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#034 激突!心燃やし尽くせ♡

「――私が、この手で、めちゃくちゃにしてやるんだから……!」

 麗奈の絶叫が、正気を取り戻したばかりのショッピングモールに響き渡る。その憎悪に呼応するように、彼女が腕につけたブレスレット型のデバイスが、禍々しいほどの光を放った。

「麗奈……あなた、まさか!」

 ルナさんの警告も、もはや彼女の耳には届いていない。

「そうよ、ルナ! あんたがいなければ……あんたみたいな天才さえいなければ、私の努力は報われたはずなの!」

 麗奈は、僕たち三人を、そして特にルナさんを、心の底から憎々しげに睨みつける。

「もう、観客なんていらない! 私には、もっと忠実で、もっと私だけを見てくれる、最高のファンがいるんだから! ――おいでなさい! 『虚飾の軍勢マテリアル・ファンクラブ』!」

 彼女が高らかに宣言すると、ステージ上の照明トラスやスピーカー、鉄骨といった無機物が、まるで生きているかのように蠢き始めた。特殊な光のエネルギーがそれらをコーティングし、歪な人型のシルエットを形作っていく。

 一体、二体……瞬く間に、十数体の鉄骨ゴーレムが、僕たちの前に立ちはだかった。

 それだけではなかった。

 麗奈の力はステージを飛び出し、ショッピングモールのフロア全体へと及んでいた。

 近くのアパレルショップに飾られていたマネキンたちが、ぎこちない動きで歩き出し、ショーウィンドウを突き破ってこちらへ向かってくる。カフェテリアの椅子やテーブルが、がたがたと音を立てて集結し、巨大な多脚の怪物のような姿へと組み上がっていく。

「ふふ……あはははは! どう、ルナ! これが、私の親衛隊よ! 私だけを信じ、私だけのために戦ってくれる、完璧なファンクラブなの!」

 狂ったように高笑いする麗奈。ショッピングモールは、一瞬にして、彼女の歪んだ自己顕示欲が生み出した、悪夢のテーマパークへと変貌した。

「――ここは、ハルくんと杏那に任せましょう!」

 その混乱の中、美王先生の冷静な声が響いた。

「あたしたちは、お客さんたちの避難を誘導するわよ! 真角くん! 慧理ちゃん! 行くわよ!」

『はい!』

 美王先生は、真角くんと襟間先輩と共に、パニックに陥る客たちの避難誘導を開始する。それが、今、大人である彼女がすべき、最優先事項だった。

 残されたのは、僕と杏那さん、そして、ルナさん。僕たちは、背中合わせに立ち、周囲を取り囲む無機物の軍勢を睨みつけた。

「ルナさん、危ない! 先に逃げてください!」

 僕が叫ぶと、彼女は、きっぱりと首を横に振った。

「嫌だよ。逃げない」

 その瞳には、恐怖の色など微塵もなかった。ただ、トップアイドルとしての、揺るぎない誇りと、仲間への信頼だけが宿っていた。

「二人が、戦ってるんだもの。私も、戦う。私にだって、この日のために特訓してきた、ダンスの腕前があるんだから!」

 彼女は、マイクを強く握りしめると、麗奈に向かって、挑発的に言い放った。

「さあ、来なさいよ、麗奈! 私が、憎いんでしょ! だったら、そのお人形さん遊びじゃなくて、私だけを、狙って来なさいよ!」

「くっ……! この……! 思い上がるのも、大概にしなさいよォォォッ!」

 ルナさんの挑発は、完璧に麗奈のプライドを逆撫でした。彼女の意識が、僕たち二人から、ルナさん一人へと集中する。

 一体の鉄骨ゴーレムが、巨大な腕を振り上げ、ルナさんへと襲いかかる。

「――遅い!」

 ルナさんは、それを、まるでダンスを踊るかのような、華麗なステップで回避する。サイドステップ、ターン、スピン。僕たちが血の滲むようなレッスンで叩き込まれた、その動きの一つ一つが、今、完璧な回避行動として機能していた。

 彼女は、戦えない。だが、誰よりも、ステージの上での立ち振る舞いを知っていた。

 彼女が、最高の囮として、敵の注意を引きつけてくれている。

 この好機を、僕たちが見逃すはずはなかった。

「――杏那さん!」

「――ええ!」

 僕たちの意思は、言葉を交わすまでもなく、一つになっていた。

「メイド・アップ!」

「ゴシック・メイド!」

 掛け声とともに、僕はメイド服、杏那さんはゴスロリに変貌する。

「その姿は……そう、それが二人の本番衣装なのね。二人とも!思う存分このステージで輝きなさい!」

 ルナさんが僕たちを見て発破をかけてくれる。それならば、負けるわけにはいかない!

