一切なく、しなやかな筋肉で覆われた腹筋。引き締まった脚線美。そして、その全てを支える、圧倒的なまでの、体幹の強さ。

「うお、すっげ……。副会長、筋肉量、やばいっすね……」

 怜士くんが、素直な感嘆の声を漏らす。

 その声に、本を読んでいた肆谷副会長が、ちらりと顔を上げた。

「当たり前よ。あんたも、こうなりたい?」

「いや〜、まぁ……なれるもんなら、なってみたいっすね。絶対、モテモテになれるだろうし……」

「……そうかしら」

 彼女の、どこか寂しげな呟きは、僕たちの耳には、届かなかった。

「――お待たせしました、皆さん!」

 その時、砂浜に、少し慌てたような、しかし、鈴の鳴るような、美しい声が響いた。

 声の主は、僕たちの生徒会長、玖代静葉先輩だった。

 だが、彼女の格好は、僕たちの予想を、遥かに、遥かに、超えていた。

 彼女は、まだ、水着に着替えていなかった。

 その代わりに、なんと、巨大なスーツケースを、ガラガラと引きずりながら、砂浜を歩いてくるではないか。

「すみません、皆さん! どの水着がいいかと、考えていたら、どうしても、一つに決められなくて……。皆さんで、選んでいただけると、嬉しいのですが……」

 そう言って、彼女が、パカリ、とスーツケースを開いた、その瞬間。

 僕たちの、思考は、完全に、停止した。

 スーツケースの中には、およそ、この世の全てのデザインが出揃っているのではないかと思えるほどの、色とりどりの、そして、そのどれもが、極限まで布面積の少ない、セクシーなビキニが、ぎっしりと、詰め込まれていたのだ。

「ええと……こちらは、定番の、牛さん柄ですわね。それから、トロピカルな、スイカ柄も捨てがたいですし……。アメリカンな気分で、星条旗柄というのも……。ああ、でも、こちらの金色や、自然と一体になれる、迷彩柄も……。それから、この、人魚姫のような、貝殻のビキニも……!」

 一つ一つ、ビキニを手に取り、嬉しそうに、自分の身体に当ててみせる玖代会長。

 その、あまりにも刺激の強すぎる光景に、僕と怜士くん、そして真角くんまでもが、顔を真っ赤にして、固まっていた。

 だが、一人だけ。

 その光景を、恍惚とした、いや、狂信者のような瞳で見つめている人物がいた。

 三鳥美羽先輩だ。

「……うしがら……うしがらびきにで、おっぱいきょうちょう……みるく、いっぱい……でも、すいかがらで、おおだますいかも、すてがたい……かいがら……かいがらびきにの、かいちょうが、なみに、さらわれて……それを、たすける、わたし……!」

 彼女は、全てのビキニに対して、早口で、ぶつぶつと、独り言の妄想を捲し立て始めた。その目は、完全に、イってしまっている。

 やがて、彼女の鼻から、ツー……と、一筋の赤い線が垂れてきたかと思うと。

「――はぶあっ!♡」

 盛大な奇声と共に、彼女は、再び、大量の鼻血を噴き出し、幸せそうな顔で、砂浜に、崩れ落ちたのだった。


 ビーチに響き渡った、数々の悲鳴と、歓声。

 ビーチフラッグにビーチバレーを始めとする競技の数々。その中で、数々のセクシーショットを披露する女性陣。特に、杏那さん、玖代会長、そして美王先生。そんな彼女たちに目が釘付けになる僕と怜士くん、そして鼻血を噴き出す三鳥書記。

