#025 少年達が見る黎明の空
「――ここからが、本当の反撃ですわよ」
玖代会長のその言葉を合図に、僕たちの戦いは、新たな局面を迎えた。
もう、僕たちの心に迷いはない。目の前の二人の先輩のように、誰かを守るための「本物の強さ」を手に入れる。その一心で、僕と怜士くんは、天樹錬が操る絶望の具現に立ち向かった。
「怜士くん、右翼の瓦礫を! 僕が左翼をやる!」
「おう!」
僕たちは、もはや精神攻撃に怯まない。過去の傷は、乗り越えるべき壁であって、囚われるための鎖ではない。その覚悟が、僕たちの機術の精度を、一段階上へと引き上げていた。
僕の『双極』が、瓦礫の腕の関節部を的確に穿ち、その動きを止める。
怜士くんの加速したレイピアが、もう一方の腕の動力源と思わしき部分を、一閃のもとに切り裂く。
僕たちが道を切り開いたその先に、二人の最強の先輩が、満を持して躍り出た。
「――おしゃべりは、そこまでよ。預言者様。私たちの未来を、あんたの歪んだ感傷で、これ以上汚させるわけにはいかないのよ!」
肆谷副会長が、床を蹴る。その一歩は、城全体を揺るがすほどの破壊力を秘めていた。
「 一刀両断!」
放たれたのは、全ての絶望を断ち切る、純粋なまでの正義の一撃。
天樹錬は、最後の力で、ホテルの残骸全てを盾として、その身を守ろうとする。だがそれを阻んだのは、もう一人の、機術学園東都本部の頂点に立つ者。
「あなたのその痛み、そして罪は、私たちが、この社会が、これから時間をかけて背負っていきます」
そして彼女が放った水の龍が、その盾をいとも容易く貫いた。
「だからもう、お眠りなさい。激流動!」
玖代会長が放ったのは、破壊の奔流ではない。全てを洗い流し、浄化へと導く、慈愛に満ちた大河。
水の龍は、瓦礫の盾を優しく包み込み、その勢いを殺すと、無防備になった天樹錬の身体を、そっと絡め取った。
「……あぁ」
水の奔流に抱かれながら、天樹錬は、空を見上げた。
その瞳から、いつの間にか、狂信的な光は消えていた。
ただ、全てを失い、疲れ果てた、一人の青年の顔が、そこにあった。
「……そっか。これが……僕の、欲しかったもの、だったのかな……」
誰にも理解されず、一人で抱え込んできた絶望。それを、力でねじ伏せるのではなく、ただ、静かに受け止めてくれる存在。
彼は、生まれて初めて、それに出会えたのかもしれない。
彼は、静かに目を閉じると、そのまま、意識を手放した。
戦いは、終わった。
アーク・リベリオンのリーダー、天樹錬は、僕たちの手によって捕らえられた。彼が使っていた『ブレインリンクシステム』のプロトタイプと、残された『マス・デバイス』も、全て美王先生の研究所で厳重に保管されることになった。
施設へと移送されていく天樹錬に、僕たちは面会する機会を得た。
ガラス越しの彼は、驚くほど穏やかな顔をしていた。
「……君たちに、一つだけ、伝えておくことがある」
彼は、静かに語り始めた。
「僕が使っていた、あの『マス・デバイス』。あれは、僕が作ったものじゃない。闇市場……裏のルートを通じて、ある組織から手に入れたものだ。そして、この『ブレインリンクシステム』も、僕が持っていたのは、あくまで試作品の一つに過ぎない」
彼の言葉に、僕たちは息を呑んだ。
「その組織……言わば『死の武器商人』は、今もどこかで、あのデバイスを売りさばいている。そして、『ブレインリンクシステム』の完成品も、今日もどこかで、誰かの心の闇を覗き込んでいるはずだ。僕が使っていたものよりも、もっと優秀で、高性能なものが、ね」
僕たちの脳裏に、あの忌まわしい事件の数々が蘇る。滑川くん、野村くん、そして、かつての怜士くん。彼らのような悲劇は、まだ、終わってはいないのだ。
「完成品のセキュリティは、プロトタイプとは比べ物にならないほど強固だろう。君たちの力を持ってしても、今度は、なかなかその所在を突き止めることはできないかもしれないね」
彼は、そこで一度言葉を切ると、僕たちの顔を、一人ひとり、じっと見つめた。
そして、最後に、ふっと、穏やかな笑みを浮かべた。
「……君たちの、健闘を祈るよ」
その言葉を残し、彼は職員に連れられて、その場を後にしていく。
その背中は、もう、偽りの王のものではなかった。ただ、自らの罪と向き合い、これから長い時間をかけて、それを償っていこうとする、一人の人間の背中だった。
僕たちは、彼の最後の言葉を、胸の中で反芻する。
一つの戦いは、終わった。
だが、それは、本当の悪の、ほんの尻尾を掴んだに過ぎなかったのかもしれない。
世界には、まだ、僕たちの知らない闇が、深く、広く、根を張っている。
それでも。
僕は、隣に立つ仲間たちの顔を見回した。
絶望的な現実を前にしても、誰一人、下を向いている者はいなかった。
むしろ、その瞳には、次なる戦いへの、新たな決意の炎が宿っている。
そうだ。僕たちは、もう一人じゃない。
どんなに深い闇が待ち受けていようと、この仲間たちと一緒なら、きっと乗り越えていける。
僕たちの、本当の戦いは、まだ始まったばかりなのだから。
天樹錬との決戦から、数日が過ぎた。