「そこですわ! 『ヘヴィ・アンクレット』!」

 ルナさんを追うゴーレムやマネキンたちの足元に、杏那さんの重力操作が炸裂する。動きを封じられ、一瞬だけ、その巨大な身体が静止した。

 その一瞬があれば、僕には十分だった。

「――終わりだッ!」

 僕は、ルナさんが作り出してくれた隙間を、最短距離で駆け抜ける。狙うはただ一点。全ての元凶である、麗奈が腕につけた、ブレスレット型のデバイス。以前、滑川くんと戦った時は、彼の体を傷つけることでしか止めることが出来なかった。でも、今の僕はそれより成長している。今なら、彼女の体を傷つけることなく……!

「なっ……! 来るなァッ!」

 麗奈が、僕の接近に気づき、悲鳴を上げる。彼女を守ろうと、周囲のゴーレムたちが腕を伸ばす。

「――行かせませんわ!」

 杏那さんの追撃の重力操作が、その腕を地面に縫い止める。

 そして、僕の手に握られた『双極』の刃が、夕暮れの空気を切り裂いた。

 僕の動きは、もう、ただの少年のものではない。レッスンで培った、アイドルのようにしなやかで、そして、戦士のように鋭い動き。

 磁力で加速させた刃が、寸分の狂いもなく、麗奈の腕のデバイスだけを、的確に断ち切った。

 パリン、と。

 ガラスが砕けるような、小さな音が響く。

 その瞬間、麗奈を、そして、ショッピングモール全体を支配していた禍々しい光が、嘘のように消え失せた。

 動きを止めたゴーレムやマネキンたちが、がしゃん、がしゃんと、ただの無機物のガラクタへと戻っていく。

 そして、全ての力を失った麗奈は、糸が切れた人形のように、その場に、静かに崩れ落ちた。

 ステージの上には、息を切らした僕たち三人が立っていた。

 一人が囮となり、一人が動きを封じ、そして、一人がとどめを刺す。

 それは、まるで計算され尽くした、ライブパフォーマンスのような、完璧なチームワーク。

 僕たち『アステリズム』の、本当の輝きが、偽りの喝采を打ち破った、勝利の瞬間だった。


 あの嵐のようなショッピングモールでのライブバトルから更に暫くが経ち、僕たちの、本当の初ライブが、ついにその日を迎えた。チケットは、あの事件が逆に宣伝になったのか、即日完売したらしい。

「――聴いてください! 私たちのデビュー曲、『Starlight Dreamer』!」

 ルナさんのシャウトを合図に、僕たち『アステリズム』の、最初で、そして最後のステージが幕を開けた。

 まばゆいスポットライト、地鳴りのような歓声。以前とは全く違う、本物の熱気が、僕の身体を包み込む。

 緊張で震えそうになる足を、ぐっと踏ん張る。隣を見れば、杏那さんとルナさんが、最高の笑顔で僕に頷き返してくれた。

 もう、僕たちは、迷わない。

 僕たちは、僕たちだけの輝きを、このステージの上で、全力で解き放った。

 歌い、踊り、笑い合う。

 三人の心が、歌声が、ダンスが、完璧に一つになる。

 それは、あの日、たった三人で戦い抜いた、あの瞬間の再現のようだった。

 僕たちのパフォーマンスに、会場のボルテージは最高潮に達し、ライブは大成功のうちに、その幕を閉じた。

 ライブの終演後、楽屋で僕たちが達成感に浸っていると、そこに、一人の見慣れない……いや、見慣れた少女が、訪ねてきた。

「……麗奈」

 ルナさんが、静かにその名を呼ぶ。そこにいたのは、ステージ衣装ではない、普通の私服姿の、麗奈だった。彼女はデバイスの力に飲み込まれていただけ、ということで、数ヶ月の謹慎処分で今回の事件の責任を済まされたらしいとのことだった。

