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雷のち修理、ときどき正義?

◇◇ 嵐を呼ぶ男


 雨が、まったく降らない日が続いていました。


 畑の土は、ひび割れて白く乾き、

 子どもたちは水が入っていない桶をのぞきこんで、しょんぼりしていました。

 通りを歩く人の足取りも、重くて、音がありません。


 そんな中、勇者さまが、空をにらみながら言いました。


「天を振るわせるに、義こそあれ――

 振るうは祈りにあらず。これぞ儀なり!」


 何を言っているのかよくわかりません。

 ぼくは、なにもわからないまま、山へと連れていかれました。


 風がひゅうと鳴る山道を、勇者さまは黙ったまま登ります。

 

 そして神殿の跡みたいな場所で、

 勇者さまは、ぼくを天に向かって振りまわしました。


 ぐるんぐるん。

 ぶんぶんぶん。


「応えよ、天よ! 我、ここに祈る」


 ……って、さっき『祈りにあらず』とか、言ってませんでした?


 それに、この儀式? ほんとうに効果あるんですか?


「応えよ、天よ! 我、正義の刃をもって空を穿たん!

 此の刃をもて、沈黙を裂き、汝を穿たん!」


 そんなことを叫びながら、空に剣を突き上げた、その時――


 ぽつ、ぽつ。


 雨が、降り始めました。


「応! 天が応えた! 我が義に応えた!」


 勇者さまは、びしょ濡れのまま、叫びました。


 どういう原理なんだろう……雨ごいの魔法とかだったのかな?

 まぁいっか、結果として雨が降ったし。

 終わりよければ、全て良しだもんね!

 

 って、めでたしめでたしで、終わりかと思ったんだけど

 うん、……ここで終わってくれれば、完璧だったんですよ。


 勇者さまはまだ、宙を見ているんだ。


 なぜかぼくを振り上げて。

 天空にいる、誰かを見つめて。

 こう叫んだんだ。


「来たれ、雷神! 翔べ、風神!

 天を裂き、大気を震わせよ!

 我が刃に応え、いまこそ降臨せよ!!」


 え、雷神!? 風神?!

 なんでっ、そんなものを――

 ……どうしてそんなの、呼ぶんですか!? しかも両方いっぺんにっ!?

 


 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ――――!!!

 ゴバアァァァァァァァァァッ!!!


 ちょ、ちょ、ちょおおおおおおまっ――!


 雷神さま、めっちゃこっち見てるううううう!

 風神さま、息が強すぎて、刃が揺れるぅぅぅぅぅ!


 天の気配が、刃の根本までびりびり来てるぅぅぅ!

 なんで!? なんでぼくなのぉぉぉ!


「我が刃を照らせ。正義を焦がせ。

 神鳴る響きもて――証となせぇぇぇぇ!」


 ちょっと――待ってぇぇぇぇっ!

 

 一瞬、空が真っ白になって、

 風が止まり、音も消えました。


 ドガアアアアアンンッ!!!


 閃光が空を裂いて、音が耳を破るようでした。

 ぼくの全身――じゃなくて、全刃が、びりびりしびれて……


 ばちばちばちばちばち!


 ぼくは、地面にめり込んでました。

 まわりの草は、じゅうっと焦げていました。


 勇者さまは、ぶるぶる震えながら仰向けになっていました。

 髪の毛が、ぼふって膨らんでいて、すこしだけ、いい匂いがしました。


 そして雨が降り続けます。

 

 草木はよろこび、村の人は感謝しています。


 拍手が聞こえ。


 子どもが笑っていました。


 そして、雨は1か月間も降り続け――


『残念、村は水没しました』


 これって、ほんとうに“正義の儀”だったんでしょうか……?


 でも、一つわかりましたよね?

 勇者さまは、『嵐を呼ぶ男』なんだって……はぁ。


◇◇ 悲しみのポキン


 勇者さまは、今日も『正義のために』行動していました。

 ……たとえ、それが誰にとって災難でも関係ありません。


 勇者さまが、扉の前に立っていました。

 どことは言いません。

 言ったら絶対捕まるから。


「扉、開かず」


 どうやら、カギがかかっているようです。

 がちゃがちゃしても、びくともしません。


「然れど我が義にて、是を穿たん。

 道は通ずるに非ず。踏み入り、押し破りて、拓くのみ」


 勇者さまは、なんだか難しいことを言っていました。

 でも、ようするに「こじあける」という意味だと思います。


 そして、まっすぐな目でぼくを両手に構えたかと思うと――

 扉のすきまに、ぐいぐいと差し込んでいきました。


「支点・力点・作用点――三位一体の儀!

 理と力、合わさる刻、まさに今と知れ!」


 『てこの原理』というものらしいです。

 ――つまり、ぼくを棒として使うということです。

 武器なのに。斬る道具なのに。


「憤ッ!」


 ……ぽきん。

 一瞬、音だけが世界になりました。

 ただ、もの悲しい――ぼくが「折れる音」でした。

 

「折れたか。然れど是も鍛錬。

 限界、手にて見極むるは学び、多し」


 勇者さまは、嬉しそうに頷きました。


 でも、折れたのは『ぼく』なんです。

 ミリ残りはしてるけど……HPで言えば「1」、気持ちで言えば「ゼロ以下」です。


 薄れゆく意識のなか、

 勇者さまの満足そうな顔を見て、

 ぼくは――泣きました。


◇◇ トンテンカンで蘇る、ぼく


 ぼくは、山の中の鍛冶屋さんにつれていかれました。


 もくもくと煙の上がる工房で、

 ひげもじゃのおじさんが、鉄をトンテンカンテンと打っていました。


「此の剣、鍛え直して賜りたく候。

 折れじとて、鋼の理を用い、

 ――火と槌とにて、然く成して下さるべし」


 勇者さまは、ぼくを差し出して、ぺこりと修理を頼みました。

 その姿は、なんだか本気で「剣と向き合っている」ように見えました。


 半分にへし折れたぼくを眺めて、鍛冶屋さんは、すっかりあきれていました。

 そして、ぼそりと尋ねます。


「アンタ、剣の使い方、間違ってんじゃねぇのか?」


「――然り、常に誤ちておる。されど、振るうことを止めはせぬ。

 それが我が道なれば、この手を悔いず」


 あ、勇者さまは多少は反省できるのか!

 でも、後悔も、ないそうです。

 ぼくは涙がとまりませんでした。


 でも――


 トンテンカン、トンテンカンテン。


 玉鋼という、ふつうよりちょっと特別な鉄を混ぜて――

 火の中に入れられ、叩かれ、冷やされて、

 ぼくのかたちが、少しずつ、もとの姿に戻っていきます。


 トンカン、トンカン――トンカンカンカン。


 音にあわせて、ぼくの気持ちも、ほんのすこしだけ、元に戻っていきました。


 ジュゥゥゥッ。


 仕上げが終わりました。


 すっかりきれいになったぼくを見つめて――

 勇者さまは、いつものまっすぐな目で言いました。


「剣とは、心を映す鏡なり。

 鋼の如く、心を鍛えし者は、折れぬ。

 されど――たとえ折れても、それすらまた、道のひとつなり……か」


 きっと、とてもいいことを言っているつもりなんだと思います。


 でも――また折れるってこと?


 直してもらえたから、よかったけれど……

 またポキンは、いやだなぁ。

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