絶対強者(前)
「……では、始めよう」
何が起きたのか、分からなかった。
視界がフッと揺らいだ、と思ったその刹那。
僕らの背後――広間の奥の柱が、“断たれた”。
指ひと弾きの、さらに一刻みの内に、
柱は、ズハリと、斜めに断ち斬られていた。
初撃。神速。あえての外し。
それは、魔人の余裕だったか、あるいは試し――
「やッ――!」
「トォ――!」
だが、勇者さま一行はひるまない。
斬撃などなかったように、姫と拳士が、二手に分かれて踏み込んだ。
勇者さまの右腕左腕、軽やかな姫剣と重厚な斧拳――
対極の質量が、見事に重なる、絶妙の同時攻撃だった。
が――
「クッ、刃が止まる――」
「なんじゃ、こりゃ――」
飛び退きながら、ふたりは悟る。
斬撃衝撃に対しての、強固な魔法障壁があることを。
「神よ、祈りを少なきことをお許しください――」
セツドー神父の目がピカリと光った。
「信力精進――ナンムサンッ!」
それはナンムサンの僧伽が誇る攻勢奇跡――神の鉄槌。
信心の深さにより威力が飛躍的に増す代物である。
十字架から放たれる信仰の光。
セツドー神父の信心深さは折り紙付き――
「これでは、貫けませんか……」
でも、魔人の障壁を、揺らめかせただけ。
効いてはいるが、まだ足らない。
前衛職の二人が再度の攻撃を試みるなか――
「真名はマナにして、魔名となし――」
メメちゃんの詠唱が、静かに空気を震わせていた。
「約を編め、式を紡ぎ、陣を描け、
織りなせ、重奏魔法陣――」
地面を杖をトントンと叩いた。
同時に、足元で魔法陣がいくつも展開する。
異なる系統、異なる属性、異なる流れを持つそれが、
重なり、組み合い、連動しながら、整然と回転を始める。
「交われ、溶けこみ、混ざって、合わせ――
複合魔法――魔弾連弾っ!」
魔法陣から、連続的に魔力の弾が飛び出ていった。
手数で、障壁を叩く腹積もり――
「ッ……効果薄い……」
障壁を押し込むに留まってしまった。
「しかれば――」
すでに、勇者さまは、自分の間合いに入っている。
「羅ゃッ!」
無駄な溜めのない、神速の踏み込みからの斬撃。
僕の刃先が、障壁に食い込み、削る。
一閃きの後、続けざまに、
──二撃、三閃、四裂、五断。
止まらぬ怒涛のラッシュが、魔人を襲う。
障壁はガリゴリと削れ、これならば、と思った。
でも――
でも、いけない。
その直感に、僕は応じた。
同時に、キィン! と、硬質な、金属の音。
魔人の鎌が僕の刀身をかすめた音。
鍛え上げられたはずの僕の刃に、一筋の傷。
「ほぉ、これをかわすか……腕前、だけではなさそうだが」
魔人は、不敵な笑みを浮かべた。
「では、こちらのターンだ」
とも。
それは絶望の幕開けだったんだ。
一閃――
それは、鎌による斬撃だったと思う。
「空間が裂けた」と錯覚するほどの一撃。
「ガッ?!」
拳吾郎さんが、弾かれ、吹き飛び、石壁に叩きつけられた。
斧ちゃんが盾にならなかったら、首が落ちていたかもしれない。
二撃――
斬撃、その切り返しが、鎌の柄による打撃だった。
「なぅ――――ッ!?」
オルフィーナ姫が、姫剣ごと飛ばされた。
まったく、見えいなかったように、反応できずに。
クラリスが持つ、パッシブ魔導防御がなければ、即死だったろう。
三衝――
間を置かずして、魔法の発動。
無詠唱にて放たれたそれは、雷光となってメメちゃんを襲った。
「ヒッ――!?」
魔法陣がバラバラになって、構築魔法が逆流。
頭痛・吐き気を誘発して、昏倒寸前に。
杖の髑髏が避雷針代わりにならなければ、黒焦げになっていたかもしれない。
四分――
呪詛、悪詛、忌詛、毒詛、業詛――「神は応えぬぞ」という囁き。
神とのリンクを裂くような、禍々しいカースワード。
「ぬぐぅ…………」
セツドー神父の鼻からダクッと血が滴り落ちた。
胸元で十字架を握りしめ、マインドシェイクに抵抗する。
ブラディーナ姉さんがサポートしなければ、間違いなく破戒していた。
五裂――
四つの行動をほぼ同時に行った魔人は――
鎌の先を、勇者さまの喉元に突き付けていた。
僕が、それを、かろうじて受けいなければ……身体は二つに裂かれていただろう。
「どうした、勇者、それがお前の、限界か?」
「……ぬぅ……」
――あの勇者さまが、それだけしか言えなかったんだ。
いつもなら、冗談でしょう、と心の声を上げるところだけど……
僕にも、そんな余裕はなかった。
むしろ、有れば、よかった、のに。