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#036 夏期講習1時間目:機術学園について

「……なんて、先生が一方的に話してもつまらないでしょ? せっかくだから、クイズ形式にしましょうか。まずは、一番簡単な問題から。――ねぇ、ハルくん。この機術学園って、何年制の学校か、知ってる?」

 ふっといつもの調子に戻った美王先生はそう言うと、僕たちに向かって悪戯っぽく微笑んだ。

「えっ、僕ですか!?」

 突然指名され、僕は慌てて背筋を伸ばす。

「ええと……確か、5年制の、高等専門学校と同じ形式だったと……」

「正解♡ さすが、あたしの可愛いハルくんね」

 美王先生は満足げに頷くと、ホワイトボードに大きく書き込んだ。

「そう。この学園は、一般的な高校とは違う、5年制の高等専門学校、いわゆる高専と同じ教育システムを採用しているわ。――じゃあ、次の問題。怜士くん。どうして、たかが機術を学ぶのに、5年間も必要なんだと思う?」

「俺ですか……」

 怜士くんは、少し面倒くさそうに頭を掻きながら、それでも真剣な表情で考え始めた。

「……そりゃあ、それだけ、学ぶべきことが多いから、じゃないですかね。普通の勉強もしなくちゃいけないし、機術の実技訓練もある。高校3年間じゃ、時間が足りない、とか」

「うん、それも正解の一つね。でも、もっと根本的な理由があるのよ」

 先生は、そう言うと、講義室の窓から見える、穏やかな海へと視線を向けた。

「その答えは、この機術学園が創設された、そのきっかけにまで遡るわ。……君たちは、今から約40年前、この世界が核戦争一歩手前の、未曾有の危機に瀕していたことを知っているかしら?」

 40年前。機術の授業の一つ、機術史の教科書に何やら大事件が載っていた気がする。まぁそこまで授業をやってはいないし、軽く目を通しただけなので良くは覚えていないが。

「40年前……。冷戦時代、ですか?」

 杏那さんがそう口にする。

「その通り。当時、東西両陣営は、水面下で次世代の兵器として『機術』の研究を進めていた。つまり、兵士の脳を直接改造して、無理やり力を覚醒させる、非人道的な超能力兵士開発計画よ」

 先生の口から語られた言葉に、僕たちは息を呑んだ。そんな恐ろしいことが、本当に……。

「彼らは、正しい知識も、精神的な成熟も、全て無視した。ただ、強力な『兵器』を、短期間で大量生産することだけを考えた。……その結果、何が生まれたと思う? 真角くん」

「……制御不能の、破壊兵器、です」

 それまで黙って話を聞いていた真角くんが、静かに、しかし確信を持って答えた。

「その通りよ」

 すると、怜士くんが真角くんに感心したように話しかけた。

「真角、今のお前良く答えられたな。こないだの期末で日本史赤点ギリギリだったのに」

「余計なことを言わないでください。研究者の心得として美王先生から個人的に教えられたのを覚えていただけのことです」

 真角くんは典型的な理系脳だ。数学や物理が学年トップの成績なのに対し、古典や歴史の知識は壊滅的。だからこちらが理系を教わる代わりに、文系科目を教えることがある。

 美王先生はそんな僕らのやり取りに笑うと、話を戻した。

「生まれたのは、敵味方の区別なく、ただ本能のままに破壊を繰り返す、精神が崩壊した『機術ゾンビ』の軍団だった。自分たちが作り出した兵器によって、世界中の秘密研究所は、内側から壊滅していったわ。世界は、制御不能の力が溢れ出す、本当の終末の瀬戸際に立たされたの」

 その悲劇的な光景が、目に浮かぶようだった。アーク・リベリオンの信者たちが見せた、あの狂気。その何倍も、何十倍も恐ろしい力が、世界中で暴走していたなんて。

「その世界的危機を収束させたのが、どちらの陣営にも属さない、国境を超えた七人の天才科学者たち――後の『賢人会議ワイズマン・カウンシル』。そして、この機術学園の創設者たちよ」

