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#026 女神の囁きは絶対命令♡

 アーク・リベリオンとの激闘が、まるで遠い昔のことのように感じられる。学園を包んでいた緊張の空気はすっかりと和らぎ、生徒たちの話題は、間近に迫った夏休みの計画一色に染まっていた。

 僕も、ようやく肩の力を抜き、一人の学生としての平穏な日常を満喫していた。授業が終われば、機術研究部の仲間たちと他愛のない話で笑い合い、時には物理の補習で杏那さんや真角くんに呆れられながらも、その日々は、僕がずっと憧れていた普通の高校生活そのものだった。

 戦いのない日常。誰の命も脅かされない、穏やかな時間。

 この幸せが、ずっと続けばいいな。

 そんなことを考えながら、自室のベッドに寝転がり、天井をぼんやりと眺めていた、ある日の午後。

 ピンポーン、と。

 唐突に、僕の部屋のインターホンが鳴った。来客の予定はない。杏那さんなら、いつもノックもなしに入ってくるはずだ。不思議に思いながらドアを開けると、そこに立っていたのは、僕の日常を根底から引っ掻き回す、悪魔のような……いや、女神のような、魅惑的な笑顔だった。

「やっほー、晴人くん。いるー?」

 白衣を翻し、豊満な身体のラインを惜しげもなく強調しながら、そこにいたのは、僕たちの顧問、美王零音先生だった。

「み、美王先生!? どうしてここに……」

 彼女は、僕の疑問には全く答える気がないらしく、妖艶な笑みを浮かべたまま、ずかずかと部屋に上がり込んできた。そして、僕のベッドにどっかりと、その巨大なお尻を深々とめり込ませて腰掛けると、とんでもない爆弾を、あっけらかんとした口調で投下したのだ。

「――突然ですが、晴人くんには、今日からあたしの専属メイドになってもらおうと思いま~す♡」

「……………………え?」

 僕の思考は、完全に停止した。

 メイド? 僕が? 先生の?

 混乱する僕の頭の中を、彼女の言葉が、エコーのようにぐるぐると回り続ける。

「い、いや、意味が分かりません! なんで急にそんなことに!?」

 僕が慌てて問い詰めると、彼女は「えー? 分かんないかなぁ?」と、心底不思議そうに小首を傾げた。

「だって、晴人くんがこの学園に入学できた、最初の条件を思い出してみて? 『あたしの研究に協力すること』、でしょ?」

「そ、それは、そうですけど……! それは、あくまで戦闘時のデータ収集とか、そういう話じゃ……!」

「ううん、違うわよ? あたしの研究っていうのは、『メタモフォシス・ギア』が、適合者の日常生活に、どれだけの影響を与えるか、っていうのも含まれてるの。つまり――」

 彼女は、にんまりと、実に楽しそうな、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべた。

「戦闘時以外でも、ずーっと、あの可愛いメイド服を着て、あたしのお世話をしてもらう、っていうのが、本当の契約内容だったってわけ♡」

「なっ……!?」

 そんな話、聞いてない!

 確かに、あの時、僕は「先生の研究に協力する」と、漠然とした約束はした。だが、それが、四六時中女装して、先生の身の回りのお世話をするなんていう、とんでもない話だったとは!

「そ、そんなの、無茶苦茶です! 流石に、日常生活まで……!」

「まあまあ、落ち着きなさいって。流石に、あたしも鬼じゃないわよ? 流石に入学したての頃は、晴人くんも学園に慣れなきゃだったし、それに、アーク・リベリオンとかいう、面倒な連中との戦いで、それどころじゃなかったでしょ?」

 彼女は、まるで僕の事情を全て理解しているかのように、優しく語りかける。だが、その瞳の奥は、全く笑っていなかった。

「――でも、その戦いも、もう一段落した。晴人くんも、すっかり学園に馴染んで、お友達もたくさんできた。……違う?」

 そうだ。その通りだ。

 僕はもう、ただ流されるだけの、無力な少年ではない。

 だからこそ。

「……だから♡」

 彼女の笑顔が、最高に輝いた。

 それは、獲物がかかるのを、ずっと、ずっと、辛抱強く待ち続けていた、獰猛な肉食獣の笑みだった。

「……美王先生の、強権を、発動した……ってこと、ですか」

 僕が、か細い声で尋ねる。

「そゆこと♡」

「ちなみに……拒否権は」

 彼女は、僕の顔をじっと見つめると、そのグラマラスな身体を僕に寄せ、耳元で、甘く、そして、決して抗うことのできない声で、囁いた。

「――ありませ~ん♡」

 絶望的な宣告。

 だが、僕は、最後の抵抗を試みた。

「ま、待ってください! もし、僕がどうしても嫌だって言ったら……!」

「うん、まあ、拒否してもいいけど?その時は――ま、とんでもないことが、待ってると思いなさいな?」

 彼女は、あっさりとそう言った。そして、僕から少し身を離すと、慈母のような、それでいて、悪魔のような、底知れない笑みを浮かべた...

「……考える時間は、あげるから、ねぇ♡」

 悪戯っぽく片目をつむり、美王先生はそれだけを言い残すと、僕の返事を待つこともなく、鼻歌交じりに部屋を出て行った。残された僕は、ドアが閉まる音を聞きながら、その場にへたり込むことしかできなかった。

 とんでもないこと、とは一体何なのか。想像もつかないが、あの人のことだ。きっと、僕のちっぽけなプライドなど、木っ端微塵に砕いてくれるような、恐ろしい仕打ちが待っているに違いない。

 去り際に投げかけられた、甘い声が耳に残る。

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