そして、『伝説』へ……
◇◇ ぼくはツルハシじゃありません
ある日のこと。
勇者さまは、ぼくを握りしめて、岩山の前に立っていました。
「古の伝承。“幻想鋼”此地に封ぜらる。
今に至るも尚、其の命脈断たれず」
ここには、“ミスリル”と呼ばれるめずらしい石があるみたいです。
今日はそれを、掘るみたいです。
「来たれ、眠りし幻想鋼! 今、掘削の儀――始む!」
そして、ぼくを握りしめたまま――岩山に叩きつけました。
最悪な予感は、いつもの通りの現実になりました。
いたッ!?
なんで、よりにもよって、ぼくで掘るんですか!?
ぼくは剣です。戦うために生まれたんです。
鉱石を掘るためじゃないんです。断じて!
「剣にて穿つは理に反すれど、我が信ずるは道なり。
道を拓くは、常に剣。よって、是れもまた一興」
一興って、ちょっと面白いってこと、ですよね?
勇者さまは器物損壊の確信犯でした。
誰か、捕まえてください!
でも、そんなことはお構いなし――
「必殺・掘削剣! いやぁぁぁぁぁぁ!!」
ガッキョン!
うみゃあああああああああ!!
石、固いですってば!!
「必殺・穿孔剣! いやぁぁぁぁぁぁ!!」
ガッキョン ガッキョン!
剣は穿つもの――まちがってない。
でも、まちがってます。完全に。
そして止まらないどころか、加速していく勇者さま。
ガッキョン ガッキョン ガッキョン!
ぎゃああああ! いま、刃筋がビキィ! って千切れましたよ!?
そして――
ガキィィィィィッィィイン!
「見よ、宿る微光。此れぞ幻想の鼓動なり。
否、世界の隙間より滲み出でし、真理の雫ぞ!」
勇者さまは、小さな青い鉱石を拾い上げて満足気。
……ぼくは、もう、なにも言うことはありません。
あきらめの極意。
そして、鍛冶屋に連れて行かれました。
刃は欠けて、柄もぐらぐらで、ぼくはもう限界でした。
「鍛冶師よ、汝が炉にて幻想鋼を昇華せよ。
我が剣、穿ちの途を不退転」
うそです!
ぼくの心は、とっくの昔に退却済みです!
「こんなになるまで……ううう」
って、鍛冶屋のおじさんだって、涙してるじゃないですかッ!
トンテンカン。トンテンカンテン……
ああ、ハンマーも泣いている……
ミスリルが加わって、ぼくはまた少しだけ強くなりました。
軽くて、切れ味もよくなって……
見た目も、ちょっとかっこよくなった気がします。
うれしいです。正直、うれしいです。
でも――
「次なる山――未だ語られざる鋼の匂い。
掘削の儀、再開せよ!」
次もあんの?
……あの、言っておきますけど。
ぼく、剣です。
“ツルハシ”じゃないんですよぉぉぉぉぉ!
なお、掘削適性が+1されました……はぁ、嬉しくない。
◇◇ 通行証?
ある日のこと。
ぼくたちは、とあるお城の前に立っていました。
いつもなら顔パス、フリーパス。
勇者さまが「退け」って言うだけで、門は勝手に開くんです。
それが、勇者病患者の特権なんだって……
でも、今日はちがいました。
初めてのお城だったから――
「貴様、何者だ!」
「通行証を見せよ!」
門兵さんたちの声が、ピシッと空気を張りつめさせます。
「我は勇者なり。其れ即ち通行の証なり」
ええと、勇者であることが通行証……ド直球勝負なおっしゃりよう。
でも、門兵さんたちは顔を見合わせて、無言で首を振りました。
ここは決して通さんぞ――と、門を固く閉じてます。
まぁ、初めてのところだし、しょうがないね。
「門とは審判者に非ず。試されの具なり。解は剣にて示すべし」
でました、勇者さまの武人言葉による勇者理論の徹底開示。
たいがい何かしらの理不尽が起きる魔法の言葉です。
それに、今日はめずらしく言いたいことが分かる、ふしぎ。
「推して参る」
言うが早いか、ぼくは振りかぶられ――
ズドォン!
扉に突き刺されました。
というか、扉ごと城門が吹き飛びました。
ぼくの先っぽは、そのまま石壁にめり込んでます。
「見よ、是ぞ、通行証なり」
これって、通行“証”じゃなくて通行“衝”――
剣でノックどころか、城門ごとブチ破るのは違うと思うんですけど。
……ぼくはプラプラ揺れながら思いました。
ハハッ、うちの勇者さまって、治安が悪いなァ!
そう、思えるようになったのは、ミスリルで強化されたから?
心が歪んだせいだから?
前者だと信じたい……
◇◇ どうぶつの像とむすびめ
むかしむかし、ある国に、とても大きなどうぶつの像がありました
像には、たくさんの縄が結ばれていました
だれが、いつ結んだのかもわからない――
とても、ふるい、ふるい縄のむすびめです
『このむすびめをほどいた者は、世界をおさめることになる』
いろんな人が、やってきました
手でほどこうとしたり、歯でひっぱったり、火であぶってみたり
でも、ぜんぜんとけません
ある日、ひとりの旅人がやってきました
その人は、なにも言わず、ただ、むすびめを見て
すっと剣をぬきました
そして、たったひとふりで、
むすびめを、ばっさり切ってしまったのです
どうぶつの像もろとも
じめんを切り裂くようにして
みんながびっくりしました
そこにいた、しわしわのおばあさんが言いました
知の前に世界、頭を垂るを知れり
勇の前に世界、頭を擦るを知れり
知恵の前に、世界は頭をさげるもんじゃ
じゃが……それ以上に、勇者には、土下座、するものじゃ
――その日から、むすびめも、どうぶつの像も、もうなくなってしまったけれど、
その言葉だけが、ずっと残ることになりました。
とんでもなく深い、大地のひび割れと共に。
これは『伝説』じゃ、ありません。勇者さまの『前科』です。