魔人の復活 ~いざ征かん、魔人討伐~
勇者さまは今日も通常運転でした。
壺を見つけては、何の迷いもなくバリーン!と割り、
中身を確認して「魔の者はおらんな」と、さも当然のように次の壺へ。
タンスを見れば、引き出しを一つずつ開けては、
パンツから古地図まで徹底的にチェック。
中に潜んでた魔物が「ギャーッ!」と飛び出してきたところを、反射でバッサリ。
返り血が飛び散って、白壁だったはずの家が、一瞬でホラーな血のカーテンに。
「災厄、未然に殲滅! 感謝せよ!」
なんという事でしょう! 素敵な劇的リフォームに、村人が哭いてます……
山の中で魔物の群れにわざと囲まれ――
「我が義、天地を焦がす焔となれ!」
と、叫んだかと思ったら、山ひとつ丸ごと、火の海に変わってました。
樹々は焼け、岩は溶け、魔物は影も形も残さず蒸発。
炎の中で立ち尽くす勇者さまは、例によって、こんな句を詠み始めます。
「心頭滅却すれば火もまた涼し、
魔を滅して下天をくらぶれば、夢幻の如くなり」
得意げに、敦盛を吟じないでください!
しかも火の手は広がって、近隣の畑まで巻き込まれ、
せっかく実った大根もカボチャも、全部炭になりました……
そんな毎日でした。
それが日常なんです。
……でも、ある日。
午後の陽が、村の屋根を長く染めていた。
一人の男が、ふらりと門をくぐってきた。
足取りはおぼつかなく、背中は土埃まみれだった。
誰かが水を差し出すと、少し口に含むと、
ひとことずつ、搾り出すように呟いた。
「……東の国、焼かれた……
逃げてきた……町が……影に……」
その目が、東の方を見つめ――
「……魔人が……復活……した」
それだけ言って、男の人は気を失った。
沈黙が、村を包み込んだ。
誰かが、ぽつりと言った。
「東の空……なんか変だよ」
「黒い影が降ったって……ほんとうに……?」
「いや、でも噂だろ……たぶん……いや……」
言葉が交わされるたび、不安は輪のように広がっていった。
そのとき、ひとりの影が、すっと立ち上がる。
勇者さまだった。
「魔人、顕現せしと申すか。
ならば我が義、今こそ示す刻。さあ征かん、我が剣よ!」
その瞳の奥に、いつもとは違う光が宿っていた。
迷いも、戸惑いも、なかった。
わぁ、勇者さまが、めずらしくまともだ~!
不安はあるけど、なんにせよ、ぼくも大賛成でした。
怖くないと言えば、嘘になるけど……
ミスリル入って、少し強くなったから、なんとかなるかも!
ところで、“魔人”って聞いた瞬間の勇者さまの目……
かなりキラキラ……いえ、ギラギラしてましたよね。
そっちのほうが、怖かったんですけど。
「いざ、戦陣へッ!!」
勇者さまが、満を持してそう叫びました。
そして――
きょろきょろと空を見渡しながら、
ぽつりと、こう言ったんです。
「東……何れの方角なりしか?」
……えーと。
方向音痴、健在です、勇者さまッ!!
あーあ、今日も方位磁針の代わりに、ぼくががんばらないと……はぁ。
でも、ふと――
胸のどこかが、きゅっとざわついていました。
勇者さまの“義”が、いつか本当に、
誰かを守ることがあるんじゃないかって……そんな気がして。
とにかく、まずは“東”を目指さなくちゃ!