#031 衝撃!男の娘アイドル♡
美王先生と杏那さんにメイドとしてご奉仕する生活が始まってからそんなに遠くない、ある休日のこと。僕は、日本の若者文化の最前線――原宿の竹下通りにいた。
「ほらハルくん、ここのクレープ、新作のタピオカが乗ってて美味しそうよ〜♡」
「晴人さん、あちらのショップ、可愛いお洋服が沢山ありますわ。どれが似合うでしょうか……」
僕の両腕は、美王先生と、杏那さんにがっちりと組まれていた。期末試験の打ち上げ、という名目で、半ば強制的に連れ出されたのだ。当然のように、僕の服装は『メタモフォシス・ギア』による、完璧な美少女姿である。
「二人とも、目立ちすぎですよ……!」
道行く人々が、振り返り、スマホを向けてくる。それもそのはずだ。ダイナマイトボディの妖艶な美女と、完璧なお嬢様スタイルのドリルツインテール美少女。それに挟まれている僕も、我ながら、街のどんな女の子にも負けないくらいの美少女に仕上がっている。この三人が揃えば、目立たない方が無理というものだ。
僕が人々の視線に耐えきれず、俯き加減に歩いていた、その時だった。
突如、僕の目の前に、サングラスをかけた、いかにも業界人といった雰囲気の男性が立ちはだかった。
「……いた」
男性は、僕の顔をじっと見つめると、確信に満ちた声で呟いた。
「間違いない。君こそが、新時代を創る、奇跡の原石だ!」
「……へ?」
僕が間抜けな声を出すと、男性は興奮した様子で、僕の肩をがしりと掴んだ。
「僕は、大手芸能事務所『スターダスト・プロモーション』でプロデューサーをしている、黒岩という者だ! 君! アイドルにならないか!?」
「あ、あいどる!?」
予想外すぎる申し出に、僕の思考は完全に停止する。無理だ無理だ! 僕、男だし!
「い、いえ、僕はそういうのは……!」
僕が慌てて断ろうとすると、その言葉を遮るように、二つの声が僕の背中を押した。
「あら、いいじゃない〜♡」
美王先生が、面白そうに僕の耳元で囁く。
「あたしも、ハルくんのアイドル姿、見てみたいな〜♡ 歌って踊る可愛いハルくん……ふふ、最高の研究データが取れそうだわ」
「そうですわね。晴人さんなら、きっとトップアイドルにもなれるでしょう。私が保証しますわ」
杏那さんも、悪戯っぽく微笑みながら、僕を焚きつける。
「いや、でも、本当に無理ですから!」
僕が必死に抵抗していると、黒岩と名乗るプロデューサーは、少し困ったように、しかし諦め悪く食い下がってきた。
「そこをなんとか! 一日、体験入所だけでもいい! 君の才能は、絶対に埋もれさせてはいけないんだ!」
「……ふむ」
僕がどうしても首を縦に振らないのを見て、杏那さんが、ふと何かを思いついたように、ポンと手を打った。
「――それでしたら、わたくしも一緒に、アイドルになりますわ」
「……はい?」
今度、間抜けな声を上げたのは、僕と黒岩さんだった。
「わたくしも、晴人さんと一緒なら、アイドルのレッスンを受けてもよろしくてよ。……それなら、いいでしょう? 晴人さん」
にっこりと、完璧な淑女の笑みを浮かべる杏那さん。だが、その瞳の奥は、明らかに「断るという選択肢はありませんわよね?」と語っていた。
ここまで言われてしまっては、僕に断る術など、もはや残されていない。
「……わ、分かりました……」
僕が力なく頷くと、黒岩さんは「やったー!」と歓喜の声を上げた。
話はトントン拍子に進み、僕たちは、そのまま黒岩さんの運転する車で、都内にあるという芸能事務所のレッスンスタジオへと向かうことになった。
ちなみに、道中、黒岩さんとは別のスカウトマンが、今度は美王先生に声をかけてくるという一幕もあった。
「ぜひうちでグラビアモデルをやりませんか!? その完璧なプロポーション、必ずや世の男性を虜にできます!」
「あらやだ〜、グラビアねぇ……悪くないかも♡」
満更でもない様子の美王先生。この人も、大概目立ちたがり屋なのだ。
数十分後、僕たちが案内されたのは、ガラス張りの壁に囲まれた、広大なダンススタジオだった。中では、すでに何人かの少女たちが、真剣な表情でストレッチをしている。皆、僕と同じくらいの年頃だろうか。その誰もが、アイドル候補生というだけあって、息を呑むほど可愛かった。
「さあ、二人とも、まずはこのレッスン着に着替えてくれたまえ!」
黒岩さんから渡されたのは、身体のラインがはっきりと分かる、Tシャツとスパッツだった。
更衣室で、僕は自分の姿を鏡で見て、改めて思う。どう見ても、スタイル抜群の美少女にしか見えない。
「あはは……」という、苦笑いしか起きなかった。
一方、隣で着替えた杏那さんは、さすがと言うべきか、どんな服を着ても完璧に着こなしていた。むしろ、普段のドレス姿よりも、その豊満な身体のラインが強調されて、目のやり場に困るほどだった。
僕と杏那さんがスタジオに戻ると、そこには、ひときわ強いオーラを放つ、一人の少女がいた。黒髪のショートカットが似合う、クールな印象の美少女。周りのスタッフに聞いてみたところ、彼女こそ、この事務所の若手トップアイドル、夜月原ルナだという。
「……新入り? ふん、顔はまあまあ、ね」
ルナさんは、僕たちを値踏みするように一瞥すると、興味なさそうにそっぽを向いた。
ボイストレーニング、ダンスレッスン。生まれて初めて体験するアイドルの世界は、僕の想像を絶するほど、過酷だった。腹から声を出す、という基本すらできず、ダンスのステップは、手と足が一緒に出てしまう始末。
「だ、ダメだ……僕には、才能なんて……」
床にへたり込む僕に、杏那さんが優しくタオルを差し出してくれた。彼女は、さすがと言うべきか、どんなレッスンも完璧にこなしている。
「弱音を吐くのは早いですわよ、晴人さん。あなたには、私がついておりますから」
その言葉に、僕は少しだけ、勇気をもらう。
不思議なことに、僕のそのひたむきな、そしてあまりに不器用な姿は、当初僕たちを冷ややかに見ていた、他の候補生たちの心を動かしたようだった。
「ねぇ、そこのステップ、こうやるんだよ」
「もっと、腰から動かすイメージで!」
彼女たちは、代わる代わる、僕にダンスを教えてくれる。
そして、あのトップアイドルのルナさんまでもが、僕の自主練習に、いつの間にか付き合ってくれるようになっていた。
「……あんた、見てるとイライラする。でも、その目は嫌いじゃない」
ぶっきらぼうにそう言う彼女の横顔が、少しだけ、赤く染まっているように見えたのは、きっと気のせいではないだろう。
「……晴人さん、少し、彼女と距離が近くありませんこと?」
僕の隣で、杏那さんが、絶対零度の笑みを浮かべていた。
「そ、そうかな~……」と、僕はごまかすことしかできなかった。




