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#017 クロノスタシス

 レーザー兵器を構えた男たちを先輩方と鍔井くんに任せ、僕と杏那さんは元凶である残間くんへと向き直り、メイドとゴスロリお嬢様に変身する。

「残間くんはまだ力を手に入れたばかり……それなら僕でもなんとかなる!」

 そう言って、僕は双極を彼に向かって放った。

 だが、残間くんはそんな彼を嘲笑うかのように、静かに呟いた。

「酷いなぁ、クラスメイトに向かってそんな舐めた口きいちゃって。……今の僕なら、これくらいのことはできるっていうのに」

 彼が右手を軽く掲げた、その瞬間。

 残間くんの姿が、掻き消えるようにその場から消え失せた。

「あ、あれ!?」

 いつの間にか残間くんが音もなく消えた。影が消えるでもなく、空気が揺らぐでもなく、まるで最初からそこにいなかったかのように。

「あっ、晴人さん! 後ろ……!」

 杏那さんの声で後ろに振り向いたが...

「――遅いよ」

「がはっ!?」

 それよりも早く、残間くんの裏拳が僕の背中に深々と叩き込まれる。くの字に折れ曲がり、無防備に吹き飛ばされた。その一撃は、素人のそれとは思えないほど重く、鋭かった。

「晴人さん! ……くっ!」

 杏那さんが吹っ飛んだ僕を追ってくる。倒れた僕に、残間くんがゆっくりと歩み寄っていくのが見えた。僕は咄嗟にナイフを抜き放ち、彼へと投擲する。だが、ナイフが彼に届く寸前、その姿は再び蜃気楼のように掻き消えた。

「なっ……! また!?」

「だから遅いんだって」

「うわあっ!」

 背後から、殺気を伴った拳が飛んでくる。僕は辛うじてそれを身を捻ってかわすが、即座に繰り出された追撃の回し蹴りが、僕の腹部を的確に捉えた。

「ぐっ……!」

 息が詰まり、視界が明滅する。肺から空気が強制的に絞り出され、胃が痙攣する。

「はぁ。これなら、君たちには本気を出すまでもないか。なんなら、あちらの生徒会の皆さんにも、一泡吹かせてあげられるかもしれないな」

 いったい、何が起きているんだ……!?

 残間くんの能力はなんだ? 今まで見てきた敵と同じ、超高速移動か? にしては、あまりにも速すぎる。予備動作が一切ない。まるで……瞬間移動。いや、まさか……時間停止、なのか!?

「……考えてる暇、あるの?」

「うわぁ!?」

 思考の海に沈みかけた僕の意識を、すぐ側頭部を掠めていった拳が引き戻す。ダメだ、今は目の前の相手に集中しないと。でも、どうやって……!

「晴人さん!ヘヴィ・アンクレット!」

 残間くんの動きを止めようとした杏那さんだったが...

「そんなもんじゃ僕の動きは止められないよ」

「はぐあっ……!?」

 今度は杏那さんの後ろから拳を入れる。男女関係なし。強烈な腹パンが杏那さんに決まってしまった。

「杏那さんっ!残間くん、君って奴はあああああ!」

 僕の怒りの双極が残間くんへと飛んでいく。しかし、

「冷静さを欠いたらますます勝ち目なんてなくなるよ」

 やはりダメ。死角に突然現れた残間くんの攻撃を受けることとなった。


 それから、地獄のような数分間が過ぎた。

 神出鬼没の残間くんの動きを、僕の目は全く捉えることができない。後ろを振り向きざまに攻撃を仕掛けても、それは空を切り、即座に手痛い反撃を食らう。この日のために練習を重ねてきた『双極』の遠隔操作も、当たらなければ何の意味もない。僕のナイフが空を切るたびに、残間くんは僕の死角に現れ、的確にダメージを蓄積させてくる。

