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覚醒・無限・そして真実

◇◇ こーひーぶれいく、がんぎまり


 村の広場にて。

 異国の商人が、黒い液体を振る舞っていました。


「これは、はるか南方の地で採れる豆を煎じたものでございます」


 つややかな黒い湯気が、空に細く立ちのぼります。

 あたりには、香ばしくて、すこし焦げくさいにおい。


 村人たちは誰も飲もうとしません。

 見慣れない液体と、怪しい響きにおびえているのです。


「南方……異国……焙煎……」


 勇者さまは、商人の言葉をひとつひとつ、反芻するように呟きました。


「はい、目覚めの妙薬……名を“こーひー”と申します」


 両手を組み、宙を見つめ、何かを確信したようにうなずきます。


「妙薬とな? 我、即ち試す」


 待ってください勇者さま、これ、大丈夫なの?

 そんな僕の心の声なんて無視して、有無を言わず、豪快に一気飲み。


 ――その瞬間。


 勇者さまの手が、ぴたりと止まりました。


「………………」


 無言。微動だにしません。


 数秒の沈黙のあと――


 ビキッ、ビキッ、ビキィ!


 勇者さまの瞳孔が開き、眉毛が螺旋を描いて伸びて――

 血管が浮き上がり、筋肉がムッキムキに膨張しました。

 もとがマッチョなのに、超マッチョッ!


「うぉおおおおおお雄雄雄雄雄雄雄雄――!!

 力……完全覚醒ッ! 我、二十四刻を駆け抜けん!

 名付けて――黒神解放こくしんリミットブレイク!」

 

 かふぇいん、という成分のせいで――

 目がギッラギラ! ガンギマリってやつですね。 


 しかも――


「見ゆる……見ゆるぞ……見えてはならぬもの、今ここに見ゆるなり!」

 

 勇者さまはガリゴリとこめかみをかきむしりました。血がにじむほど。


「……黒茶より覗きし、世界の深淵ががががが!!」


 見えてはいけないものを見ていました。

 見えてはいけないものから見つめられていました。


 勇者さまは急にぼくを掲げ、見えない敵に向かって構えました。


「時空の断層より現れし幻魔よ……今こそ成敗ッ!!」


 だから、誰もいませんってば。

 村人たちも商人も、ビビッてもう全員逃げだしてます。

 

 勇者さまの覚醒は止まりません。

 ズバァッ! と、ぼくを抜き放つと――


「必殺ッ、我剣ッ、大・回・転――ッ!

 いやっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!」


 そのあと勇者さまは、3時間ほど幻の敵と戦い続けました。

 もちろん、振り回されるぼくは、目が回ってぐーるぐるです。

 

 そして――


「ふぅ……この魔水……この冴え……

 我が日々に、これ無くして何がある……

 ――常飲暴飲、不可避ッ」


 だ、ダメ、ゼッタイ!

 勇者さまに、コーヒーを与えるのは犯罪です!


 かふぇいんやめますか? ニンゲンやめますか?

 ……勇者さまは、とっくにやめてます。

 

 その日からこの村では、豆を挽く音に、皆、おののくようになっとさ。

 めでたくなし、めでたくなし。


◇◇ 壺は壺は壺は壺は壺は壺は壺は壺は壺は……


 勇者さまが、壺を眺めています。

 さっき『中身がなかった』やつです。


「壺、巡りて再びの価を得ん。

 宝、二度目に宿るは理の巡環なり」


 勇者さまは、また壺を割りました。

 中には、なにもありませんよ?


 でも、ぼくはそこで気づいてしまったの。

 あれ? なんで元通りになってるんだろう? って……


 ……たぶん、『理』じゃなくて、怪談とかホラーでした。

 

 勇者さまは、また別の壺の前に立ちました。

 あたりまえですが、ぼくを使って、また割ります。


 すると、中からまた壺が出てきました。

 あれれ?? 壺の中に、壺が入っています。


「壺中の壺? 面妖なり。

 虚実の境、曖昧となる刻。真理は、斯くも重ねて隠されしや」

 

 よくわからないけど、入れ子構造というもの?


 勇者さまは、壺を壊して中の壺を取り出し、それも壊して。

 さらにそのまた中の壺を取り出して、また壊して――


 終わりがありません。

 ……何度壊しても、終わりません。


「内に内在する無限。これぞ『壺界』の真理なり。

 外形は終わりを装えど、内は尽きぬ。

 すなわち壺とは、閉じられし宇宙。境なき器にして、無の胎動を宿すものなり」


 もしかして、ぼく、いま『呪いの現場』に立ち会って……る?


「中壺、また中壺。いずれ『祖壺』に至るやもしれぬ。

 連なる器の奥底、遥か原初の胎動を宿す『大壺根源おおつぼこんげん

 これ、いまだ人の眼に映らず。

 されど確かに、割らるるたびに近づく、理の発露なり。

 ――その最奥に在すは、壺を以て壺を生む『始まりの壺』なり!」


 勇者さまが、いつになく多弁です。

 ああ、呪われてる、まちがいない! 呪われてますよッ!


「壺、壺、壺、壺、壺、壺、壺、壺、壺、壺、壺、壺、壺めぇッ!

 ええい――我の剣が、唸って光る! 超必殺、我剣、大連撃ッ! 

 いやぁぁぁぁぁぁ――――――――――――――――――ッ!!」


 あ、完全に何かの修行と勘違いしています。


 勇者さまは、壺を壊して中の壺を取り出し、それも壊して。


 さらにそのまた中の壺を取り出して、また壊して――


 壺の中の壺の中の壺の中の壺の中の壺を――


 たぶん、カフェインがまだ残ってたのかもね、


 じゃなかったら、こわいだけだよぉ……。


◇◇ 鏡よ鏡、ぼくはただの剣だよね?


 ある日、勇者さまは遺跡の最奥で「真実の鏡」を見つけました。


 金縁に宝玉をちりばめた、きらびやかな魔鏡です。

 伝説によれば、真実を映し、心を正す神具なんだって。


「此れぞ真実の鑑か。さて、何を映すか」


 勇者さまは、その前に立ちました。

 そして、ゆっくりと覗き込みました。

 ぼくは、怖くて、それを見ることはできませんでしたけど。


「映りおるは、我が影か……されど……

 是は、我に似て――我に非ず」


 勇者さまは、目を細めて考えこみました。

 え……影って?

 なにが……見えてるの?


「鑑は悟りの具にあらず。迷いの具なり」


 なんだか含蓄のありそうなことを勇者さまが言いました。

 そして、しばらく黙ってから――


「真実とは、己が切り拓くもの。写されるを待つは、愚の極みなり

 映りし我は……我に非ず。――我が呪なり」


 次の瞬間、勇者さまは鏡を真っ二つに叩き割りました。

 

 どこか、遠くの方で叫び声が聞こえたような気がしました。

 ……これは現実だよね?



 あと、こんなことを思ったんです。


 真実の鏡にぼくを映したらどうなってたのかな? って。


 そんなことを考えたら、剣筋がぞっと冷たくなりました。


 目が覚める程に……


 ぼくは、カフェイン要らないよ?

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