勇者と鍛冶屋の鉄火場! 刃よ、パリは燃えているかッ?!
そして、槌の音が――ぴたりと止まったんだ。
鍛冶場には、さっきまであった熱の余韻が残っていて、
炉の奥ではまだ、じりじりと火の声が揺れていた。
勇者さまが、両手でそっと、重たげな鉄塊を抱え上げたの。
赤黒く焼けた塊は、ところどころからまだ蒸気を上げていて、
その手の中で、じんわりと熱を伝えているようだった。
「我が剣よ……?」
低く、呼びかけたんだ。
その声音には、期待と不安と――少しの祈りが混じってるように聞こえた。
けれど、目をすがめた勇者さまは、ぽつりと呟いたんだ。
「……魂、見えず」
だって、その塊は――
見た目も鉄、手触りも鉄。
そして何より、心までもが、ただの鉄だったんだもの。
「あったりめぇだろ。そら、まだただの棒だからな」
ガランさんが、ぽつりと呟いた。
彼は、炉のそばに戻って、
真っ黒になった手を、がしがしと拭いながら続けたんだ。
「里にある、ありとあらゆるめぼしい材料をぶち込んで作った、
“剣の素体”さ。――魂は、まだどこにもおらん」
鉄塊の表面が、うっすらと鈍く光を反射していた。
いくつもの金属が混ざり合い、形を成しているけど、
まちがいなく、魂は宿っていない、ただの『物』。
「ふむ……未だ成らざる。何故これを?」
勇者さまは、鉄塊から目を離さずに言った。
「お前さんの注文を聞こうと思ってな」
曰く――
「剣ってのはな、“誰が使うか”がすべてなんだ。
どんな型で、どんな気持ちで、どう振るうか。
それを知らなきゃ、俺は“魂の入れ口”を間違えるからな」
「成程…………では、生国の刀様に」
勇者さまの返答に、ガランの口角が、ほんのわずかに上がった。
「うん、あれか。侍が使ってる、こう……スラッとしたやつだな?」
「いかにも」
言葉の応酬というよりは、確認。
ふたりだけが知ってる約束みたいで、妙に親しげだった。
「ははぁ、なるほど。お前さんのスタイル――あれは東方の型だもんな? 本来の剣は、“刀”だったんだな」
「然り」
ガランさん、鍛冶の合間に、勇者さまの手合わせを見ていたみたい。
ちらと炉のほうを振り返ったあと、
火の前に立つ勇者さまの横へ、すっと歩み寄る。
「んじゃ、それを作ってやるよ」
「おお……!」
その一言に、勇者さまは小さく息を呑んだんだ。
心なしか、声が震えているようにも。
それを察したように、ガランさんは腕を組んでこう言ったの。
「だが、それを作るには、打ち手が必要なんだ。――ほれ、手を出せ」
腰から取り出した槌が、勇者さまの手に渡る。
鍛冶場の空気が、ひときわ熱を増す。
勇者さまは、迷いなく手を差し伸べ、その柄を握った。
「我、が……?」
「いやか? ああ、経験がねぇってか? 俺が主鍛冶でお前が相槌、お前さんほどの武人ならできると思うぜ」
「……光栄の至り」
「おーけぃ、それでいい」
ガランさんは、ただの鉄塊を炉の中心に据えた。
ごう、と火床が唸る。赤熱の光が、ふたりの顔を照らして揺らめく。
「俺が打ち、お前が打つ――
二人鍛冶は、鉄と魂の“会話”だぜ。覚悟はいいな?」
「応ッ!」
勇者が、構えた。
大きく息を吸い、腰を落とす。
その手に握った槌は、驚くほど重く、熱を含んでいた気がした。
それでも、手放す気にはならなかった。
空気が、鍛冶場の底に沈み込む。
――カァン。
最初の一打は、静かだった。
けれど、鉄が鳴いたように思えた。
主鍛冶のガランが構えた鉄塊に、勇者さまが相槌を打つ。
カン。カァン。
カン、カン――。
音が、だんだん揃っていく。
まるでふたりの呼吸が、音になって響いているみたいだった。
金属が焼け、響き、微かに鳴く。
まるで、剣くんの“心音”が蘇っていくようだった。
「いいぞ……今のは悪くねえ」
ガランさんの声も、どこか楽しそうだった。
「よし、次は角度を変えて――」
「御意!」
ガンガンガンガン!!
