君も、ヒロイン病?
「さて、皆さま。一つ、お尋ねしてもよろしいかしら?」
クラリスが、
涼やかな声音には、わずかな戸惑いがにじんでいた。
「“勇者病”という言葉を、先ほど耳にいたしました。
雰囲気からなんとなくわかるのですが、
御恥ずかしながら、わたくし箱入り娘でして……」
そこで皆は、一瞬だけ、顔を見合わせ――
「勇者病ったら、勇者病じゃろ。勇者病じゃ」
同語反復トートロージー。
答えになってないよ、斧ちゃん。
「僕は、少しだけなら、知ってる。ええと……」
杖のじいちゃんや、十字架姉さんから聞いたところによると――
「“勇者病”っていうのはね、
《正義感》とか《自信過剰》とか《迷いなさ》が爆発して、
しかも神の祝福とか呪いで強化された《運命の人》――
『正しいからやる』じゃなくて、
『自分がやるから正しい』になっちゃう、みたいな……
……なんか、ステージがあるらしいんだよね。
そんな感じ……かなぁ? うん。」
そこで僕は、少し間をおいて、こう言った。
「あ、間違いなく――うちの勇者さまは、勇者病患者だよ」
僕は勇者さまを見やった。
お姫様が懲りずに話かけてる。
勇者病が伝染したっていったけど、あれはヒロイン病ってやつらしいね。
「けひょひょひょひょ、よく覚えていたな孫や」
「誰が孫ですか……孫はメメちゃんでしょ、ボケたの?」
「はてさて……? ……それより、飯はまだかのぉ?」
トボケたおじいちゃんだけど、知識だけは確かなんだよなぁ。
「わたくしも補足しておきましょう」
ブラディーナ姉さんが
「“勇者病”とはすなわち――
神か悪魔か何れなりの使徒として、大地に顕現した聖なる愚者。
己の信念こそが世界の理に優越すると信じる病」
つまり、あれです。
ヤベー奴。
「狂信者の一種ですが、
実際にそれをできる力を持っているところがポイントです」
ナンムサン教、狂信者の第二位の姉さんがいうなら間違いないね。
第一位のセツドー神父も似たようなこと言ってたし。
「そして、この病、なんと素敵なことに、“感染する”のですよ。例えば拳吾郎さん、メメちゃん――ウチのご主人様(セツドー神父)のように」
ははは、乾いた笑いしかでないよ。
確かに、勇者さまの仲間たちは感染しきってる。
しかも自覚があるみたいだから、性質が悪いどころじゃやない。
「また、人によっては、変異することもある。例えば、あんたの持ち主であるお姫さんの“ヒロイン病”のようにな」
杖のじいちゃんは、けひょけひょ笑いながらこう続けた。
「勇者を運命の相手じゃと、脳内で勝手にロックオンし、“正義の隣には愛が必要だ!”とか叫びながら、身勝手についてきて、窮地に陥ったりするんじゃ♪」
「そうそう、だんだんと他人の忠告が“ノイズ”に聞こえるようになりますのよ♡
でも、それが尊いのです! ああ、尊い♡」
十字架姉さんが後を引き取りそう言った。
「…………それって……治りますの? その、ヒロイン病とやらは」
「無理じゃ」
「無理です」
クラリスの問いに、杖と十字架が声を揃えてマッハで断言した。
「対象が死んだら死んだで、病が暴走して、下手をすれば殉死する」
「もしくは、全てを拒んで、お城の塔とかにこもり――
永遠に“ヒロインの回想”を脳内再生しつづける……ああ、尊い♡」
十字架姉さんが、うっとりと目を細め、こう続けた。
「つまり、病として完治することはありません。
だってそれは、物語の“役割”そのものですから」
「……ふぅむ、それは真理なのかもしれんな。ちょっとメタい気もするがのぉ」
「ふふ、“神の奇跡”ですから。物語も、信仰も、そう変わりませんのよ」
なんだか、哲学談義めいてきたなぁ……
そしてクラリスは――
「では、オルフィーナさまは…………」
「オワじゃよ、オワ――いや、始まったばかりじゃもなぁ」
「祝福の準備をさせていただきます。もしくはお悔やみの」
神速のツッコミ芸が炸裂。
クラリスはふるふると震えた。
でも、その表情は……少しだけ、うれしそうだった。
鞘の奥の刀身が、ほんの少し、光を帯びていた気がした。
……えっと……はい?
もしかして、君もヒロイン病?
対象は……身共(僕)でござるか?
そしてひゅぅ――――
刃筋に、生暖かいんだか、冷たいんだかよくわからない風が吹いたんだ。
それは斧ちゃん……から吹いていた。
「…………ダメ。あげないよ……」
口調が……あッハイ……
人(剣)生はじめてのモテ期が到来したみたい。