 なす術なく、僕はただ一方的に殴られ、蹴られ続けるだけだった。

「七座! 漆館!」

「二人とも……! ここまで一方的にやられるとは……」

「まずいですね……。このままでは、危険です」

 その時、おそらく他の敵を片付けたのだろう、肆谷副会長と襟間会計、そして鍔井くんが僕たちの元へと駆けつけてくれた。

「へぇ。他の雑魚には勝てたんですね。流石は生徒会の皆さんだ」

 増援の登場にも、残間くんは一切動じていない。その余裕が、彼の能力の絶対的な自信を物語っていた。

「でも……僕は、多分あの人たちより強いですよ。あなた方でも、僕には勝てない」

「いい度胸じゃない。やれるもんなら、やってみなさいよ!」

 挑発に応じ、肆谷副会長が大剣『鋼砕龍牙』を構えて残間くんへと突貫する。その一歩は大地を揺るがすほど力強い。

「ダメです、副会長! 彼の能力は、おそらく時間停止……!」

 僕の叫びは、しかし届かない。

 残間くんは、猛牛のごとく突進してくる副会長の動きを完全に見切り、瞬時にその懐へと潜り込むと、がら空きになった胴体に強烈な一撃を叩き込んだ。

「副会長……!」

「やるわね……。流石に、言うだけのことはあるらしいわ」

「やっぱり、一撃じゃこんなものか。流石は生徒会、タフですね。でも、僕が倒れるより先に、あなたの方が限界を迎えるんじゃないですか?」

 一方、後方で支援に徹していた襟間先輩が、何かに気づいたように呟き始めた。

「彼は、一瞬で距離を詰めた……。まさか、本当に時間を? いや、現代の機術をもってしても、時間を完全に停止させるなど、まだファンタジーの領域のはず。では、一体どういう原理で……まさか」

 そう言うと、彼女は自身の腕に視線を落とす。そこには、デジタル表示の腕時計が巻かれていた。

「今度こそっ……ああっ!」

 再び仕掛けた肆谷副会長の渾身の横薙ぎが、またしてもカウンターの掌底で逸らされ、体勢を崩したところに追撃の蹴りを食らう。あの副会長ですら、防戦一方に追い込まれるなんて……!

「悪かったわね……七座、遠藤。まさか、彼がこれほど厄介な能力を持っているとは、思わなかったわ……!」

「……! 時間が一瞬にして、10秒飛んだ!? やはり……! 鍔井さん、彼の能力の正体が、分かったかもしれません。ご協力を願えますか」

「勿論です」

 その時、襟間先輩の瞳に、確かな勝機を掴んだ光が宿った。


「ぐああああっ!」

 それから更に数分後、肆谷副会長の身体が、ついに大剣ごと吹き飛ばされた。壁に叩きつけられ、苦悶の声を漏らす。

「いい加減にしてほしいんですけどねぇ。そろそろ、とどめを刺しちゃおうかな」

「……言ってくれるわねぇ。機術学園の副会長を、舐めんじゃないわよおおおお!」

 副会長は、遠くに転がった愛剣を拾おうともせず、満身創痍の身体で、再び拳を構えて突進する。その瞳には、まだ闘志の炎が燃え盛っていた。

「本当に、気づくのが遅いなぁ。一体、いつになったら『勝てない』って分かってくれるのやら」

 残間くんは嘲笑し、再び右手を掲げて能力を発動させようとする。その瞬間だった。

「――今です!」

 襟間先輩の鋭い声と共に、彼女が操作する端末から、人間には聞こえない特殊な音波が放たれる。空気が、微かに震えた。

 そして、肆谷副会長の渾身の右ストレートは。

「ぐはっ……!?」

 見事に、残間くんの顔面を捉えた。綺麗な弧を描いて吹き飛んだ彼は、アジトの壁に叩きつけられ、そのまま崩れ落ちる。

「……私には、一生分かりそうにないわね。だって、今ので勝てるかもしれない、いや、『絶対に勝てる』って確信したから」

 口元の血を拭い、副会長は不敵に笑う。

「ま、まさか……! 何故だ!? なぜ、能力が発動しなかった!?」

 狼狽える残間くんに、今度は『鋼砕龍牙』をその手に、ゆっくりと歩み寄っていく。残間くんは怯えながらも、再び能力を発動させようと右手を掲げた。

「ひっ……!」

 しかし、何も起こらない。彼は、振り下ろされる大剣を、ただ必死に転がってかわすことしかできなかった。彼の動きに、もはや超常的な速さはない。ただの、少し運動神経の良い学生の動きだ。

