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決して迷いません

◇◇ 決して迷いません その1


 ある日のこと。

 勇者さまは、森の小道で、小さな魔物に出くわしました。


 それは、仔犬ほどの背丈しかない、ふわふわとした毛に包まれた魔物でした。

 まるで転がる毛玉のようで、目はつぶらで、震える手足には爪も牙もありません。


 でも――


「魔に出逢えば魔を斬り、仏に出逢えば仏を斬る。此れ理なり」


 いつものことです。

 勇者さまは、全力でただ殺しにかかっていました。


 慌てた魔物が震えながら言いました。


「ぼくは悪い魔物じゃないよ。殺さないで……!」


 その声は、子どものように細く、弱々しいものでした。

 勇者さまの剣が一瞬止まりました。


「むむ、言葉を紡ぐ魔物。面妖の至りなり」


 言葉を話す魔物も、いるようです。

 それだけでも珍しいのに、魔物はさらに言いました。


「ぼく、ひとりぼっちは、もういやなんだ……

 仲間にして! おねがい!」


「げに珍しきなる……。いと、らうたし(かわいい)」


 勇者さまの指が、ほんの少しだけ震えました。

 ぼくも、ちょっと、かわいいなと思いました。


 だけど――


「仲間を募るは選択の理。なれど――

 魔に出逢えば魔を斬り、仏に出逢えば仏を斬る。此れ、理なり」


 可愛さなど、勇者さまには、ほんのわずかしか通じません。


 バサリ。


 ちいさな魔物は、音もなく崩れ落ちました。

 毛玉のような体が、ぱらぱらと草むらに溶けていきます。


 ぼくには止められませんでした。

 いつものことです……はぁ……


 と、溜息をついたんですが――


「正体見たり、我が目迷わず」


 ふわふわとした毛の中に、鋭い爪が隠されていました。

 こいつ! 可愛げな魔物に化けて、油断をさせようとしていたみたい。

 

 へぇぇ、勇者さまは、曇りなき目ををお持ちなんですね!


 ……でも、ほんとに、それ、たまたま当たっただけじゃ――ないですよね?

 ……ね?


◇◇ 決して迷いません その2


 ある日の戦い、勇者さまは――

 古びた洞穴の奥で、巨大な魔獣と向かい合っていました。


 勇者さまの鎧には、べっとりと血がこびりついていました。

 その赤が、ぼくの刃にも……。

 返り血じゃありません――勇者さまの血、です。


 もし数値が見えるなら、勇者さまのHPは真っ赤っかゾーンだと思います。

 ぼくも根本近くで刃が折れ、ほんのチョッピリとしか残っていません。


 ふたりとも、だいぶ傷んでいました。


 ぼくのことなんか、どうなってもいい。

 だから、お願いだから――薬草を使って、勇者さまだけは、回復してほしい。

 声にならない声で、何度もそう願いました。


 でも――


「武ある者、草など食まぬ。

 身の傷こそ誉れ。痛みこそ我が糧」


 勇者さまは、痛みを、まるで糧のように受け取っていました。

 使わない薬草に意味があるのでしょうか?


「斬らば砕け、砕かば潰ゆ。

 刃僅かに成り果てようとも、撃ち及ぶこと能うならば、ただ『撲殺』あるのみ」


 そのまま、勇者さまは魔獣に殴りかかっていきました。


 ぼくは剣です。

 剣は、斬るためのものです。


 迷いなく、『鈍器』みたいに使うのは、やめてくださいな……


◇◇ けして迷いません その3


 ある日のこと。

 ぼくは、勇者さまに連れられて、古の神殿へと向かっていました。


 ――のはず、なんですけど。


 さっきも通りませんでした、ここ?

 

 勇者さまは、迷いなく進みます。

 足取りは力強く、視線はまっすぐ。


「迷うは罪なり。されど我は、迷わぬ者なり。

 真なる勇者は、地図を持たず、ただ直進のみ」


 それ、たぶん……真っ直ぐ進みすぎて、逆に迷ってますよね?

 地図……持ってくださいよ……。


 そのあと、ようやく神殿に着いたと思ったら――


 なんだかおどろおどろしい場所にいました。

 まちがいなく神殿ではありません。


 強そうな怪物の門番もいました。

 あれれ、ここって、けっこうやばい魔物のお城では?


「何れ斬るべき場なれば、先に訪れて何の咎あらん」


 どうせいつか来て斬るんだから、先に来て斬っても一緒だろう……ってこと?

 それって、開きなおりじゃないですかっ!


 ……ぼくは、やっぱり思いました。


 勇者さまは迷わないんじゃないんです。

 迷ってるのに、気づかないだけなんです。


 地図が読める勇者さまがよかったなぁ。


◇◇ 決して迷いません その4


 勇者さまがお茶をこぼしました。ぼくに。


「湯洩れ、刃濡れる。

 我が構えに寸毫の揺らぎなし」


 ははあ、さすが勇者さま、曇りなき、迷いの一字すらなき、お言葉――

 

 って、少しはあやまってよ! 

 錆びちゃうじゃないか、このトンチキ(まぬけ)!


◇◇ 決して迷いません その5


 勇者さまがパンを落として、ぼくで拾いました。


「地に落つるは罪、拾わざるは怠。刃にて救済するは義。

 これぞ三寸則(3秒ルール)」


 それは衛生的にアウトッ! おなか壊してゲームセットしちゃいますよ!


◇◇ 決して迷いません その6


「刃よ、語れ。真理を語れ」


 勇者さまが、ぼくに話しかけてきました。

 ぼくは心の声はあるけれど、しゃべることはできません。


「……語らぬ刃にこそ、真理も宿る。沈黙、それ即ち不動心なり」


 あれ、自己解決してる……

 ホントに迷いのない人だなぁ。

 

◇◇ 決して迷いません その7


 勇者さまがぼくを投げました。

 空を飛んでいるまものに。


「空舞う曲刃、迷わず、風導に応ずるなり」


 ぼくは、ブーメランじゃありません!

 

 帰ってこれないんですよ――――……


◇◇ 決して迷いません その8


 迷わずの、一閃――


 勇者さまが、ぼくでスイカ割りしました。

 なんで? なんでスイカ割り?


「一打必中、実を穿てばこそ夏の雅なり。これぞ納涼の戦」


 風情っぽく言えば、何でも通ると思わないでください!!

 

◇◇ けしてブレません!


 勇者さまが地面に、ぼくをちょこんと突き刺して、倒しました。


「地を伏す刃の角度、必ずや運命の方角を示す。是、天意なり」


 方位磁石? 羅針盤? ダウンジング?

 ぼくはただの剣なんですよ?


 ――ねぇ、ほんとに『導き』って、そっちにあると思います……?

 

「天意なりッ!」


 ぼく思うんです。

 勇者さまってブレないなぁ……って。

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