勇者、それは修羅
「……まるで……それはまるで魔人ではないかっ!」
魔人の声が震えていた。
それは、怒りでも憤りでもない。
――恐れ。
自らが見た“鏡像”への、戦慄だった。
「我らと同じ、魔物ではないかッ!」
「……否――我は修羅ぞ」
勇者さまの声は、ただ、静かだった。
圧も、怒気もなく。
ただ、そこに“在る”というだけの、確かな声。
「なれば、魔を断つは、義なり。
正義――すなわちそれが、我が業なり」
「くっ、くだらぬ理屈……を…」
僕は、理解した。
あの人は、はじめから――こうだったのだ。
彼は正義を“業”と信じ、魔物を斬ってきたんだ、と。
「問答無用、いざ、参る」
言葉が終わると同時に――
一閃。
ズハリと、障壁が、裂断した。
あれだけ攻撃を繰り返しても、届かなかった、それが。
――ただの一撃で。
「なっ……!?」
魔人の瞳が、見開かれた。
その表情は驚愕――否、戦慄。
“絶対強者”の自信が、崩れた――瞬間。
そして、顔に伸びる、一筋の、線――
「き、傷をつけただと、この私に……あっ、ありえんっ!」
そう叫んだ魔人は、バババッと呪印を刻み、防護遮蔽魔法を切り替え――
「遅いわ」
二撃――
バシッ!
魔人の右腕が吹き飛んだ。
「な、なんだとぉぉぉぉぉっ!?」
飛翔魔法を用いて、後方に飛び退る魔人――
だが。
「逃さぬ」
三衝。
撲殺兵器と化した僕の根元が、脇腹にめり込んだ。
「ごぉはっ――⁈」
血反吐を吐く魔人を見据えた勇者さまは、僕を高々を振り上げ。
四分五裂!
「おのれ……おのれ……貴様ごときが……!」
魔人が、文字通り、這う這うの体で、地べたをはいずった。
「おのれ、おのれ」
「おのれおのれおのれ――――!」
「……認めぬ、認めんぞォォォッ……!」
「ならば見よ、我が真なる姿――魔王に連なるもの姿ォォォォォォッ!」
魔人の姿が、ぐにゃりと歪んだ。
肉が裂け、骨が軋み、黒い靄が全身から噴き出す。
世界を蝕む、呪いの嵐のように。
――変貌。
純粋な、“魔”、そのものへの転化だった。
「ギュルゴルガァァァァァァァッ!」
口から吐き出された声は、もはや言語ではなかった。
獣の咆哮、怨嗟の唸り、雷の割れる音。
それが、重なり、響き、勇者さまへと叩きつけられる。
とても、化け物でした。
でも――
「……良き、獲物なり」
相手、めっちゃ強そうなのに、勇者さまは、いつもの舌なめずり。
でも、僕、その仕草、嫌いじゃないですよ?
見た目だけなら、勇者さまの方が化け物じみてて。
むしろ、好みです。
そして、
僕は勇者さまの手に握られ――
怒涛のラッシュが始まった。
一閃――勇者さまの振り下ろしが、魔人の左肩を裂いた。
二撃――斬撃の余波で、周囲の空気が爆ぜる。
三衝――根元が打ち込まれ、骨を砕く鈍い音。
四分――返す刃が、魔人の外皮を切り分け。
五裂――斜めの追撃が、腹部に深く食い込み。
まだ、終わらない――
「業流――我剣、大、回、転ッ! いやぁぁぁぁぁぁっ!」
勇者さまが、叫んだ。
「業流――僕剣、大、回、転ッ! やぁぁぁぁぁぁっっ!」
僕も叫んだ。
六砕――骨盤を砕きながら、魔人の体勢を崩壊させる。
七抉――開いた傷口に刃がねじ込まれ、肉を抉る。
八穿――心核めがけた一突きが、魔の力の源を貫き――
九葬――全ての呪が、打ち抜かれ、葬りさられる。
そして――
十断。
時が、止まった。
神速の踏み込み、見えない軌跡。
――最後の一撃は、僕にも把握できないような神速。
瞬間、魔人の瞳が拡大――
そこにあったのは、恐怖でも、諦念でもない。
……ただの“呆然”。
身体の中央に走る、一本の“線”。
“斬られた”と知った者の硬直――
「成敗ッ!」
ドバッ!
その一言とともに、魔人の血が空中に噴き上がり――
バアアアアアンンッ!!!
大きな雷鳴が、鳴った。
そして勇者さまは、僕を静かに眺めた。
何も、言葉を発せずに、ただ眺めた。
顔には、笑みがあった。
化け物じみた顔だけど、
ほんの少しだけ、優しい顔――
勇者さまは、僕を静かに眺め――
スゥ、と、ひとつ、息を吐いてから、
「此の剣、運命の器なり。我が正義、これに宿るべし。
疑念、許されず。ただ信ぜよ。信ぜぬは愚なり」
と、言ったんだ。