 彼女は、僕たちの前に立つと、深々と、本当に深く、頭を下げた。

「……ごめんなさい。私、本当に、馬鹿なことをしました」

 彼女は、顔を上げると、真っ直ぐな瞳で、ルナさんを見つめた。

「……今日のライブ、良かったよ、ルナ。あんたは、やっぱり、本物だった」

 その言葉には、もう、嫉妬の色はなかった。ただ、純粋な、ライバルへの賞賛だけがあった。

「でも、私は、絶対に諦めない。この謹慎中に、もっともっと、死ぬ気で努力して、あんたに追いついてみせる。ううん、追い越してみせるから」

 その挑戦的な言葉に、ルナさんは、初めて、心の底から嬉しそうな、満面の笑みを浮かべた。

「――待ってるよ、麗奈」

 固い握手を交わす、二人のライバル。僕たちの、この一夏のアイドル物語は、こうして、最高の大団円を迎えたのだった。


 ……と、綺麗に終わりたいところだったのだが。

 後日。機術研究部の部室で、僕は杏那さんと共に、恐る恐る、ネットの海を漂っていた。目的は、もちろん、僕たちのユニット『アステリズム』の評判の調査だ。

「……すごいことになっていますわね、晴人さん」

「う、うん……」

 僕たちの予想以上に、『アステリズム』は、ネット上で一種の伝説と化していた。

 一夜限りで解散した、幻のユニット。そのあまりに完成されたパフォーマンスと、メンバーの可愛らしさが、口コミで爆発的に広まっていたのだ。

 特に、その中でも、一人のメンバーが、異常なほどの熱狂を巻き起こしていた。

『アステリズムの黒髪ロングの子、誰!? 天使かよ!』

『MV見たけど、俺、ハルちゃんに一目惚れした。めちゃくちゃタイプ。彼女に、いや、嫁にしたい』

『分かる。あのはにかんだ笑顔、守ってあげたくなるよな』

『わかる』

『わかる』

 ……その、『ハルちゃん』とは、紛れもなく、僕のことである。

 画面の向こうで、僕の秘密など知る由もなく、僕への愛を語り、熱に浮かされている、ちょっぴり哀れなファンたち。その存在に、僕は嬉しいやら、申し訳ないやら、複雑な気持ちで、ただ乾いた笑いを浮かべることしかできなかった。

「……まあ、仕方ありませんわ。あなたの可愛さは、性別すら超越するということですもの」

 杏那さんが、なぜか得意げに胸を張る。

「それより、晴人さん。こちらのトレンドも、ご覧になって?」

 彼女が指し示した、SNSのトレンド欄。そこには、『#アステリズム』のハッシュタグに混じって、一つ、見慣れない、しかし、嫌な予感しかしない言葉がランクインしていた。

『#Lカップグラドル』

「……まさか」

 僕の背中に、冷たい汗が伝う。

 恐る恐る、そのハッシュタグをタップする。

 そこに表示されたのは、僕の、そして、人類の予想を、遥かに超えた光景だった。

『新人グラドル・MIOちゃん、衝撃のデビュー!』

『脅威のLカップ! 令和の爆乳女王、爆誕!』

 画面に映し出されていたのは、ハイレグのきわどいビキニや、身体のラインが丸わかりの競泳水着といった、ドスケベな衣装に身を包み、悩ましげなポーズを決める、一人の女性。

 その顔には、見覚えがありすぎた。

「――あら〜? 見つかっちゃった♡ 人気になりすぎちゃったみたいで、困っちゃうわねぇ♡」

 背後から、ぬるり、と。甘い香りと共に、柔らかな感触が、僕の身体を包み込む。

 美王先生が、いつの間にか、僕の後ろに立っていた。

 彼女は、悪びれる様子もなく、自分のグラビア画像が並ぶスマホの画面を、うっとりと眺めている。

 その画像のコメント欄には、僕たちのファンサイトとは、全く質の違う、欲望にまみれた言葉の嵐が吹き荒れていた。

『MIO様……今夜のおかずは、あなたに決めました……』

『ありがとうございます……本当に、ありがとうございます……!』

 欲望と感謝の渦巻く、下劣な言葉の洪水と、それを満足げに眺める先生、そして、全てを理解して引き攣った笑みを浮かべる僕。

 ……僕の平穏な日常は、一体、どこへ行ってしまったのだろうか。

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