姫の剣 ~折れた剣と飛んだ剣~
あら……折れましたわね。
ぽっきりと、見事に。
刀身も柄も、砕け散っております。
ただの庶民の剣が無茶をするからですわ。
……コホン。
あらためまして、皆様。
わたくし、オルフィーナ様付きの剣クラリスでございます。
伝説のオリハルコン合金製。黄金柏葉ダイヤモンドの装飾つき。
ハルコンネン王家に代々伝わる――折り紙つきの、由緒正しい名剣ですことよ?
……え? 喋る剣なら見たことがある、ですって?
さっき折れたアレと同じような?
失礼なッ!
あんな鉄の棒と一緒にしないでくださる?
なにが悲しくて、「うおおお俺の剣ーッ!」なんて叫ばれるような鉄くずと比べられねばなりませんの?
わたくし、王宮舞踏会の夜に、オルフィーナ様の儀礼用佩剣としてお供したこともございますのよ?
情熱一本槍で振り回される熱血剣――まったく、品性という概念が欠落しておりますわね。
剣というものには、もっと気高さと理性が必要ですの。
主と剣の関係とは、気迫のぶつけ合いなどではなく……
ええ、もっと静謐で、優雅で、理知的な――
そう、例えば――ティータイムのように品格あふれるものであるべきですわ。
えっ? 何を言っているかわからない?
うふふ、高尚すぎたかしら。庶民には。
おーっほっほっほっほっ!!
……と、言いたいところですが。
ちょっと今は、優雅に構えている場合ではありませんわね。
ご覧なさい、あの災厄の権化みたいなドラゴン。
鼻息で木々を薙ぎ倒すなんて、お下品にもほどがございますわ。
そして――あの勇者。
剣が折れたというのに、「うぉぉぉぉぉぉぉッ!」と叫びながら、ドラゴンと――
殴り合っておりますの……?
馬鹿ですの? 阿呆ですの?
わたくし、そういうタイプはちょっと――いえ、だいぶ苦手ですの。
同じ空気を吸うのも嫌ですわ。
わたくしのような気品あふれる剣は、もっと、こう、貴人然としたお方に……
……あら?
なにかしら、この違和感。
オルフィーナ様……?
なぜ、わたくしを、鞘から――
姫様、そんなに強く握っては、柄が……柄が痛みますわ……!
高々と掲げられるのは気持ちの良いものでございますけれど。
「あぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
姫様が、いきなり叫び出されましたわ!?
このかた、超優美でクールな外面をされてますけど――
おしとやかな令嬢というより、武人肌のお姫様なんですの。
ですから、気が高ぶると、こうして激情をあらわになさることも……。
「勇者ぁッ!!」
勇者、って……
殿方を名指しで呼ばれるなんて、はしたない。
それに、お手まで、震わせて――って……
……まさかっ!?
あの阿呆の戦いに、感動なさって――いやがりますのっ!?
「勇者ぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
か、確定……確定的に、感動されてますわ。
「これを――」
こ、これって……わたくしのこと!?
なにゆえ、わたくしを振りかぶるので――ッ?!
「この剣をぉぉぉぉぉっ――」
やめて、とめて、まって、まって、まって――――
「使えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――ッッ!!」
――投げないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!
脳筋姫様の馬鹿ぢから……
全力で、恨めしいですわ……。
そして、いま、わたくしは空を飛んでおりますの――
花びらが春の光をまとって舞うように、ういういしく
月明かりに染まりし薄霧の帳のように、ゆらめいて
雪解け水の流れに身をゆだねるように、とけゆき
星天の道を駆けて抜ける流星のように、ひかり
宙を統べる時の高鳴りと想いのように、翔ぶ
……そんな風に、歌劇団風に……詩でも語れればよろしゅうございましたのに。
実際のところ、エッグイ速度で、ただいま絶賛、FlyHighッ!
地に足のつかない人生とは、まさしくこのことですわ。
走馬燈が、パッと咲きましたの。 幼き日々が、チラリと微笑みます。
お恥ずかしいことに、蔵の奥で眠っていた日々の埃までも。
ふぅ……。
……なぜ、お紅茶が塩味なの、よ。
でも、そんな優雅なティータイムはおしまい。
回想シーンは――おしまいですわ。
勇者が、わたくしを――ガシッ! と。
逞しい手でゴリっと握り締め、
「姫御前の剣……」
肩には火傷、腕には裂傷。
それでも、前を見据えた瞳が――怖いくらい、澄んでいて。
「ここにッ!」
そして、ただ、わたくしを振りかぶり――
迷いなく。
一閃。
時が凍りついたように感じられて、
ドラゴンのカラダが、ビシッ、ビシッ、ビシッ……と震え。
勇者がピッ! と、わたくしを下に伏せて、残身。
「……成敗」
ドバッ!
その一言とともに、竜の血が空中に噴き上がり――
静寂を裂くような、熱く重たい飛沫。
真紅の雨が降るようにして、わたくしの刃先を染めながら……
咆哮が絶叫へと変わり、巨体が崩れ落ち――
バタリ。
……わぁ。
ここ、事至れば――
うひょぉぉぉぉぉっ!
なにこの勇者スゲぇ!
そして、わたくし、ドラゴン殺しになりましたわぁぁぁぁぁっ!
もはや、高貴も格式もどうでもよろしくってよ!
こ、これで名実ともに――
あふん――ほぼ逝きかけましたわぁ!
はしたなくも、そんなことを思いましたの。
でも、喜びは一瞬。
わたくしは――ポイッと、放られましたの。
地面に転がる王家の剣なんて、前代未聞ですわ……
でも、泥の上に転がっておりましても――
なぜか、腹は立ちませんでしたの。
……そう、だって。
あの一閃に――
わたくしのすべてが、応えられた気がしたのですもの。
ほんの、ほんの少しだけ……思ってしまいましたの。
「……使ってくださって、ありがとう」って思ってたから。
そして――
あの方、走ってゆかれますのよ。折れた、名もない剣のかけらのもとへ。
破片を……しゃがみ込んで、ひとつ、またひとつと。
服が汚れるのも構わず、泥にまみれながら、それはもう必死に。
黙々と、欠片を集めておられますの。
あの、庶民の剣を。泥臭く、叫び、折れた、あの剣を。
泣きながら――
……こういうの。
……わたくし。
……嫌いではありませんことよ?