 先生は、ホワイトボードに、理念、という言葉を書き加えた。

「彼らは、その悲劇を目の当たりにして、痛感した。『強大な力は、それを扱うに足る『器』がなければ、必ず悲劇を生む』ってね。だから、この学園は創設されたの。単に強力な機術師を育てるためじゃない。強大な力を、正しく、安全に扱うことができる、強靭な精神、豊富な知識、そして頑健な肉体。つまり、心技体を兼ね備えた、次世代の『賢者』を育成すること。――それこそが、この学園の揺るぎない創設理念。そして、その『器』をじっくりと育むために、5年間という時間が必要不可欠だった、というわけ」

 心、技、体。

 その三つの言葉が、僕の胸に深く刻み込まれる。僕たちが今まで漠然と受けさせられていた教育の、本当の意味が、少しだけ分かった気がした。

「じゃあ、次の問題ね。杏那。そんな『賢者の卵』を見つけ出すために、機術学園の入学試験は、どうしてあんなに複雑で、意地悪な質問が多いのかしら?」

 機術学園の入学試験。僕を一度は絶望に叩き落とした、あの忌まわしい試験だ。確かにあの試験は、生半可な気持ちで入ってこようとする受験生を容赦なく落とすような問題の数々だった。

「それは……受験者の『心技体』、その全てのポテンシャルを、多角的に見極めるため、ですわよね?」

「もうちょっと、具体的に説明できる?」

 杏那さんは、少し考える素振りを見せた後、自信を持って答えた。

「まず、第一次試験の筆記と体力測定では、『技』の基礎となる論理的思考能力と、『体』の基礎となる肉体の強度が試されます。次に、第二次試験のVRシミュレーションでは、受験者本人も気づいていない機術への適性……私たちの脳が持つ、『量子演算野』の特性がスキャンされます」

 量子演算野。なんだっけな、それ。真角くん辺りはしっかり理解してそうだが、僕はその辺りの理解が追い付かなかったので、頭にちゃんと入っていない。杏那さんは続けて言う。

「そして、最後の第三次試験である面接では、ストレス下における精神的な強度と、力を持つ者としての倫理観、すなわち『心』の在り方が、厳しく問われる。……そうですよね、お姉様?」

「大正解よ、杏那。百点満点ね」

 先生は、満足げに頷いた。そうか、僕が推薦で合格できたのも、あのVR試験で、『メタモフォシス・ギア』への、特別な適性が見出されたからなんだ。

「そうやって、三重の門を潜り抜けてきた、君たちみたいな『原石』を、五年間のカリキュラムで磨き上げていくわけ。――じゃあ、ハルくん、もう一度。君が毎日受けてる、あの退屈な授業は、それぞれ『心技体』の、どれを鍛えるためのものか、説明してみて?」

「は、はい!」

 僕は、記憶を辿りながら、必死に答えた。

「まず、物理学や数学の座学は、『技』……機術を発動させるための、正しい『計算式』を、僕たちの脳にインストールするためのもの。次に、毎日のフィジカルトレーニングは、『体』……機術の負荷に耐え、より大きな力を生み出すための、『器』そのものを鍛えるためのもの。そして……」

「……哲学、とか、倫理学、ですよね」

 僕が答えあぐねていると、怜士くんが補ってくれた。

「強大な力を手に入れた人間が、道を踏み外さないための、『心』の錨を打ち込むための、授業。……今の俺には、耳が痛い話だけどな」

 彼は、自嘲気味にそう付け加えた。

「その通りよ」

 先生は、僕たち四人の答えに、優しく微笑んだ。

「心、技、体。そのどれか一つでも欠けていたら、真の機術師にはなれない。君たちが、冷戦時代の悲劇を繰り返さないために、このカリキュラムは、何十年もの時間をかけて、練り上げられてきたのよ。だから真角くん。理系ばっかり勉強してないで、ちゃんと文系科目も勉強しなきゃダメよ~?」

