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#022 箱舟の設計図

 お母さんと話をしてから数日が経ってのこと。敵組織から奪ってきた貴重な資料の解析を終えたという美王先生から、僕たちに招集がかかった。生徒会室の扉を開けると、そこには僕と杏那さん、真角くん、そして当事者である怜士くん。さらには生徒会の主要メンバーと、白衣姿の美王先生が既に揃っていた。

「さて、どこから話したものかしらね」

 美王先生が口火を切ると、玖代会長が静かに頷き、手元のタブレットを操作した。

「まずは、彼らの組織名からお伝えします。我々が対峙しているのは……『アーク・リベリオン』。日本語に訳せば『箱舟の反乱』。ある一人のカリスマ的なリーダーによって統率された、強固な独裁組織です」

「アーク・リベリオン……」

 僕の呟きに、怜士くんが苦々しい表情で続けた。

「……なるほどな。だから、あいつらはあんなにも俺を救世主みたいに扱いやがったのか。『お前も箱舟に乗る資格がある』ってわけか」

「ええ」と玖代会長は肯定する。「資料によれば、彼らのリーダーは元・新興宗教の教祖だった人物。人心掌握術に長け、信奉者たちからは『預言者』と呼ばれているようです。その絶対的なカリスマこそが、この組織の力の源泉であり、同時に……最大の弱点とも言えるでしょう」

「じゃあ、滑川くんや野村くんを唆したのも……」

 僕の問いに、今度は襟間会計がモニターに新たな情報を映し出しながら答えた。

「間違いなく彼らでしょう。彼らは、リーダーの思想を効率的に広めるため、ある危険なシステムを運用しています。……以前、私が理論上の可能性として言及した、『ブレインリンクシステム』です」

「実在したのか……!」

 真角くんが、僅かに目を見開く。

「はい。彼らはこのシステムを『預言者の福音』と呼称しています」

 襟間会計は淡々と説明を続ける。

「これは、リーダーの脳波パターンそのものを基準とし、彼の言葉に『感応』しやすい、つまり彼のカリスマに心酔する可能性が高い人間をピンポイントで探し出すための装置です。だからこそ、彼らはあれほど的確に、心に弱さを抱えた若者たちを信者として取り込むことができたのです」

「……最低の連中だ」僕は静かな怒りを込めて呟く。「人の心の弱さを、信者を増やすための適性検査のように利用するなんて」

「彼らにとっては、それが『救済』なのよ」

 それまで黙っていた肆谷副会長が、腕を組んだまま冷たく言い放った。

「『お前の苦しみを理解できるのは、預言者様だけだ』。そう囁いて、孤独な魂を依存させる。そして、その忠誠心を、自分たちの野望のための、都合のいい暴力へと変換させる。実に合理的で、効率的なやり方だわ」

 その言葉には、一切の同情も共感も含まれていなかった。ただ、敵の戦術を分析する、冷徹なまでの視線があるだけだ。

「……でも、彼らが本当に人々を救いたいと思っているのなら、もっと別の方法だって……」

 僕がそう口にすると、怜士くんが自嘲気味に笑った。

「無理だよ、七座。一度あの『選民思想』って甘い汁を吸っちまったら、もう戻れない。俺がそうだったからな。……それに、あいつらの目的は、本当にただ信者を集めることだけなのか?」

「いい質問ね」と美王先生が引き取る。「資料を解析した結果、彼らの最終目的が見えてきたわ。それは……『世界の再創世』よ」

「再創世……?」

「そう。彼らのリーダーは、この腐敗した現代社会を一度『無』に還し、自分に忠誠を誓う選ばれた人間だけを『箱舟』に乗せ、新たな世界を創り出そうとしているの。そのために、信者たちにデバイスを配り、社会の至る所で小規模なテロを起こさせ、既存の秩序を内側から崩壊させようとしているのよ」

「なんて……なんて、独善的な!」

 杏那さんの言葉に、生徒会室は重い沈黙に包まれた。敵の目的は、単なる復讐や思想の革命ではなかった。もっと傲慢で、神を気取った、狂気の沙汰だった。

「……リーダー一人の妄想に、大勢の人間が巻き込まれている、ということですね」

 沈黙を破ったのは、玖代会長だった。

「彼のカリスマがどれほど強力なものであろうと、その基盤はあまりにも脆い。彼を信じる人々は、彼自身を見ているのではなく、彼が見せる『救済』という幻影を見ているに過ぎないのですから」

 その言葉には、どこか憐れみが含まれていた。だが、一人だけ。

 肆谷龍弥だけは、その感傷的な空気を、氷の刃のような一言で切り裂いた。

「――だから、何だと言うの?」

「え……?」

「彼らがどんなに哀れな操り人形だろうと、リーダーがどんなに孤独な王様だろうと、今まさに罪を犯し、善人の笑顔を脅かしているという事実に、何一つ変わりはないわ」

 彼女は立ち上がり、僕たち一人ひとりの顔を、射抜くような瞳で見つめた。

「信者たちの心を解き放つのは、カウンセラーの仕事。リーダーの罪を裁くのは、法律の仕事。そして、彼らの『現在』の悪行を、その手に持つ力で叩き潰し、砂の城を頂から崩すのが、私たちの仕事よ」

 彼女の言葉には、一片の迷いもなかった。それは、彼女が数多の葛藤と考察の果てにたどり着いた、揺るぎない哲学。

「私は、この世の善人が全員幸せに暮らせる世界を作りたい。そのために、邪魔になる悪は、たとえそれが偽りの神であろうと、惑わされた信者であろうと、容赦なく排除する。……守るべき笑顔が、私に恐怖の目を向けたとしても、構わない。それが、私の選んだ正義だから」

 彼女の宣言に、僕たちは息を呑む。そんな彼女に、僕は声をかけた。

「そこまでの思いを抱くなんて……。過去に、家族を亡くしただとか、そういった経験があったりしたんですか」

「無いわよ。家族も親戚も全員五体満足で健在。大切な人を亡くしたとかも特になし。ただ私が受けてきた教育の末に導き出した使命がこれだった、ってだけ」

 特に大切な誰かが傷つけられたわけではない。ただ、それが正しいと信じ、その通りに行動するだけ。そのあまりに純粋で苛烈な覚悟が、僕たちに問いかけていた。

 お前たちは、何のために戦うのか、と。

「私たちに出来ることには限りがあります。ですが、この機術の力で、これ以上の悲劇を止めることはできるはずです。皆さん、力を合わせて頑張りましょう」

 玖代会長の言葉が、僕たちの心を一つにした。

 敵は、一人のカリスマに率いられた、脆くも危険な砂の城。

 ならば、僕たちのやるべきことは、ただ一つ。

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