 僕たちの、波乱に満ちた水着大会は、そんな狂騒の中で、幕を閉じた。

 あっという間に、十日間の合宿の、最後の夜が訪れようとしていた。

 夜ご飯を食べ終え、僕と杏那さんは、二人で、ホテルのテラスに出ていた。

 昼間の喧騒が嘘のように、島は、静寂に包まれている。

 空を見上げれば、そこには、都会では決して見ることのできない、満点の星空が広がっていた。天の川が、まるで白い河のように、夜空を横断している。

「……綺麗ですわね」

 杏那さんが、うっとりと、呟いた。

「ええ、本当に……」

 僕もその吸い込まれそうなほどの星の輝きから、目を離すことができなかった。

 僕たちはどちらからともなくこの合宿での出来事を、ぽつり、ぽつりと、語り始めた。

「怜士くん、本当に強くなったよね。もう、僕なんかじゃ、追いつけないくらい」

「ええ。それに、鍔井さんも。最後には、私たちが驚くような機術の数々を見せてくれましたわ。運動の方はもっと頑張らないといけませんけど」

「杏那さんだって、すごいよ。もう、自由に空を飛べるようになったじゃないか」

「ふふ。あなたこそ。あの光の剣、本当に、ヒーローみたいで、素敵でしたわよ」

 お互いを素直に褒め合う。

 なんだか少し照れくさかったけど、心地よかった。

 僕たちは確かに、この十日間で強くなったのだ。

「生徒会の先輩たちの、意外な一面も見れましたわね」

 杏那さんがくすりと思い出し笑いをする。

「まさか、玖代会長が、あんなに……その、大胆な方だったとは」

「肆谷副会長も、普段はあんなに厳しいのに、意外と、面倒見がいいところもあるんだなって」

 そうだ。あの人たちは、ただ僕たちの手の届かない場所にいる、完璧な超人なんかじゃない。

 僕たちと同じように、笑って、怒って、そして時にはちょっとおかしな一面も見せる、一人の人間なんだ。

 そのことが分かっただけでも、この合宿に来た価値は、あったのかもしれない。

 しばらく心地よい沈黙が、僕たちの間を流れた。星々が瞬く音だけが聞こえる。

 やがて杏那さんが、ぽつりと、今まで聞いたことのないような、か細い声で呟いた。

「……晴人さん」

「うん?」

「実は、私……少しだけ、不安なのですわ」

 彼女の横顔は、星明かりに照らされて、どこか、儚げに見えた。

「こんな、楽しい毎日が……。あなたがいて、皆さんがいて、笑い合える、この穏やかな時間が、ずっとずっと、続いてくれればいい、と。そう思えば思うほど……」

 彼女は、ぎゅっと、自分のスカートの裾を、握りしめた。

「……いつかこの平和が、終わりを告げる日が来るのかもしれない、と。次の戦いでもしかしたら私たちは……誰かが、死んでしまうのかもしれない、と。そう思うと、怖くて……」

 その声は、震えていた。

 いつも冷静で気丈で、僕の前では決して弱さを見せようとしない、彼女の初めて聞く本音。

 僕たちの戦いは、決して遊びなんかじゃない。それは、常に死と隣り合わせの、命のやり取りなのだ。

 その事実が、ナイフのように、僕の胸に突き刺さった。

 その時、僕の口から、何の躊躇いもなく、言葉が、こぼれ落ちていた。

「――死なせないよ」

「え……?」

 杏那さんが驚いたように僕の顔を見る。

 僕は彼女の潤んだ瞳を、まっすぐに見つめ返して言った。

 当たり前のことを、当たり前に告げるように。

「僕が杏那さんを守ってみせる、絶対に。そのために手に入れた力なんだから」

 僕のふいに紡がれた、あまりにも真っ直ぐな言葉。

 それに彼女は、一瞬きょとんとした顔をした。

 しかし次の瞬間、その唇がふわりと、花が綻ぶように、優しく綻んだ。

「……ふふっ」

 彼女は、愛おしそうに、目を細める。

「頼もしいですわね。まるで本当に、物語のヒーローみたいですわ」

「……みたい、じゃない」

 僕は少しだけ、むきになって言い返した。

「ヒーローになるんだ。世界中の人にとっての、なんて、大それたことは言えないけど」

 一度言葉を切ると、はっきりと告げた。

「――少なくとも、杏那さんにとっての、ヒー-ローに」

 その言葉に彼女の頬が、夕焼けのように赤く染まっていくのが、星明かりの下でも、分かった。

 彼女は恥ずかしそうに俯くと、長いまつ毛を震わせた。

「……それじゃあ」

 彼女は顔を上げると、とびきりの悪戯っぽい笑みを、僕に向けた。

「わたくしは、晴人さんの『ヒロイン』として、相応しい、素敵な女性でいなければ、いけませんわね」

 その笑顔は僕が今まで見た、どんな星よりも綺麗で、そして輝いて見えた。

 僕たちの夏の夜は、まだ始まったばかり。

 このかけがえのない時間を、永遠にするために。

 僕たちは明日、また強くなる。そう心に誓いながら、夜は静かに更けていくのだった。

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