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出オチの魔人、覚醒す

 そして魔人の城の中。


 ……静かだ。


 最初、ものすごい喧噪があったと思う。

 たくさんの魔物がいたんだから。

 でも、今は風の音すら吸い込むような静寂。

 誰も喋らない。いや、喋れなかった。


 だって――


 はいはい、とおりますよ~。勇者さまご一行です!。

 門、吹っ飛ばして、やってきました!


「正義の名において断罪する。我、勇者なれば」


 ってことだから。

 死んだ魔物だけが良い魔物――現実は残酷だ。


 あと、なんか四天王っぽいのがいたけど、全部蹴散らした。

 騎士団が追撃を掛けて、お城のあちこちに展開、残敵掃討してる。



 そして僕らは――


「ようこそ……」


 城の広間で、そんな声を耳にした。


 声音は、低く響く立派なもの――


「貴殿が、魔人なりや?」


 勇者さまがそう言わなくったってわかる。

 シチュエーションからして、これはもう、


 魔人だよね?

 

 でも……


 魔人……なんだけど……


「え、ええと……!

 わ、我こそは――

 復活せし、偉大なる……ま、ま……魔人王ヴァ……ル……」


 あ、名前噛んだ。

 自分の名前くらい、ちゃんと言おうよ魔人。


「はい、ヴァルギルスですッ!!!(涙目)」

 

 邪悪っぽいオーラが漂ってはいるけれど、

 もう、ビビってるのがバレバレ。


 膝はガクガク、産まれたばかりの小鹿のように。

 背は高いけど、スッカスカのやせっぽちで、前かがみ。

 マントが合わないみたいで、何度も端を直したり。


 ああ、泳ぐ泳ぐ、目が泳ぐ。

 冷や汗、あぶら汗、ガマの蛙のような。


 ……うん、出オチですか?


「うええええええん……」


 あ……泣いた。


 マジで泣いてる、ガチ泣いた。

 城が一瞬で落城寸前なんだから、わかるけど。


 こいつは、大変。

 多分メイビー超弱そう。

 

 僕は一瞬だけそう思ったね。


 拳吾郎さんあたりが――


「こらぁまた、へっぴり腰の魔人じゃのぉ……」


 と舐めてかかるんじゃないかとも。



 でも、それは一瞬のことだけさ――


「セツドーの叔父貴に恥かかしちゃいかん、からのぉ。

 さぁて、リキ溜めるぞぉぉおぉぉぉぉぉッ!」


 斧ちゃんをゴリゴリに握りしめ、筋肉をパンプアップ。

 むっちゃ力が溜まって攻撃力をドンドンアップさせ続けてる。

  

「天上神の恩寵深き、勇者とお供に無償の愛を

 今こそ来たれ……神の加護ォォォォォン! ナンムサンッ!」


 セツドー神父は神聖魔法でバフバフバフ!

 勇者一行の生命力がバイーンとアップし、リジェネ状態。


「我、魔脈に問いて、魔素を集え――

 吾、これを練り上げ、術理と成さん――

 斬れよ、叩けよ、砕けよ、上昇のぼれ――

 支えよ、助けよ、繋げよ、向上あがれ――」


 メメちゃんは、魔素を集めて魔法術式を起動させて、マナマナマナ!

 攻撃力だけじゃなく様々な効果のある複合魔法がみんなを包んだ。


「王剣クラリス、制御術式、全段開放。

 排除術式発動――」


 オルフィーナ姫が、チィィンと剣を弾くと、バシッ! っと魔法光が。

 フラッシュしたそれは、場の瘴気を払った。


 そして――


「我は勇者、我は正義、ただ成敗なり」 


 僕をぞろりと引き抜いた勇者さまが、ゴッ! とした無言のプレッシャー。

 存在だけで、敵を脅かす、狂気の勇者だけが持ちえる場の支配力学。

 魔人だろうが、魔王だろうが、いや、神ですら圧倒―― 


 一行は、ガチで殺りにいく空気だった。


それを眺めていた魔人は


「ちょ、ちょっとまって、殺さない……で」


 と、命乞い。


 でも、そこには――


 “笑み”が浮かんでいた。


「なるほど、愉快だ、実に痛快だ――」


 バッ!


