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#024 過去を破り未来へ

 作戦実行開始当日の夜。僕たちは、選抜された精鋭メンバーで、夜の闇へと飛び出した。

 現地へと向かう特殊車両の中、最終的な作戦の確認が行われる。

「敵の本拠地には、間違いなく多数の信者が警備として配置されているはずです」

 玖代会長が、施設の立体図をモニターに表示させながら説明する。

「彼らの目的は、あくまで『預言者』を守ること。我々がリーダーの元へたどり着く前に、全力で足止めに来るでしょう」

「……つまり、私たちが、その道を切り開けばいい、ということですわね」

 杏那さんが、静かに、しかし力強く言った。

「その通りだよ!」と、三鳥先輩も続く。「雑魚は私たちに任せて、晴人くんたちは、一気にボスのところまで行っちゃって!」

 作戦は、こうだ。

 本拠地の外周及び内部で待ち受けるであろう、多数の一般人機術使いたちを、杏那さん、真角くん、そして三鳥書記の三人が引き受ける。

 そして、彼らが稼いでくれた時間を使って、僕、七座晴人と、残間怜士くん、玖代静葉会長、そして、最強の切り札である肆谷龍弥副会長の四人が、リーダーである『預言者』が潜む、本丸へと攻め込む。

 月明かりだけが頼りの、暗い山道を進むこと、約一時間。

 僕たちの目の前に、巨大な廃ホテルのシルエットが、まるで亡霊のように浮かび上がった。

「……ここが」

 息を呑む僕たちの前に、案の定、無数の人影が立ちはだかる。彼らは、かつての滑川くんや野村くんと同じ、憎悪と狂信に満ちた瞳で、僕たちを睨みつけていた。

「――預言者様に、指一本触れさせるかァッ!」

 雄叫びと共に、色とりどりの、しかし殺意に満ちた機術の光が、闇夜を切り裂いた。

「――皆さん、行かせませんわよ!」

 杏那さんが、一歩前に出る。彼女が手を掲げると、信者たちの足元の地面が、まるで沼のようにその重さを増した。広範囲の敵の動きを、瞬時に封じ込める。

「足止めだけでは、芸がありませんね」

 続いて、真角くんが冷静に呟く。彼は、飛来する炎や氷の弾丸の軌道を、一瞬で計算し尽くす。

「ベクトルを変換します」

 彼の周囲の物理法則が、僅かに捻じ曲げられる。敵の攻撃は、全てあらぬ方向へと逸れていき、同士討ちを引き起こした。

「仕上げは、私に任せて!」

 最後に、三鳥書記が、満面の笑みで宙を舞う。

「みんなのその熱意は、もっと別のことに使って! 『安らぎのそよ風(ブリーズ・カレス)』!」

 彼女が作り出したのは、破壊の暴風ではない。心地よい眠りを誘う、特殊な音波を含んだ、優しい風。その風に撫でられた信者たちは、戦意を失い、次々とその場に崩れ落ち、安らかな寝息を立て始めた。

 重力で動きを封じ、物理法則で攻撃を無力化し、そして、風で心を眠らせる。

 三人の連携は、まさに鉄壁だった。

「――今だよ!」

 三鳥先輩の叫びを背に、僕たち四人は、がら空きになった敵陣を駆け抜ける。

「すごい……」

「ああ、あいつらに任せておけば、心配ないな」

 怜士くんと僕は、仲間たちの圧倒的な実力に舌を巻きながら、廃ホテルのエントランスへと突入した。

 だが、僕たちは知っていた。

 本当の戦いは、ここからだということを。

 偽りの預言者が待つ、最上階へ。

 僕たち四人は、最後の戦いを終わらせるため、闇に包まれた砂の城の、その心臓部へと、突き進んでいく。

 廃墟と化したリゾートホテルの最上階。かつては豪華なシャンデリアが吊るされていたであろうその大広間で、僕たち四人は、ついに『預言者』と対峙していた。

 そこにいたのは、玉座にふんぞり返った王でも、神々しい衣をまとった教祖でもなかった。

 ただ、古びたパーカーを着た、一人の痩身の青年――天樹錬あまぎれんが、静かに僕たちを見つめているだけだった。その色素の薄い瞳には、深い絶望と、それを覆い隠すほどの、狂信的な光が宿っていた。

「……よく来たね。僕の『箱舟』へ」

 彼の声は、穏やかだった。だが、その声が響いた瞬間、広間全体の壁や床が、まるで生き物のように蠢き始める。ここは、彼の城。彼が支配する、絶望の王国。

「問答は不要です。天樹錬。あなたの独善的な理想のために、これ以上、誰一人として傷つけさせはしません」

 玖代会長が、静かに、しかし絶対的な意志を込めて告げる。彼女の手には、凝縮された水の剣が握られていた。

「理想、か。そうだね。僕は、ただ、誰も泣かない世界を作りたかっただけなんだ。……でも、この世界は、優しさだけじゃ、何も救えやしないんだよ」

 彼の瞳に、過去の絶望がよぎる。次の瞬間、彼の背後から、無数の『嘆きの亡霊』――信者たちの絶望を具現化したエネルギー体が、甲高い叫び声を上げながら僕たちに襲いかかってきた。

