それでも、ぼくは勇者の剣
ぼくは、たしかに――直してもらったはず、でした。
玉鋼が混ざって、前よりは少し丈夫になった……らしいです。
鍛冶屋も勇者さまも、すごく満足そうでしたけど。
でも、それは“折れた部分がつながった”だけの話です。
ひびの入った茶碗を金継ぎしたみたいに――ハハッ。
見た目は立派でも、心のヒビまでは直せていませんでした。
ある日のこと。
森の奥にある遺跡へやってきました。
勇者さまは、ここで古代の封印を解く使命があるんだって。
目の前には、苔むした大きな石の扉。
根本にはツタが絡まり、あちこちひび割れていて――
どこか重々しくて、なにより……とにかく、分厚い。
「是は、万象沈黙せし時より、我が訪れを待ちし門よ」
なんですか、その、世界は勇者を中心に回ってる理論。
というか勇者さまを待ってるなんて、律儀というか、気の毒というか……
相手、もうちょっとこう……選んだ方がよかったんじゃ?
……ま、ぼくらみたいな物には、選ばれる権利しかないんだけどね。
「我が義と力、此に通ずるを証す。
正道を征かん。――伴え、我が剣よ」
勇者さまは、やっぱり、力でなんとかするつもりのようでした。
そして、やっぱり、ぼくを使ってこじ開けにかかりました。
がりがり、ぎいぎい――
お、折れる…………ってか、ぼく、削れてます。
石と金属の間で、何度もこすられて、ぼくの刃が削れていきます。
火花が散っても、勇者さまは止まりません。
バカン!
と、扉が開いた……なんとか保ったぞ……ぼく。
「門、応えしな……正しき者がここに在り、と!」
それって……通じたというより、ただの力技じゃないかなあ。
あのね、もう、ギリギリだったんですけよ?
刃の先が、すこし欠けたの、わかってます?
でも、勇者さまはそんなこと、気にしていないようでした。
そのまま、中に入ったのです。
遺跡の奥には、角の生えた、大きな魔獣がいました。
目から火が出ていました。たぶん、怒っていたんだと思います。
「猛る獣の理、従わぬが我が義。
応ずるは刃のみ。斬伏せ、命尽くるまで」
勢いのまま、勇者さまは突撃しました。
この時の勇者さまは、とってもまっすぐな、いい目をしていました。
……“獲物”を見つけたときは、本当にいい目をするんです、この人。
でも、ただの“得物”であるぼくは、思いました。
刃、欠けたままなんですよ?
せめて、ちゃんと研いでから斬ってほしいんですけど!
「刃の欠けしは、役を為したる証左。
これまた、戦場の証なり。――然れば、まま帯びん」
……うん、たしかに傷は男の勲章だけどさ。
ぼく的には、ちょっと、つらいです。
研がれて、薄くなって、そして『心』も少しずつ、削れていくんです。
そうやって、ぼくは、少しずつ壊れてゆくのです。
誰も、止めてくれません……って、誰かとめてよッ!
◇◇
最近、ちょっと変わったことがありました。
ある日、勇者さまが武器屋さんから帰ってきて、
見たことのない剣を手にしていたのです。
銀色に輝く、まっすぐでぴかぴかの、新品の剣です。
鞘から覗く刃は、まだ一度も血を浴びたことがないみたいに澄んでいて、
柄には竜の意匠が施され、握りやすさと格好よさが同居していました。
ええと、その剣は、一体……
「副刃なり。
敵と道に応じて、是を使い分けん」
そう言って、勇者さまはぼくとその新入り、両方を腰に下げました。
ぼくの場所は、変わりませんでした。いつも通りの位置。
けれど、隣に――誰かがいる、というだけで、なんだか世界が違って見えました。
その日の戦い。
勇者さまは、最初に新品の剣を抜きました。
剣は軽やかに閃き、空を裂きました。
切れ味もよく、動きも機敏で、勇者さまの手になじんでいるように見えました。
新しい剣が使われる。
そして、ぼくは――使われませんでした。
別に、捨てられたわけじゃありません。
そんなことは、わかっていました。
なぜか、すこしさみしくなりました。
なにか、ぽつんと取り残されたような気がしたのです。
なんだか――心の中が、きゅっとしました。
ぼくを使ってくれないん……だ。
でも。
「ふむ……やはり、及ばんな」
突然、勇者さまがそう言って、新品の剣を鞘に納めました。
迷いなく――
『ぼく』を、抜きました。
「我が手には、やはり汝にこそ相応し――
伴え、我が剣」
そう言った勇者さまは、ぼくを振るいました。
ぼくは――すり減って、欠けて、先もちょっと丸くなっていたけれど、
ズバッ! キン! ガガガッ!
……ちゃんと、斬れたんです。
そして、勝ったんです。
そう、勇者さまは、 『ぼく』で勝ったんです!
チィン――
ぼくは鞘の中に収まります。
そして勇者さまは、ぼくをポンポンと撫でてくれました。
「これぞ我が剣」
端的な、お褒めの言葉。
ぼくは、ただの剣だけど――
それでも、ぼくは、勇者さまの剣でした。
……はじめて、そう思えたのが、ちょっと、うれしかったんです。
あ、ちなみに――あの新品の剣、次の日には下取りに出されてました。
査定額? 嫉妬できないくらい……高かったです……。