まだ、生きてるよ、剣くん
斧です、斧ちゃんです。
ボク、剣くんが……折れちゃって、ずっと泣いてたんだけど――
「まかせろ、打ち直してやる!」
とてもすごそうな職人さんが、直してくれるんだって!
勇者さまの目に、炎が戻ったんだ。
それを見て、ボク――泣くの、やめたの。
ああ、よかった……。
勇者さまは、諦めなかった。
剣くんは、まだ……終わりじゃなかったんだ、って――
でも、打ち直しには時間がかかるみたい。
だから、勇者さまは、それから毎日、木剣を振ってたんだ。
剣くんがいなくても、振ってた。
木刀なんて、斬れないのに。
剣くんほどの思い入れもないはずなのに。
勇者さまの手は、ずっと、赤くなってた。
握りしめたまま、何本もの木剣を振るうから、
手のひらの皮が、擦り切れて……破けて……。
でも、巻いた布はすぐに外されちゃって。
たぶん、“その痛み”も、一緒に憶えておきたかったんだと思う。
それでも――ずっと、ずっと。
まるで、“自分の剣の形”を忘れないようにするみたいに。
……ボク、見てられなくなって、三回くらい泣いちゃった。
すると、神父さまがぽつりと言ったんだよ。
「これも勇者病の現れ……信仰の一種、ですな」
ブラディーナお姉さんは「げに美しきは、心のつながり……ふふ、いと尊し」って、なんかちょっとキザな顔で言ってたの。
よくわからないけど、これまでで、いちばんまともなこと言ってる……
それで、メメちゃんが、言ったんだ。
「剣は……ここにいる」
ボク、ドキってしちゃった。
だって……それ、誰に向かって話してたの?
杖のおじいちゃんはただ、けひょけひょ笑ってるだけ。
でも、それは暖かいものだったの。
そして――
拳吾郎さんが、木剣の山を見て、斧をズン!って肩に担いで――
「兄貴、ワシも一本、加勢してええかの?」
「ありがたし」
はい、ボクも強制参加――
でも、悪い気はしなかったんだ。
だって、勇者さまの相手をできることは、剣くんのためになると思ったから。
そして勇者さま、木剣を100本くらい折ったんだ。
「兄貴……さすがに、景気のええことじゃのぉ?」
「応ッ!」
「まだやるかいな。さすがに、敵わんな……」
凄く熱く苦しいのに、なぜか心地良かったんだ。
しかも――――
「一手、手合わせ願いたい……勇者殿」
って、お姫様のオルフィーナさんが言ったんだ。
凍るほど綺麗な――でも、真摯な面かまえ……
目には確かな武人の色、口元には僅かな乙女の笑み。
勇者さまは、ちょっとだけ間を置いて――
「木剣にて……失礼する」
木剣を構えたその姿は、たぶん、ボクが知ってる“勇者さま”そのままだった。
そこで……なんだか、ちょっとだけ、分かっちゃった。
やっぱり、剣くんって、ただの武器なんかじゃなかったんだ。
あの人にとって――
剣くんは、
ずっと隣で戦ってきた“相棒”で、
背中を預ける“仲間”で、
自分の義を託す、“証”だったんだ。
ボクは拳吾郎さんの斧。
ブラディーヌさんはセツドー神父の十字架。
おじいちゃんはメメちゃんの杖。
お姫様の剣は、オルフィーナ様の佩刀。
そして、君は、勇者さまの剣――
(ねぇ、剣くん――君はまだ、生きてるよ)
トンテンカン、トンテンカンテン――
(早く、戻ってきてね……剣くん)