 魔人がマントを翻した。

 ――瞬間、空気が変わった。


 黒い瘴気が舞い上がるわけでもない。

 魔力の奔流が炸裂したわけでもない。

 でも、ただ――そこにいた魔人の本質が、“変わった”んだ。


 背筋が伸びている。

 僕らを見下すように睥睨してくる。


 膝はグッと大地を踏みしめ巨象のごとし。

 絞り込まれた強靭な肉体は悠揚迫らざる。

 マントは何もしないのに、ハラリと靡き。


 目は、ただただ爛々としている。


 ドクン……バクン…


 だれの鼓動だったろうか、

 心臓が、膨張と収縮を同時に行う繰り返すような音。


 強者の匂いが、した。


「なかなかに愉快だ、ぞ?

 でも、お相手差し上げよう――全力で、な」


 ――その言葉で、気づいた。


 魔人は、弱弱しさをアピールしていたわけじゃない。

 もちろん、遊んでいたわけでもない。


 全力で、呼吸を整えていただけなんだ、と。


 しかも――


 魔人は、一振りの鎌を“構えていた”。


 ……取り出すような動作もなしに。


 地獄の炎をを刃にしたかのような揺らめく刀身。

 円弧は歪み、中央には禍々しい赤黒い宝玉が鈍い色を放ち。

 振るわずとも、空間が歪ませるような圧が漏れ。

 視界が波打つような違和感を覚えさせる――


 まるで死を体現したかのような、鎌だった。


「一応言っておこう――」


 魔人は鎌をクルリを一振り――


「よくもここまで来たものだ。

 貴様等は私のすべてを奪ってしまった。

 この鎌をもって我、自らが、処断せねばなるまい


 さらにくるりと一振り――


「フハハハハハハハッ!」

   

 そして高笑い。


 でも、そこには

 ――毛筋ひとつも油断が見えなかった。


 ただ、言外に……

 “死ぬがよい”、

 という宣告。


 でも―― 


「……泣かないよ? 柄が震えてるのは――武者震いだからね?」


 斧ちゃんが、ニィッと笑ってた。

 柄をカタカタと鳴らしながら。


 その笑いが無理矢理なのは、彼女自身が一番よく分かってる。

 だからこそ、笑うんだ。無理を通して、道理をひっこめるために。

 たのもしいよ、斧ちゃん。


「聖典にはこうあります――

『殺すに時があり、いやすに時があり』」


 十字架姉さん笑ってた。

 その笑みは敬虔にして――残酷なまでに美しかった。


「……さて、今は、どちらでしょうや?」


 余裕をかましているようで――かましている。

 なんてたのもしい。


「おお……魔脈が、魔素が、魔力が……」


 杖のじいちゃんの声が、どこか楽しげだ――


「精霊のささやきが、“こいつは殴ってええ”って言うておる」


 ひとつ笑っただけで、場の温度が下がるような錯覚。

 骸骨の口元がカラカラと開き、誰にもわからぬ言語で何かを呟く。


「のう、これは久々に、“命の根っこ”に触れられそうじゃ」


 じいちゃん、たぶん、普通に怖さだけなら、魔人より怖いです。

 だからこそ、頼もしい。


「クラリス、抜刀の呼吸、整ってましてよ?」


 姫剣は、まるで誰かの無礼を咎めるように、微笑んでいた。

 けれどその刃先には、情けも慈悲もなかった。


「さあ、片づけて差し上げましょう?」


 声音は、まるでお茶会の席順を決めるかのように、優雅だった。

 いいね、実に頼もしい。

  

「僕の刃が疼いてる……ああ、斬りたいなぁ……」


 ――僕の刃が、うずうずしてる。

 でも、それは――嘘だ。

 

 けれど、“そういうもの”だと、自分を騙すんだ。

 

 剣は、戦場で疼くもの。剣とは、斬りたがるもの。

 だから、騙して、騙して、騙しきって――

 

 僕は、ただの剣になるんだ。


 そうすれば、その“嘘”は、きっと真実になる。



 ひるまない。

 むしろ飲みに掛かってる。


 戦いって、そういうものだからね。

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