「なんで僕にだけ言うんですか……ちゃんと道は踏み外さないよう最低限の倫理観は持っているつもりです」

 最後に、先生はホワイトボードに、日本地図を描いた。

「最後の問題。――真角くん。私たちの機術学園は、ここ東都本部以外に、あと五つ。全国に合計六つの学園があるわ。全部言ってみて?」

「北から順に、札幌、仙台、ここ東京、名古屋、大阪、そして福岡」

「どうして、そんなにたくさんの学園が必要なのかしら? 東京だけで、エリート教育をすれば、効率的なんじゃない?」

 その問いに、真角くんは、少しの間、目を閉じて思考を巡らせると、やがて、静かに口を開いた。

「……機術を学ぶハードルを下げるため。次にリスクの分散。そして、専門性の追求。その三つが、主な理由だと推測します」

「詳しく聞かせてくれる?」

「はい。まず、経済的状況から東京近辺に住めない生徒は数多い。東京にしか機術を学ぶ環境が無ければ家族と一緒に東京へ引っ越すか、上京して一人暮らしをするしかない。一般的に高校生と呼ばれる年齢の時点で一人暮らしをするハードルは想像以上に高く、そこで挫折してしまう生徒は多いと想定されます」

 メイドをやり始めた頃、真角くんのあの家事の放置具合の惨状を見たことがある僕にとっては、彼の言い分には凄まじい説得力があった。

「そんな地方に在住している生徒でも機術を学ぶ機会を設けるためには、全国に学園を設置するのは当然と言えます」

「その通り。じゃあ次、リスクの分散っていうのは?」

「一つの場所に全ての機能と思考を集約させるのは、安全保障の観点から、極めて危険です。万が一、東都本部がテロや災害によって機能不全に陥った場合、日本の機術研究そのものが停滞、あるいは壊滅してしまう。そのリスクを回避するため、全国に拠点を分散させている。……そして、もう一つ」

 彼は、一度言葉を切ると、確信を持って続けた。

「……それぞれの土地が持つ、地理的、産業的特性を、機術研究に活かすため、です。例えば、広大な土地を持つ北海道の札幌校では、天候操作のような、大規模な環境制御機術の研究が進んでいるはず。工業地帯が近い大阪校や名古屋校では、ロボティクスや物質変換といった、産業応用に近い研究が。そして、国際的な玄関口である福岡校では、海洋機術や、あるいは海外からのサイバー攻撃を防ぐための、特殊な防衛機術が……」

「……そこまで分かっていれば、十分すぎるくらいよ」

 先生は、彼の完璧な回答を、満足げに遮った。

「そう。それぞれの学園は、単なる支部じゃない。東都本部とは違う、独自の文化と、誇りを持った、独立した研究機関なのよ。だから、専門的な分野を極めたい生徒は、わざわざ東京から地方の学園に進学することもあるくらい」

 僕たちは、初めて知る学園の全体像に、ただ圧倒されていた。

 僕たちがいるこの場所は、ただの学校なんかじゃない。

 過去の悲劇を乗り越え、未来を正しく導くために、日本という国が、その叡智の全てを結集して作り上げた、巨大な『要塞』であり、『研究室』であり、そして、『希望』そのものなのだ。

「……どうかしら。少しは、この学園で学ぶことの重みが、分かってきた?」

 先生の言葉は、僕たちの心に、深く、そして、確かな誇りを刻み込んだ。

 僕たちは、ただの戦闘員じゃない。

 賢人たちが築き上げた、この礎の上で、未来を担うために選ばれた、『賢者』の卵なのだ、と。

「さて……」

 美王先生は、そこで一度、区切りをつけるように、パン、と手を叩いた。

「学園のあらましは、こんなところかしらね。次の授業では、いよいよ、もっと根源的な話。そもそも『機術』って、どういう原理で発動しているのか……その歴史のルーツに、触れていきましょうか」

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