「な……なんでだ! なんでだよっ!」

「何故、時間が止まらないのか、と不思議にお思いですか?」

 襟間先輩が、静かに種明かしを始める。

「それは、あなたの能力が、完全な時間停止ではないからです。あなたの能力のからくりは、人間の認知機能に直接作用する特殊な超音波の発信。それを浴びた者は、時間知覚に異常をきたし、あたかも数秒の時間が飛んだかのように錯覚する。結果、あなたが瞬間移動したかのように見えていたのです。その原理に気づいた私は、鍔井さんの物理学の知識もお借りし、あなたの超音波を相殺する逆位相の波動をプログラミングしました。そして今、この部屋全体にその波動を流しています。……もう、あなたに『時』を操ることはできませんよ」

「そっ……それなら、その音声を……!」

「――消させるとでも思っているの?」

 襟間先輩へと突撃しようとする残間くんの前に、肆谷副会長が仁王立ちで塞がる。

「う……うわぁ……」

「どうしたの? 私は、あんたのおかげでもうボロボロよ。来なさいよ。今の私は、手負いの獅子。あんたでも、狩れるかもしれないわよ?」

「……くっ!」

 残間くんは完全に戦意を喪失し、背を向けて逃げ出そうとする。――させない!

「――双極!」

「うわっ……!?」

「――ヘヴィ・アンクレット!」

「ぐあっ! 足が……!」

 僕が投擲したナイフが彼の行く手を阻み、怯んだその一瞬の隙を、倒れていた杏那さんが重力操作で追撃。重力に足を取られ、彼はその場に倒れ込んだ。

「七座さん、漆館さん、見事な連携です」

「もう、こうなっちゃったらおしまいね。いくら時間を止められようが、瞬間移動できようが、動けなくちゃ意味ないでしょ?」

「ま、待ってくれ……! 命だけは……!」

「助けてあげるわよ。その便利な機術は、没収させてもらうけどね」

 その後、敵を追跡していた三鳥先輩からも敵を鎮圧したとの報告が入り、僕たちの戦いは、ひとまずの幕を閉じた。


 そして暫くして、機術学園の手配した警察や学園の車がやってきて組織のメンバーを次々と運んでいく。

 学園への帰り道。車の中で僕たち1年生は、力も自由も奪われた残間くんと同乗していた。

「……で、なんでまた、あんな奴らの誘いに乗っちゃったの」

 僕が、ぶっきらぼうに尋ねる。

「……力が、今すぐにでも欲しかったんだ。中学の頃からずっと、何をしてもダメな奴だって、馬鹿にされてきた。ここに来れば、そんな自分でも変われるって思ってたけど……結局、ダメだった。他の奴らより、機術の覚えも悪くてさ。いつも読んでる本の主人公みたいに、都合よく誰かが凄い力をくれて、あいつらを見返せたらいいのにって……そんな時に、あいつらが声をかけてきたんだ」

「でも、結局自分の力のことをちゃんと理解してなかったから、最後はそこを突かれて負けちゃったんだよね。やっぱり、本当に強くなるんなら、自分の力で、一歩ずつ強くならないといけないんだと思う。……まあ、美王先生の力を借りて戦ってる僕が、言えたことじゃないかもしれないけどさ」

「自分の力で、か……。一体、いつまでかかるんだろうな」

「いつまでかかろうと、やるしかありませんわ。私だって、晴人さんだって、最後の最後で、あなたに一矢報いることはできたのですから。そういう小さいことの積み重ねが、いずれ肆谷副会長みたいな、理解を超えた強さに繋がっていくのですわ」

 杏那さんの言葉に、僕は頷く。

「なんなら、君も機術研究部に入って、僕たちの友達にならない? 僕たちだって、それで毎日しっかり機術の勉強をして、今があるんだからさ」

「ええ。それに、また一人で思い詰めて、こんな事件を起こされるよりは、よっぽどマシですし」

 杏那さんの言葉に、残間くんは少し驚いたように顔を上げた。

「……今回のことは、本当に悪かった。……分かった。その部活とやらに入って、もう一度頑張ってみようかな。ちゃんと、自分の機術と向き合って……絶対、誰にも馬鹿にされないくらい、強くなってやる」

「よし! その心意気ですわ!」

「これからよろしくね、残間くん!」

 こうして、一つの戦いを経て、僕たちに新しい仲間が一人増えた。今回の戦いで得た敵組織の貴重な資料。それを足掛かりに、これから僕たちの本格的な戦いが始まるのだろう。

 僕たちの物語は、まだ始まったばかりだ。


 ……そう、思っていた。この戦いすら、まだ終わっていなかったのだ。

「残間怜人が再び組織と接触した」という知らせを聞くのは、この日から僅か数日後のことだった。

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