偽りの預言者を失ったアーク・リベリオンは、僕たちが危惧したよりも遥かにあっけなく、砂の城のように崩れ去った。心の支えを失った信者たちは、そのほとんどが戦意を喪失し、デバイスを捨てて、それぞれの日常へと戻っていったらしい。
世界を震撼させた大規模なテロは、まるで悪夢だったかのように、その痕跡を消しつつあった。もちろん、天樹が残した不気味な予言は、僕たちの心の片隅に、小さな棘のように突き刺さったままだ。だが、今は、束の間の平和が訪れていた。
その日、僕は玖代会長と怜士くんと共に、再びあの機術犯罪者専用の更生施設を訪れていた。僕たちの手で、この場所に送ることになってしまった少年たちに、もう一度、会っておきたかったからだ。
ガラス越しの面会室に、まず現れたのは、滑川くんだった。以前会った時のような刺々しさは、彼の表情からはすっかり消え、どこか吹っ切れたような、穏やかな顔つきになっている。
「……よぉ。また来たのか、お前ら」
「うん。その後の様子が、気になって」
僕がそう言うと、彼は少し照れくさそうに頭を掻いた。
「……別に、どうってことねぇよ。毎日、カウンセリング受けさせられて、自分のクソみたいな過去と向き合わされてるだけだ。……でも、まぁ」
彼は、そこで一度言葉を切ると、少しだけ、誇らしげに胸を張った。
「最近、分かったんだ。俺が本当にしたかったのは、復讐なんかじゃなくて……ただ、誰かに『すごい』って、認めてもらいたかっただけなんだってな。……だから、今、勉強してんだ。まだ何になりたいかは決まってない。とにかく皆に認められるような仕事だ。ま、それが見つかるまでは暫定的に医者、ってことにしておこうかな」
その瞳には、もう、誰かに与えられた力にすがるような、弱さはなかった。自分の足で、未来を掴み取ろうとする、確かな意志の光が宿っていた。
次に現れた野村くんもまた、見違えるように変わっていた。彼は、施設内のプログラムで、園芸に夢中になっているらしい。
「見てくださいよ、これ」
彼は、嬉しそうに、一枚の写真を見せてくれた。そこに写っていたのは、彼が育てたという、色とりどりの小さな花が咲き誇る、ささやかな花壇だった。
「最初は、何もかもが嫌になって、土いじりなんて、って思ってたんです。でも、毎日水をやって、世話をしてたら……ちゃんと、綺麗な花が咲いてくれた。……なんだか、当たり前のことなんですけど、すごく、感動しちゃって」
彼は、少し恥ずかしそうに笑った。
「俺、ここを出たら、花屋になろうかなって。誰かを傷つける力じゃなくて、誰かの心を、少しでも明るくできるような、そういう仕事がしたいんです」
彼らの姿に、僕は胸が熱くなるのを感じた。
僕たちがしたことは、ただ彼らを力でねじ伏せただけだったのかもしれない。だが、その先に、彼らは自分自身の力で、新たな道を見つけ出そうとしていた。
僕たちの戦いは、決して、無駄ではなかったのだ。
施設からの帰り道、夕焼けに染まる空を見上げながら、僕は、隣を歩く玖代会長に尋ねた。
「会長は……すごいですね。あの時、彼らと対話するべきだって、言ってくれて」
「いいえ」
彼女は、静かに首を横に振った。
「本当にすごいのは、彼ら自身です。自分の過ちと向き合い、新たな一歩を踏み出す勇気を持った、彼らの強さですよ。……私は、そのきっかけを、ほんの少しだけ、お手伝いしたに過ぎません」
その言葉は、どこまでも謙虚で、そして、どこまでも優しかった。
そうだ。本当の強さとは、ただ敵を打ち倒す力のことだけを言うのではない。
誰かの心を救い、その未来を信じてあげる優しさ。それもまた、一つの、かけがえのない強さの形なのだ。
学園に戻ると、訓練場から、激しい金属音が響いてきた。覗いてみると、そこでは、肆谷副会長が、一人で模擬戦闘用のドローンを相手に、汗を流していた。
彼女の振るう大剣は、もはや芸術の域だった。一撃一撃が、洗練され尽くした、絶対的な破壊力と、寸分の狂いもない精度を両立させている。
彼女は、誰よりも強い。
だが、その強さの根源は、ただの才能ではない。
誰にも見えない場所で、誰よりも血の滲むような努力を、彼女は毎日、当たり前のように積み重ねているのだ。
その揺るぎない覚悟と、ひたむきな努力。それこそが、彼女の「絶対の正義」を支える、屋台骨なのだろう。
僕は、二人の先輩の姿を、心に焼き付けた。
全てを包み込む、玖代会長の『優しさ』という強さ。
全てを断ち切る、肆谷副会長の『覚悟』という強さ。
僕は、まだ、そのどちらにも遠く及ばない。
だけど。
「……僕も、いつか」
僕は、強く、拳を握りしめた。
僕も、いつか、あの人たちみたいに、強くなる。
仲間を、そして、僕の知らない誰かの笑顔を、確かに守れるくらい、強く。
夕焼けの光が、僕の顔を照らす。
僕の心には今、次なる戦いへの不安ではなく、自らの成長への、確かな希望の光が満ちていた。
嵐は過ぎ去った。
そして、その後に残された大地には、新しい花が、確かに芽吹こうとしている。
僕たちの戦いは、そして機術使いとしての人生は、まだ、始まったばかりだ。