「こいつらは……!」

「俺たちと同じ、見捨てられた者たちの魂かよ!」

 怜士くんと僕は、咄嗟にそれぞれの武器を構える。

「晴人さん、怜士さん! 気を確かに! あれは精神に干渉してきます!」

 杏那さんの警告通り、亡霊に触れられそうになるたびに、僕の脳裏にも、過去の辛い記憶――田舎で馬鹿にされた日々の辛い過去や絶望が、フラッシュバックする。

「くっ……!」

「この……!」

 僕と怜士くんは、精神的な動揺から、思うように力を発揮できない。亡霊たちの猛攻に、ただ防戦一方に追い込まれていく。

 だが、二人だけ。この精神攻撃が、全く通用しない者たちがいた。

「――下がりなさい、二人とも」

 僕たちの前に、二つの頼もしい背中が立つ。玖代静葉会長と、肆谷龍弥副会長。

「……くだらない」

 肆谷副会長は、殺到する亡霊たちを、まるでゴミでも見るかのような目で見据えた。

「過去の傷に酔い、前に進むことをやめた亡霊が……。私の覚悟の、一端にでも触れられると思うなッ!」

 彼女が放ったのは、機術ではない。ただ、純粋なまでの、魂の咆哮。

 その圧倒的な意志の力は、物理的な衝撃波となって、亡霊たちをなぎ払った。

「私の信じる正義は、過去の絶望ではなく、未来の笑顔のためにあります。あなたの後ろ向きな力では、私を止めることはできませんわ。――『蒼龍双そうりゅうそう』!」

 玖代会長の手から、二体の巨大な水の龍が解き放たれる。その龍は、残った亡霊たちを優しく包み込むと、まるで魂を浄化するかのように、光の粒子へと変えていった。

 精神攻撃が全く通用しない二人を前に、天樹錬の表情が、初めてわずかに歪んだ。

「……そうだね。君たちみたいな『強い』人間には、僕たちの痛みなんて、分かりっこないんだろうな」

 彼は、ゆっくりと立ち上がった。

「なら……この城の痛みも、味わってもらうとしようか」

 彼が両手を広げると、ホテル全体が激しく震動し、天井や壁が、巨大な瓦礫の腕となって、僕たちを押し潰さんと迫ってくる。

「疾風迅雷!」

 肆谷副会長が、その巨腕の一つに真正面から突貫し、大剣の一撃で粉々に砕き散らす。

水天宝蓋すいてんほうがい!」

 玖代会長が、僕たち全員を覆う、絶対的な水の防御結界を展開し、降り注ぐ瓦礫の雨を防ぎきる。

 その光景を、僕と怜士くんは、ただ呆然と見つめることしかできなかった。

 僕たちは、精神攻撃に動揺し、満足に戦うことすらできなかったというのに。

 この二人は、どんな絶望的な状況でも、決して揺るがない。

 その強さの根源は、一体、どこにあるのだろう。

「……すごい」

 怜士くんが、畏敬の念を込めて呟いた。

「ただ、強いだけじゃねぇ。あの人たちは、背負ってるものの重さが、俺たちとは違いすぎる……」

 そうだ。

 肆谷副会長は、この世の全ての善人を背負っている。

 玖代会長は、この世の全ての悲しみを背負っている。

 彼女たちは、自分のためだけに戦っているのではない。だから、強いのだ。

 どんな絶望にも、決して屈しない、本物の強さを、その身に宿しているのだ。

「……俺も」

 僕は、知らず知らずのうちに、口にしていた。

「俺も、あんな風に、強くなりたい……!」

 誰かを守るために、自分の全てを懸けられる、そんな本物の強さを、この手に。

 僕の言葉に、隣にいた怜士くんも、力強く頷いた。

「ああ……。俺もだ。もう、誰かに与えられた力に、溺れるのはごめんだ。俺自身の力で、あの人たちみたいに、誰かを守れるくらい、強くなってやる……!」

 僕と怜士くんの心に、新たな、そして、確かな目標が生まれた瞬間だった。

 僕たちは、互いの顔を見合わせ、頷き合うと、それぞれのデバイスを、再び強く握りしめた。

「会長! 副会長! 僕たちにも、手伝わせてください!」

 僕たちの瞳に宿った、新たな決意の光。

 それに気づいた二人の先輩は、一瞬だけ、僕たちの方を振り返ると、不敵に、そして、どこか嬉しそうに、微笑んだ。

「――ようやく、お目覚めかしら」

「――ええ。ここからが、本当の反撃ですわよ」

 偽りの王が支配する、砂の城の頂で。

 僕たちの、本当の力が、今、試されようとしていた。

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