火花が奔る。鉄が跳ねる。炉の熱が逆巻くなか――
勇者さまは、鉄塊を折り返しては叩き、折り返しては叩き、
もはや職人の所作ではなく、なにかの武技の型みたいになっていた。
「必殺、“無双連打”――――いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「よっしゃ、いいぞ、もっとやれ!」
ガランさんは止めなかった。
いや――止める気すらなかったみたい。
「魂が……まだ足りぬ! まだ足りぬのだっ!!」
「そうだ、足りねぇよ! やりすぎ上等でブチかませっ!」
凄まじい火花が四方に飛び散り、
鍛冶場の空気は灼熱の霧に包まれた。
風圧。熱波。轟音。
それは鉄火場――ほんとうに“火の戦場”と化していた。
鉄塊が跳ね、火花が飛び返り――
拳吾郎さんの一張羅が、
メメちゃんのぼうしが、
お姫様名の肩のひもが、
セツドー神父の法衣が、
じゅっ……と、焦げるのだもの。
「わ、ワァジィィィィィィッ?!」
溶けた鉄を浴びた拳吾郎さん。
額にタバコな根性焼きみたいになってる。
「きゃぁぁっ?!」
「危ないわ! こっちへ逃げるのよぉ――っ!?」
メメちゃんをかばって駆け出したお姫様――
その肩では、ひもがじゅっ……と音を立てて焦げていた。
「ひっ、火の試練……
皆さま――これは勇者さまの試練ですぞ!
外で待つのが吉と、ナンムサンもおっしゃれておりますぞっ!?」
セツドー神父が言わなくたって、皆はもう逃げ出してる。
そして――――
もう、トンテンカンなんて、なまぬるい。
ドンガンデンガン!
“槌音”と言うのがおこがましい――暴走爆音が鳴り続けたの!
「オラシャァァァァァァァァァァ!」
「くたばれゴルァァァァァァァァ!」
鍛冶場の中では勇者さまの怒号めいた叫び声。
ガランさんが、煽る煽る、勇者を煽る――
ドンガンデンガン、ガンガンガンっの、ギンギンギンッ!
鍛冶場の気温は、たぶん四桁を超えていたんじゃないかな?
あ、屋根が燃えてーら……
そして――
ドゴォォォォォオォォオオオォォォォォオオオオォォォォオォッォオン!
という爆発音!
伝統ある“ガラン・シュトレル・パリス工房”――
王室御用達が燃えてるよ……
しばらくして――
ズシン……ズシン……
勇者さまが姿を現した。
地響きを響かせながら……
目は爛々と、口からは蒸気が上がって……
その姿はさながら、極大爆炎魔法の直撃を喰らった大怪獣みたいだよぉ!?
そして、その手には、剣くん……
には、どう見ても見えない――反りの入ったデッカイ剣……。
色見は、黒鉄のごとく鈍く――その表面には、
鋼でも錆でもない“何か”が、這い回るように渦巻いて。
まるで内側から怒りそのものが漏れ出しているような光。
刃は美しいのに、なにかが歪んで、刃筋が通っているようで、荒ぶって。
ただ、斬るために生まれた“何か”が……
偶然この形を取ったに過ぎないという気配。
柄は異様に長く、ごつい手がゴリリと握りしめるのを軽々と受け、
握った者の“願い”を、問答無用で呑み込むような――そんな静けさ。
そして、オーラ……。
赤でも青でも金でもない。
“どす黒い禍”が、まるで世界に穴を穿つようなそれが、滲み出してる。
誰もが息を飲む中、勇者さまは『ソレ』をゆっくりと構えたんだ。
そして、咆哮――
ぼくは剣也ィィィァァァアアアアアアアアアアアッ!!!
僕ォォォクはァァァ! 勇者のォォォッ! 剣ナリャァァァアアアッッッ!!!
轟ュオオオオオオオオォォォォォォォ雄ォォォォォオォッン!!!
……ごめん、ちょっと泣いてもいい……?(涙)
こうして――
剣くんは、無事(?)に復活しました。
これ、たぶん剣くんじゃなくて、何か『別もの』になっちゃったよね……?
――合掌。