いざ魔人の城へ ~最終装備、整備完了~
工房は、燃え落ちてた。
屋根は崩れ、梁は黒く焦げ、壁のあちこちに煤がこびりついていた。
割れた窓からは、風が吹き込んで、灰をふわりと舞わせている。
叩き込まれた鉄の台。
溶鉱炉の壁に刻まれた火の痕。
並べられた鋳型の棚には、今も微かに、焼けた油の匂いが残っていた。
そこにかつて、鍛冶職人ガランがいたことを――
残された道具たちが、物言わぬ証人のように語っていた。
そして、入口の上。
焦げた外壁の中に――
なぜか無事に残っていた、ひとつの木の看板。
歴史を感じさせる分厚い板に、焼き彫りの文字が刻まれている。
“ガラン・シュトレル・パリス工房”――王室御用達。
…………ええと、木の看板でしょ?
なんで、燃えてないの!?
そんな僕のツッコミを、風がさらっていったとき――
「老舗を――舐めるな」
槌を握った、がっしりとした背中を持つオヤジ――
職人ガラン・シュトレル――――死んだんじゃ?!
「殺すな!」
心の声を読まれたっ?!
老舗の看板、恐るべし……!
「さぁて、屋根なんざなくても、火と槌があれば仕事は出来る」
ガランは、顔をススで真っ黒にさせながらそう言ったんだ。
「魔人とバトルんなら、他のも直してやらんとな。
――いや、“性根”ごと、叩きなおさにゃな!」
“鋼を詠む者”――名匠ガラン。
魂まで鍛えあげる、その手が今、唸る!
「まずは、その斧を寄こせ!」
ガンガンガンガンッ!
斧の命が、真っ赤に爆ぜて――!
鉄が唸り、火花が暴れ、狂気のリズムで鍛えられていく。
まるで、怒れる野獣の咆哮。
そして、鉄火の嵐が収まったとき――
刃の縁がギザギザになった、どう見ても物騒な斧がドワァオッ!!と、爆誕。
斧ちゃん、泣くかと思ったら――
「……剣クン、アンタ、ジロジロ色目つこうとるけど……。
その目ェ、潰されたいんか? 女の見方――考えとけぇよ。
三代目、泣き頭の斧吾郎――――舐めたら、飛ぶで?」
うええええ、性格まで変化してる……! 極妻ぁっ?!
「次、その十字架!」
ガッコン、ガッコン、パキャーン!
聖なる銀が、呪詛の形に鍛え直され――
トゲと光の暴力をまとって、再臨!
謎のトゲトゲスパイクが生えたブラディーナ姉さん、再臨!
我は、神ィィィィィのエージェントォォォォッ!
そが使命は神にまつろわぬ魔物のぉぉぉォォッ!
その血肉ごと、フレッシュミートすることォッ!
ナンムサンンンンンンンンンンンンンンンンッ!
まるで世紀末な釘バット(終末兵器)だあぁあぁぁっ!?
……って、なんで、声が裏返ったら、逆に野太くなるんだろう……
「ほれ、杖!」
ピロリロリ~ン♪ パァァァァァン!!
なんだよ、この音っ?! って思う間もなく――
杖が、ふわりと宙に浮かび上がり、背景が、急にピンクと星と薔薇になった。
ついでに、BGMも変わった。
ま・ほ・う・パワァ~☆ おじいちゃん、ミラクルチェンジッ!
くるくる回る杖! ぶわっと舞い上がるヒラヒラのマント!
端の宝玉がキュピーンと光って、 ビビビビ……ボンッ! ポワワ~ン♪
そして――けひょひょひょ……変身、完了じゃあ――
リボンがついた狂気の髑髏……の杖……
誰が望んだ!? その業の深さっ!?
……キモイっていうか、なんかもう通報したい――お回りさん、ここですよっ!?
