姫剣クラリス、お仲間参上ですわ!
戦場の大演奏会が終幕し、静けさが戻った。
生ぬるい空気が、戦の名残を残していた。
「やれやれ、ようやっと一息やなァ。仕事のあとの一服がたまらんわァ」
姉御口調な斧ちゃんが、血みどろのまま、ニコチンを決めてた。
斧吾郎が板についてきたね……僕、悲しいよ。
「極大魔法で鏖殺もよいが、血煙臭くてたまらんのぉ――カァッ……ペッ!」
杖のじいちゃんが、タン吐いてる。
爆裂魔法の土煙を浴びてたのはわかるけど、見えないところでやってよね。
「じゅるる、じゅるる……ああ、魔物の生き血が、お・い・し・い・♪」
十字架姉さん、いつもの通りのハイテンション……じゃなくて。
それじゃ、ただの吸血鬼じゃないか。
「まだ殺す、まだ殺す……」
まあ、僕も僕で、心の闇をブツクサ吐露していたから、他人のことを言えた義理じゃないけれど。
うん、今後パワーアップした僕らは――
血涙大河――悪夢荒野――四本(人)の戦鬼と人は呼ぶ、みたいな、
そんな、まさに得物に相応しい有様だった。
むせる……。
「ほったら、勇者の兄貴は、やっぱすげぇわァ。」
斧ちゃんが、煙草をふかしながら、しみじみと言った。
「ええ、中ボスを一閃。攻撃力はウチの神父様を超えていますね。
天上神が一柱、ドンファン・ブバイ(東方の戦神)もかくや……
ただ、それよりも……」
ブラディーナさんが、
「うむ……バ火力もうそうじゃが、実に見事な軍配ぶり
やはり、ただのイカレではなかった、ということか」
たしかに、勇者パワーはいつものことだったけど、あんな采配ができるなんて、僕は夢にも思わなかったよ。
「アレは、武人というより、一角の“将”じゃな」
「ええ、機を見る敏、衆目率いる大喝、その上に勇。“王”の風格すら」
「ほぉぉぉ、そういう見立てもあるんか。ま、ただの御仁やのうて……な」
三本が勇者さまのことを讃えた。
「その通りだけどさ、将とか王は言い過ぎじゃない?」
そこで、じいちゃんが勇者さま――その隣のオルフィーナ殿下を見ながらこう言ったんだ。
「でもないと思うがの、あれを見ると良い」
お姫様は、勇者さまと話をしてる。
勇者さまの隣にぴったりと寄り添って。
「お恥ずかしきも、危やういところをお救いいただき、誠に感謝いたします」
「これもまた、戦の機微というもの。お気に召されるな」
「痛み入ります。しかし、このオルフィーナ、感服いたしましたぞ勇者殿――いえ、勇者様がこれほどの将才をお持ちとは。あの、いずれの――」
「詮索はお許しいただきたい」
「アッ!? これは、失礼」
なんだ、この会話。
それにお姫様、声は凛としているけれど、目がうっとりして、頬まで染め出る。
十字架姉さんが「尊い……」と鼻血をこらえていた。
「おひいさん(お姫様)……落ちとるな」
「ラブです、アレはラブなんです。尊い……」
「実に特殊な勇者病じやなぁ」
……と、そこへ。
「――失礼」
聞き慣れない、けれども澄んだ、どこか気品のあるような声が割り込んできた。
みんなの視線が、声の主へと集まる。
姫様の腰で、銀の鞘に納まった剣が、僕たちだけに聞こえる声を囁いていた。
「我が主の非礼、お許しください」
「君は――」
「遅れ馳せながら、ご挨拶をば――
我が名は《クラリス》。
オルフィーナ様の、剣にございます」
涼やかで、凛とした声音。
その佇まいには、“礼儀”と“誇り”があった。
あと、ちょっとした“気取り”も。
「以後、御見知りおきを――」
まるでドレスの端をそっとつまんで、膝を静かに落としたような気配。
僕は「はぁ、よろしくお願いします」としか言えなかった。
「……ほぉん、よぉ喋る剣やなァ」
斧ちゃんが、ぷかぁっと煙を吐きながら言った。
その目は笑っていたけれど、声は乾いていた。
「そんだけご立派に名乗ったんや。
――ほな、随分謂れのある、剣かいな、おおん?」
はい、いきなりの煽りでした。
キャラが立ってきたなぁ……というか、持ち主(拳吾郎)の影響だね。
「どうやん?」
「ええ……では失礼して――」
クラリスは少し間を置いて――
「おーほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほ!
わたくしは――ハルコンネン王家に伝わる由緒正しい剣、でしてよ?」
高笑いからの、“由緒正しい”に力点を置いた、超上から目線の煽り返しだった。
金髪縦ロールの匂いがする……のは、何故?
「……ああ、あれか」
杖のじいちゃんが、鼻をほじりながら言った。
「王家に伝わる三本の宝刀、なんとかかんとかのひとつ……名前は――」
「なんとか、かんとかではありません! 《星影のクラリス、ですわ!!」
――
だけど、高慢ちきな物言いはそれでおしまい。
「……その、皆様」
クラリスが、声を落として言った。
「つい、癖で――名乗り口上が、ああでないと締まらなくて……」
「えっ、今さら謝るの!?」
僕は思わず声を上げた。
あれだけ“ハルコンネン家”だの“おーほっほっほ”だの言っておいて……!
「はい、謝ります」
静かな声だった。
それは本当にさっぱりとしたものだった。
「……へぇ。あんた――うん、案外、ええ奴かもね。仲間になりたいってことだろ――な?」
斧ちゃんのその言葉に、クラリスは反論しなかった。
こうして、ちょっと気取った姫剣は――この“狂気と煽りとツッコミの武器たち”に、しれっと加わったんだ。