絶対強者(後)
「されど……」
勇者さまはそう告げると、僕を振るった。
「未だ終わらぬ!」
鎌を振り払った勇者さまは、
断固たる口調で、続行を宣言したんだ!
そして、それを見た仲間たちも――
「そうですわ、まだ終わっておりません!」
よろめきながらも、オルフィーナ姫は、姫剣クラリスを高く掲げた。
騎士としての型を、崩さぬままに。
「まだ、……いける……っ!!」
メメちゃんは、歯を食いしばって頭を振り、髑髏の杖をついて立ち上がった。
その膝は、小刻みに震えていた――それでも、立った。
「勇者殿……ナンムサンの信徒、いざ、お供つかまつる……!」
ゴクッと血を喉に押し込み、セツドー神父は十字架姉さんを掲げた。
瞳に、“神への信仰”と、“勇者への信奉”を、ありありと浮かべて。
「兄貴ィ、まだ、ワシ、ゴロ《喧嘩》、捲けるけぇぇぇぇぇぇっ!」
斧ちゃんを手にした拳吾郎さんが、声を振り絞った。
義理と人情、漢の意地とばかりに、鋭い眼を飛ばしながら――
まるで、自分が喧嘩そのものとでも言わんばかりに。
“勇者”という鐘、それを取り巻く、四つの鈴――
それが鳴ったと同時に、
戦いは再開されたんだ。
誰もが手酷いダメージを受けているはずなのに、
それでも、前へ出たんだ――
戦いは熾烈を極めた。
皆が、勇者の名の下に、最後の力を振り絞る――
勇者は、剣を振り上げ、轟かせ。
拳士の斧が唸ると、大気が裂断し。
神父の十字架が光って、神罰を与え。
魔法少女の杖は、精妙なる魔技を支え。
姫騎士の剣は、光をまとい、武威を示し。
みんなは、あきらめることなく、ひとつひとつの手札を繰り出し、
互いを庇い合い、力を尽くし、叫び、耐え、斬り結び――
だけど、魔人は強かった――
姫騎士の白銀の鎧は血に塗れて、深紅へと変わり。
魔法少女のローブはそこかしこが燻り、燃えて。
神父の聖なる僧衣は、ただ裂かれて肉が爆ぜ。
異世界拳士の戦装束が砕けて、骨が歪んで。
勇者の装いだけが、なお残り武威を放つ。
そうして、皆、傷つき、
ひとり、また一人と。
倒れていったんだ。
死んではいないだけの。
戦闘不能状態――
そして、最後に残った仲間は拳吾郎さんだった。
傷だらけの体を引きずりながら、勇者さまの隣で、魔人の前に立ち塞がる。
腕は折れて、斧は半分に砕けて――
「すまんのぉ兄貴ぃ、ワシ、ここまでみたいじゃけぇ」
牙を剥いたように、血まみれの顔が笑った。
「兄弟……」
拳吾郎さんは、かすれた声で、なおも笑った。
「なぁ、兄貴……こいつ、魔人ってのは、たぶん――騙りじゃけぇ」
「……むぅ」
その目は、もう焦点が合っていなかった。
彼は、うつろな瞳のまま、静かに言った。
「……少なくとも上級じゃぁ……魔王にかすっとるかもしれん……」
そして、最後の力を振り絞り――
「だからタマぁ、とったらな……いかん。ここで、やらねばならん!」
「もう良い、拳吾郎……」
勇者さまが押しとどめようとしたのだけれど――
「ワシが先に行くけん、兄貴……
かならず、こいつのタマァ、とってつかぁぁぁぁぁぁぁさいっ!」
拳吾郎さんは、斧ちゃんを投げ捨て、自らの拳を持って、魔人に突撃した。
キィン――鉢を叩くような音がした。
拳吾郎さんのカラダが沈み込んだ。
九頭の拳吾郎――異世界拳士の目から、光が、消えた。
「さて、あとは、お前だけだな」
魔人が勇者さまに目を向けた。
勇者さまは無言で佇む。
そしてただ瞑目。
「ははは、観念したか」
魔人が挑発する。
それでも勇者さまは動かない。
「――まあ良い。これで終わりだ」
魔人は、ゆっくりと鎌を振りかぶった。
警戒など必要ない。
鎌を勇者さまのカラダに滑り込ませる。
ただ、命を刈り取る。
それだけのこと。
鎌が、振り下ろされ、
チィン――
小さな音がした。
……勇者さまは、ただそこにあった。
左手で僕を後ろ手に掴み、刀身を上に寝かせて、
右手を、そっと添えていた。
眼には――怯えも、怒りも、なかった。
あったのは、
「コヒュゥ――」
と、ただ、一呼吸の音。
そして――
カラン。
振られた僕にだけ、わかることがある。
刃渡り160センチ、厚み15ミリ、重量おおよそ10キロ――
その僕が、
――抜かれて、戻された。
しかも、“片手で”。
……あり得ることじゃない。
でも、確かに。
勇者さまは、魔人の鎌を、切り返していたんだ。
音もなく、僕を滑り込ませ、その刃を斬ったんだ。
床に伏せる刃先、欠けた鎌――
「な……んだと……⁈」
魔人の目が、驚愕に見開かれる。
一歩、あとずさる。
「き、貴様、一体、何を――」
ただ、「理解できなかった」という困惑。
その問いに、勇者さまは、ただ静かに口を開いた。
「業流拔剣術――刃喰い」
勇者さまは、こう続けた。
「――喰ろうたのだ、
我が、業、にて」
――空気が、変わっていた。
間違いなく、変わっていた。
確かな、別物として、勇者さま、が。
「きっ、きさま……その姿……は……」
魔人が声を詰まらせた。
……そこに立っていたのは、勇者さまではなかった。
輪郭は人、そのようなもの。
だけど、間違いなく、人ではない。
伸びあがる、三本の角。
口元から、突き出る牙。
劫火を灯した、赤い目。
ぐるぅ……
喉の奥で、獣が哭いて。
勇者さまの周囲だけ、色が薄れて、音が凍る。
内から滲む“圧”が世界を拒絶していた。
まるで、斬ることだけを赦された存在。
否、それ以外の概念を“喰らった”者――
「我は勇者なり、すなわち、修羅ぞ」
鬼神が、そこに、いた。
――僕はこの時、この場所、この方の手にあり、
悟った。
悟ってしまった
悟らされてしまった。
剣は、人を選ぶ。
人は、剣を選ぶ。
僕は、この方の“業”に選ばれ、
この方を――望んだのだと。