斧は振る、だが拳で語る。 ~九頭の拳吾郎~
いつもの通り、方位磁石にさせられたぼくは――
奇跡的に、ちゃんと東を向けました。よかった。
そして、魔人に向かって、えっさほいさと歩いていると――
前から、でっかい戦士が歩いてきました。
ゴリラみたいな腕に、ムキムキの肉体。
手には、見るからに重そうなデッカイ斧――
「ウオォン! フゥオォン!」
ブンブン振り回しながら、意味不明な雄叫びの二連発。
地面は揺れるし、草は倒れるし、木の枝まで吹っ飛んで。
なんかもう、『斧圧』だけで、世界が「参りました」って言いそうなんです。
……たぶん狂戦士です。怖くてたまりません。
なんて思ってたら――
「おぅおぅ、なんじゃァワレェ……」
狂戦士がガンを飛ばしながら尋ねて来たんだ。
どこの言葉か知らないけれど、滅茶苦茶ドスが効いてて、凄く怖い。
目つきは鋭く、ギッラギラ。頬にはスッゴイ刀傷。
ガバっと開いた胸元には、『任侠道』って書かれたペンダントが光ってる。
うーん、狂戦士っていうより……喧嘩上等な本職さん?
直観的にそう思ったんだ。
で、そいつが、ものすごいメンチを切りながら――
「……そのオーラ、もしや、勇者ってやつかァ?」
って尋ねて来たんだ。
「左様。我こそは勇者なり。貴殿は?」
あれ、会話が成立してる。
いきなり戦闘開始だと思ったのに、意外でした。
そして――
「ほいじゃ、お控えなすってぇや!」
パァン! って音が鳴ったかと思ったら――
足を開いて、半身に構え。
右手を差し出し、左掌を胸に。
膝を沈めて、地を掴み。
――妙に『筋が通った』構えで、狂戦士はこう言ったんです。
「喧嘩千段、拳一徹。
義理と人情こころに抱き、筋を通すは拳のさだめ。
男修行の旅から旅へ、流れ流れて“異世界”へ。
名も無きものと見せかけて、男一匹、道を極めて誓いを刻む――」
おお、勇者さまばりの長口上!
「人呼んで、九頭の拳吾郎!
……ここに参上、お見知りおきをぉ!」
そして、ニヤリ、と口の端を上げたんだ。
おお、きれてる、きれてる、決まってる!
ただの狂戦士なんかじゃない……みたい。
「……成程、しかと承った。
異世界から来たりし極道拳士――九頭の拳吾郎殿か」
なんで、勇者さま、今のでいろいろ察っせるんだろう……
というか、異世界『拳士』? 斧は、斧は!?
「勇者……わりゃぁ、魔人討伐に向かってんな?」
「左様、相違あるまい」
拳吾郎と言った男の人――なんでわかるんだろ?
たぶん、嗅覚とかなんだろうけど……
も、もしかして強者センサーとか?!
「じゃけぇの、その魔人の命ぁ取るのは――ワシじゃけぇ?」
「ならぬ。魔人、勲しある者の手にてこれを斃すべし」
視線がバチバチ、ええと、獲物の取り合いですか?
そもそも童話風の『おはなし』はどこにいったの?
そんなことはお構いなしに――
拳吾郎は、ずごぉん! と地面に斧をたたきつけました。
「――かかってきんさい、勇者。 拳で語ろうやないけぇのォ!!」
拳吾郎は、静かにふぁいてぃんぐぽーず。
……えっ、斧は!?!?
ブンブン振ってたの、意味ないじゃん!?
もしかして……ただのウォームアップ……だったのか。
「良き構え也――まさしく、武の理に通ず。
相手に取って不足なし。いざ、拳にて」
勇者さまはそれを見て、当たり前のようにうなずきました。
当然、ぼくは、べしっと地面に置かれます。
拳吾郎も拳だから、わからないでもないけどさ。
そして拳と拳がぶつかり合いました。
ズゴォン! バゴォン! メキメキ……メキッ!!
なにこの音、人間どうしの戦いじゃないって!?
空気まで震えて、尋常じゃない!
しかも、なんで拳から火花が――ドカンッ!
ひぇぇっ、地面ってこんなに簡単に割れるの!?
拳って爆発物だったっけ!?
そして二人は、しばらく殴り合って――
どちらともなく、拳を下ろしました。
「くはっ……あんさん、やるのぉ……ええ拳もろうてしもうた」
「応、拳吾郎殿もまた――見事なり」
……微妙に勇者さまの勝ちだったようです。
「なぁ、今日から、兄貴と呼ばせてもろうて、ええか?
殴られた瞬間……脳が『兄貴』って呼んだけん……な」
「うむ……拳、語れり。心、通ず。
血盟を誓おう。兄弟」
そして二人は、無言で――がっちりと握手、満面の笑み。
なんだか知らないうちに格付けが終わりました。
まぁ、言葉が要らないっていいですね。
「時に、拳吾郎殿……」
「おお、兄貴、なんじゃい」
「何故、魔人とは別の方角へ?」
そう言えば、拳吾郎さんは僕らと反対側に歩いてましたね……あっ!
「へへへ、ワシ方向音痴でな」
ここにもいやがった! 方向音痴な人が!
あーそれで異世界に紛れ込んだとか? あり得る。
それを聞いた勇者さまは――――
と、嬉し気に拳吾郎さんの肩を叩きました。
うへ、自覚はあったのね勇者さま。
「兄弟!」
「あにきぃぃぃっ!」
もう二人の間には言葉は要りませんでした。
まぁいいや……こうして、ぼくの出番が一切ないまま、
勇者の兄弟が一人、増えました。
いいえ、ただしくいうと、“一本”増えました。
拳吾郎さんの斧――『斧吾郎』という名前がついたそれが『武器仲間』に。
異世界の極道戦士から、『ええ筋トレグッズじゃのう』と思われてるそれが。
斧は泣いています。
女の子なのにっ! よりによって“吾郎”ってどういうセンスよぉぉぉっ!?
……『かわいそうな仲間』が、一本、増えました。