ああ、かまどの火は赤く灯り、
槌は小気味よく、鳴り響いていた。
まるで、それが鍛冶の神髄であるかのように。
……こんな鍛冶場、失われた方がいいと思うんだ……
そうして、武器仲間たちも、ひととおり整備――いや、魔改造されたんだ。
やったね、これで僕と同類だッ!
見事なまでに、全然うれしくない……
ともあれ――
勇者さまが言ったんだ。
「武具蘇り……そして時は来たれり」
彼は、まっすぐに立って。
僕を手にして。
ただ、空の向こうを見ながら――
「征くぞ……皆の衆。我ら、これより――」
勇者さまの、声は、とても静かで――
刃のように、鋭かった。
「――魔人を討つ」
その一言が、火種になった。
“何か”に火が点けられたみたいに――
隣で、拳吾郎さんがうなずいた。
「おおよ、兄貴!」
見た目はただのヤクザ屋さんだけど――
勇者の右腕として、ものすごく頼もしい。
「主よ、我らを導きたまえ。
魔人なるもの、お清めいたします……ナンムサン!」
セツドー神父、相変わらずの様子で空に十字架をかざしながら言った。
いつものように、戦う前から清める気満々だ……!
「魔人……見る。そして……倒す」
メメちゃんが、クールに、淡々と。
でも、すごく熱が入ってるのが分かった。
――そして、武器仲間たちも。
「……いくで、剣クン。アタシ、アンタみたいに、ちゃんと役に立ったるけぇ」
斧ちゃんは、涙も見せずにそう言った。
その、姉御口調は、やめてね?
「神は言っておられます。『良い魔人は、死んだ魔人だけ』と」
十字架姉さんが、清らかな笑顔でヒャハヒャハしてる。
戦場は地獄なんですね。
「孫のいい経験値になるじゃろうて」
杖のじいちゃん……あんた本当に、武器なんですか……?
まあ、いいや。
なんていうか、まさに勇者さまパーティ。
勇者さまの熱が皆に伝わり――
パーティ全体が勇者病――
でも、僕、嫌いじゃないよ、こういうノリ。
で……
……ここまではいい。
ここまでは良かったんだ。
ヤンごとない身分の方が――
「わたくしも、“正義”を成す者に……お加えください」
そう、宣言するまでは。
……って、えええ!? 姫様ついてくるのっ!?
「どちらにせよ、我らは魔人討伐の任にあるのです」
ええと、流れ的にそうかもって思ったんだけど……
それ、王女様のやることじゃないですよね!?
「ですが、姫様、それはなりませぬっ!?」
「おやめください姫様ッ!?」
「お気を確かに、確かにっ!?」
姫様専属の騎士団――白銀の翼は、大混乱だった。
「私は正気です……いえ、違うかも……
でも……ともかく! これは、“正義”ですからっ!」
少し頬を赤らめてそんな世迷言を堂々と、ブッパするお姫様……
あ~あ、このお姫様、知らないうちに、勇者病に感染してたんだね。
「姫様が勇者病にッ!?」
「なんと、おいたわしや……」
騎士団員がざわざわ、マスクをつけたり、後ずさったり。
「それに――勇者さまの“剣への愛”、見届けたいのです!」
なにかを誤魔化すような……
あれ、もしかして……ええと……
「誰か、お医者様を! お医者様を! メディック、メディィィィク!」
「無駄だ、もう手遅れ……だ」
白銀の翼は、輪をかけての絶賛大混乱。
まぁ、なんとなくわかるけど……
あえて言うなら――手遅れってのはそうかも。
お医者様でも、奇跡の湯でも、絶対に治せないものね。
勇者病・武人型(姫2貴1)――
“強い共感、淡い何か、しかも尊い”。
言い換えると、ヒロイン病、その“思慕”段階の発症。
理性があるぶん、むしろ始末が悪いステージ。
周囲に見えてしまって、自覚もあって、でも止めれない。
引き返すなら、今だけど……
僕は、止めないからね。だって野暮だもん。
病が進行するのは、自己責任でお願いします、よ?