勇者の剣 ~僕の誇りは、あなたの中に~
「皆の衆、手出し御無用!」
勇者さまが、全員に向けて言ったんだ。
「暴竜、我が剣のみにて討ち果たす!
正義をもって、信を得るッ!」
空を裂くような声だった。
「ド……ドラゴンと一騎打ちだとッ?!」
オルフィーナ姫もこれにはビックリだったね。
ドラゴンと一騎打ちするなんて、頭おかしいもの。
でも、セツドー神父は、静かに十字を切って、ひとこと。
「……主がおっしゃられております。手を出すべきではない、と!」
拳吾郎さんは、斧を肩にかけたまま、にやっと笑った。
「おうおう、さすが兄貴じゃ、ええこと言うのぉ!」
メメちゃんは不安そうに杖を抱いたけど――
「……信じてる。だから……がんばって!」
仲間達と違って、オルフィーナ殿下は驚愕してる。
「おぬしら、正気か……!?」
正気です、まったくの正気なんです!
勇者さまは、皆の言葉を背に受けて――
ただ、真正面からドラゴンを見据えて、剣を構えた。
ぐわあああああッ!!
風を裂き、大地を削る“災厄”そのもの――
ドラゴンが、咆哮とともに突っ込んできても――
「姫御前、我が武、我が剣
とっくとみよやぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ただ真っ直ぐ、ぼく(剣)を構えた。
一歩も退かない。
そう、これがこの人の、やり方なんだ。
そして――
壮絶な戦闘が始まったんだ!
激突。
刹那、火花が散る。
圧倒的な衝撃波が谷を駆け抜け、地面が割れ、空気が震えるような――
「必殺・掘削剣! いやぁぁぁぁぁぁ!!」
ガッキョン!
いたたたたたたっ!
刀身が欠けたぁ!
ドラゴンの硬い鱗にぶつかれば、そうなるよね。
「必殺・穿孔剣! いやぁぁぁぁぁぁ!!」
ガッキョン ガッキョン!
いだだだだだだだだだだっ!
刃先にヒビがぁ!
ドラゴンの硬い鱗にぶつかれば、そうなるよね。
大事な事なので二回いいました!
でも――
痛くてもいいんだ。
この時はそう思えたんだ。
だって――
「唸れ、我が剣ッ!
此の手にありし全て、汝と共に、見せよかしッ!」
裂帛の気合と共に、勇者さまがぼくのことを呼ぶのだもの。
嬉しくて、刃(胸)の奥が震えた。
ドラゴンが吼える。
空が歪み、大気が灼け、ただの音が暴力そのものになる。
勇者さまは――さらに、僕を、強く、両手で握り――
……この感触、あの日から、ずっと同じだ。
初めて握られた日。
震えながら、勇者さまの掌に包まれた、あの日から。
その手の中にいるだけで、僕はわかるんだ。
何度も斬った。何度も貫いた。
どれほどの敵を退けてきたか、もう覚えてない。
折れたり、焦げたり――酷い扱いを受けたけれど――
それでも、あの日からずっと。
勇者さまの手の中にあることは、僕の誇りだった。
だからぼくは思うんだ。
世界でたったひとつだけの剣――
そう信じてくれた、その人の剣なんだって。
『僕』は勇者さまの剣なんだって。
……そして――
「必殺、我剣、大ぃ、旋、回ッ!
きぃえあああああああああああああああああああああああッ!」
勇者さまが、叫んだ。
ドラゴンの鱗に刃が届く。
斬り込む、食い込む、砕く、貫く――
そのたびに、
僕の芯に、ひびが走る。
――軋んでる。
柄の奥から、嫌な音がしてる。
芯が、熱をもって、軋んで、ひび割れて――
わかるんだ。
僕の中で、何かが崩れていくことが。
それでも、勇者さまの手が、僕を支えてる。
まだ、斬れる。まだ、貫ける。
あと、少し……あともうすこし……
僕は勇者さまの剣だ。負けない。折れない。
誇りのまま――最後まで。
最後の一撃くらい、やりきれる――!
「届け、我が剣」
勇者さまの声が、僕を押し出す。
だから、いける、いける、いける、いけるいけるいける――!
あと、一撃だ――――!
「征けぃ――ッ!」
勇者さまの叫びとともに、僕は全身全霊を込めて振り抜かれた。
その刃は、竜の胸を斬り裂き――
そして、深く深く――
《ずん》と、手応えがあった。
――届いた。
僕の刃先が、竜の心臓を貫いたんだ。
――勝った。
灼熱の瞳が揺れて、巨大な喉がくぐもった悲鳴を漏らし、
竜の身体がガクンと崩れかけたのを。
「やった……!」
拳吾郎さんの叫びが聞こえた。
メメちゃんが杖を抱きしめて泣きそうな顔をしてた。
神父が、静かに十字を切っていた。
オルフィーナ姫は、「見事、勇者とその剣よ」――ほぉ、と吐息を吐いていた。
――僕は、やりきったんだ!
勇者さまの剣として、最後の一撃を。
でも――
そのときだった。
竜の胸から、別の“音”が鳴った。
《ドン……ドン……ドン……》
え?
それは、明らかに――鼓動だった。
まだ、鳴ってる。
も、もう一つ、ある――!?
心臓が、二つもあるなんて!?
「けだし、改めて潰せば済むことぞ……」
勇者さまは、淡々と言葉を紡ぎ、僕を握った。
だけど、そのとき……
鈍い音が、僕の奥から響いたんだ。
……あれ?
なにかが、ふっと軽くなった。
空が揺れて、風が止まった。
刃が、
――震えた。
軋みが、芯を裂いた。
……ああ、
それじゃ、だめだ……
だめだ、だめだっ!
それじゃ、もう、戦えないじゃないかっ!
それじゃ僕っ!
もう、勇者さまと一緒に戦えないじゃないか!
――いやだ!
いやだよ、こんなの――!
でも、現実は残酷。
次の瞬間。
ぼくは、
折れた。
ごめんよ……
勇者、さ……ま……